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シリーズ「免疫毒性研究の若い力」7
食と免疫
香取 輝美
(財団法人食品薬品安全センター・秦野研究所 毒性部)

 最先端のご研究をされている先生方のお話が紹介されている中に、免疫毒性研究の日が浅い私のような者に研究について物を書く機会を与えていただき、感謝いたします。是非、卵から孵ったばかりのヒヨコが歩き出した頃を見るようなお気持ちで読んで頂けましたら幸いです。何卒、拙い部分はご容赦ください。

 私は現在、財団法人食品薬品安全センター 毒性部に所属しておりますが、入所して間もないので、昭和女子大学で木村修一教授のご指導の下に作成した卒業論文および修士論文のテーマについての話をさせて頂きます。卒業論文のテーマは、免疫能に影響を及ぼすサーカディアン・リズムについてでした。ここでは、明暗サイクルを逆転させたマウスの摂食量および免疫能の変化について調べました。

 生物のいくつかの生理現象には周期性が認められます。一年の周期のもの、あるいは月単位での周期のものもありますが、最も普通に観察されるのは一日のなかで起こる周期です。一日の中で最も体温が高くなる時間帯や目覚めの時刻などがその例で、ほぼ24時間ごとの周期となっています。これは概日リズム(サーカディアン・リズム)と呼ばれます。免疫能も例外ではなく、一日の中でも免疫能の高い時間帯や低い時間帯があり、そのパターンにもサーカディアン・リズムがあります。1日の免疫能のリズムとして、マウスが活動期に入るとリンパ球が急激に減少し、以後漸増して休眠期に最も多くなることは有名です。サーカディアン・リズムは昼と夜の明暗サイクルによって調節され、この明暗サイクルをなくして明だけにする条件では、免疫能のリズムも消失することが知られています。一方、免疫能のリズムは摂食時間によって変化することも報告されています。明期のみの飼育条件下でも一定の時間帯にのみ給餌し、その他の時間は絶食にすると、給餌時間を予知してマウスに免疫能のリズムが現れてくることも分かっています。同様に、ヒトでも経腸栄養を一定の時間帯に与えることにより、免疫能のリズムが変化することが報告されています。このように、摂食行動もまた免疫能のリズムに影響を及ぼす因子です。

 私たちは免疫能のリズムに影響を及ぼす明暗サイクルと摂食行動の関係を調べるために、通常および逆転させた明暗サイクルでマウスを飼育し、24時間中の摂食量測定および末梢血中のB細胞、T細胞、ヘルパーT細胞、キラーT細胞およびNK細胞のポピュレーションをフローサイトメトリーで調べました。摂食量が増加するとB細胞、T細胞、NK細胞の全てにおいて最低値を示し、以後漸増していく免疫能のパターンを確認し、明暗サイクルを逆転させることによって、今までの知見と同様に摂食パターンと連動してB細胞およびNK細胞が逆転のリズムとなることを示してきました。しかし他のT細胞、ヘルパーT細胞、キラーT細胞はリズムが逆転せず、これまでの知見とは異なった結果となりました。これはマウスの順化期間が短かったことと、摂食量を測定したときの飼料条件が一定でなかったことが原因として考えられましたが、B細胞およびNK細胞はきれいにリズムが逆転したことに対してT細胞は逆転しなかったことに大変驚き、また面白くも感じました。

 修士論文のテーマは、老化促進モデルマウスを用いた加齢の進行を抑制する可能性のある食物成分の検索でした。老化促進モデルマウスに種々の食物成分を摂食させ、学習記憶能力および免疫能低下抑制への影響を調べていました。

 我が国の人口動態・将来推計をみると平成19年度には総人口が1億2617万人とピークを迎え、生産年齢人口比率(15〜64歳)の低下と共に老年人口比率(65歳以上)が上昇し、2050年にはその数値が35.3%に達するものとされています。社会は超高齢化社会を迎えることとなり、単なる長生きではなく、自立出来る健康寿命の延長が目標になっています。実際、認知症や寝たきりの老人の増加が問題視されていますが、これらの原因は多くあり、脳血管障害の問題が大きく関わっています。脳血管障害の問題は日本人に多く、一方、脳血管障害には活性酸素が関与していることが明らかになってきました。活性酸素に対して抗酸化作用をもつ食物成分としてハーブが多数報告されていますが、その生理機能は一部で解明されているものの、多くの部分が不明です。

 また、健康を維持するためには免疫能の維持が大切ですが、高齢者は加齢に伴う免疫機能低下のためにガンや様々な感染症にかかりやすくなっています。加齢は誰もが避けられないものですが、生体防御機能である免疫を高齢者になっても維持することはできないかということは、これからの高齢化社会を考えていく上で重要です。免疫能を変化させる要因には様々なものがありますが、その中でも食事は重要であり、食物成分によって、免疫能が強められたり弱められたりします。例えば、必須脂肪酸の摂取比率を変えることによって免疫能が強められることが報告されています。

 私たちは加齢の進行を抑制するとされている抗酸化作用を有する食物成分の作用機序を調べるために、老化促進モデルマウス(Senescence-Accelerated Mouse; SAM)を用いてモーリスの水迷路装置による空間認知記憶試験およびステップスルー装置による受動回避試験によって、学習記憶障害の加齢変化に対する影響を比較検討しました。そしていくつかの食物成分の摂取が加齢によって生じる学習記憶能力の低下を抑制する効果を示すことを明らかにしました。また同時に、食物成分が免疫能の加齢変化にどのような影響を与えるのかを検討しました。リンパ球のポピュレーション解析とサイトカインの測定を行い、特に脾臓において、抗酸化作用を有する食物成分の摂取が加齢による脾細胞総数およびNK細胞の割合減少を抑制させること、Th1/Th2バランスをTh1にシフトさせることを示してきました。他にも血液、胸腺、パイエル板、リンパ節および腸間膜リンパ節においてリンパ球のポピュレーション解析を行ったので、総合的な考察が難しかったことをよく覚えています。免疫は様々な因子によって変動するので、その変動がどうして起こったのかを考える楽しみもありますが、多岐に亘って関連する項目があるので私はよく混乱してしまいます。

 現在は、免疫の分野でも特に食物アレルギーに関連した研究に携わっております。学生時代に免疫能に及ぼす摂食時間や食物成分の影響を調べ、何かしら食に関連した免疫能についての研究に方向づけられているように思います。そして今後は、新たに免疫毒性という視点を加えて研究をしていきたいと思います。まだまだ勉強不足、経験不足ですが、こらからも精一杯努力をし、少しでも諸先生方のような免疫のスペシャリストに近づきたいと考えています。
 
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