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シリーズ「免疫毒性研究の若い力」9
クロマチン研究から免疫毒性へ
栄徳 勝光
(高知大学教育研究部医療学系連携医学部門)

 免疫毒性学を長年研究されてきた先生方がご高覧になる本誌に、研究についての文章を掲載させていただく機会を快くご提供くださったことに感謝いたします。この分野に入って日の浅い若輩者が筆を執ることに大変恐縮しておりますが、免疫毒性学研究について誌上に載せられる内容がございませんので、学生時代の研究を紹介させていただきたいと思います。

 高校時代に生物選択だった私は、大学入学後に分子生物学の講義を聴講して衝撃を受けたことを鮮明に記憶しています。主に現象を中心に扱う高校生物では、細胞増殖や分化などの高次生命現象の妙味を学びましたが、これらの複雑な現象も核酸やタンパク質、脂質、糖といった生体分子が複雑に相互作用することで引き起こされていることを知り、その精巧な分子機構の一つ一つに感動すら覚えたものです。この時の衝撃に突き動かされ、以降も生物関連の講義を聴講していましたが、そんな中で一際目立った授業に惹きつけられて出会ったのが、遺伝子発現研究の大家である堀越正美先生でした。この時の出会いがきっかけで、以後大学院進学後に堀越研究室で遺伝子発現研究、特にクロマチン構造変換反応の研究に携わることになりました。

 真核生物においてDNAはヒストンと共に数珠状の繰り返し構造を取っていることが、1974年にコーバーグによって見出され、クロマチン構造と名付けられました。翌1975年にシャンボンによってクロマチン構造の最小単位がヌクレオソームと名付けられましたが、1997年にリッチモンドがヌクレオソームの立体構造を明らかにし、DNAがヒストン八量体の周りを1.75周巻いていることが示されて以降、クロマチン構造変換機構の研究が一気に加速しました。ヌクレオソームは転写、DNA複製、DNA修復などDNAを鋳型とする核内反応の進行に阻害的に働くことから、核内反応の進行にはクロマチン構造を変換することが必要となりますが、このクロマチン構造変換反応はDNA結合因子群とヒストン結合因子群の協調的作用により制御されていることが明らかにされてきました。しかしながら、様々な核内反応においてクロマチン構造変換反応がどのように行われるのか、その分子機構は未解明のままでした。

 堀越研究室では長年にわたり、テーマの一つとしてクロマチン構造変換反応の分子機構解明に取り組み、ヒストンフォールドと呼ばれるヒストン様構造などクロマチンに関連した構造を保持する転写基本因子TFIIDに着目して、様々な相互作用因子の単離と、それらの生化学的機能解析を行ってきました。その中でTFIID最大サブユニットCCG1のブロモドメイン(BrD)を鋳型としたYeast two hybrid法で単離された進化的高保存因子が、私が大学院時代に機能解析を行ったCIA(CCG1-interacting factor A)です。研究室の先輩方の先行研究により、CIAがヒストンH3と相互作用し、ヌクレオソームの形成、破壊を担うヒストンシャペロン活性を有することが明らかにされました。また、他のグループの研究も踏まえると、CIAが転写、DNA複製、DNA修復などの核内反応に関与して、これらの反応系において高保存因子ヒストンや他のヒストンシャペロンなど多種多様なクロマチン関連因子と相互作用することも明らかになってきました。

 私の研究テーマは転写、DNA複製、DNA修復などの様々な核内反応においてクロマチン構造変換反応機構の中核を担っているであろうCIAの多機能性がどのように生じているかを理解することでした。私はCIAがそれぞれの反応系の中で、進化的に高度に保存された分子表面の異なる側面を使い分けて、様々な相互作用因子と相互作用して多機能性を発揮していると予想しました。そこで、CIAの立体構造上分子表面に位置するアミノ酸に点変異を導入した出芽酵母のCIA点変異株を作製して、転写、DNA複製、DNA修復に関与する表現型を網羅的に解析しました。それと時を同じくして、CIAとヒストンH3、H4の複合体構造が共同研究グループで明らかとなり、整合性が見られたこれらの結果をまとめて、論文掲載にこぎつけました。この論文でCIAによるヌクレオソーム構造の破壊・形成の分子機構が示唆されたとともに、真核生物のDNA複製反応においてヌクレオソームが半保存的に複製される可能性を提示することができました。

 また、ほぼ同時期に得られたCIAとTFIID BrDとの複合体立体構造の結果とも整合性が見られ、こちらの結果とも同様に論文をまとめることができました。この論文ではTFIID BrDが遺伝子発現活性化の指標となるヒストンのアセチル化N末テール領域を認識して、CIAを転写開始点に運び、転写開始点のヌクレオソーム構造を破壊することによって抑制されていた転写反応が開始されるというモデルを提示することができました。

 1996年にアリスによってヒストンアセチル化酵素が見出されて以降、アセチル化リジン残基などに代表されるヒストンの化学修飾残基やメチル化DNAのメチル基を、DNA以外の遺伝情報として捉えるエピジェネティックス研究が爆発的な展開を見せ、今日に至っています。私は現在、免疫毒性学の分野において、有害金属曝露によって呼吸器炎症が発症するメカニズムにエピジェネティックス制御が関わる可能性の検討を試みております。この分野での知識と経験に乏しい私ですが、この分野を先導されてこられた諸先生のご意見、ご指導を賜りながら、日々精進する所存ですので、今後ともよろしくお願い申し上げます。
 
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