ImmunoTox Letter

シリーズ「免疫毒性研究の若い力」17
環境中化学物質が小児に与える影響の検討

辻 真弓
(産業医科大学 医学部 産業衛生学)

辻 真弓先生
辻 真弓先生
 

 まずはじめに、この度、日本免疫毒性学会ImmunoTox Letterでの執筆の機会を与えて頂きましたことに、厚く御礼申し上げます。免疫毒性研究について浅学の身でございますが、私のこれまでの分子疫学研究内容に関してご紹介させて頂きたいと思います。拙文ではございますが、何卒ご容赦下さい。
 私は鹿児島大学医学部を平成13年に卒業し、平成19年に同大学大学院医歯学総合研究科疫学・予防医学博士の学位を取得しました。当時からアレルギー性疾患の罹患者数の増加が社会問題の一つとなっており、特に乳幼児のアレルギー疾患の罹患者数の増加には環境中の有害物に対する小児の脆弱性が大きく関与していると考えられていました。私自身実際に臨床の場でアレルギー児の保護者から「どうしてうちの子供がアレルギーになったのか。」という質問や、「どのような生活を送っていれば子供がアレルギーにならなかったのか。」という自責の言葉を聞いていました。アレルギー性疾患は、治療が長期にわたる慢性的な病気であるため、治療の見通しへの不安や生活の質の低下などから、児のみならず、保護者が大きなストレスを感じてしまう傾向があります。このような状況を受け、大学院生の時から「環境因子と小児のアレルギー性疾患」を自分自身のテーマとして分子疫学研究を開始しました。鹿児島大学、熊本大学、UC Davis、産業医科大学の優しくも厳しい先生方にご指導をいただきながら、現在は小児のみならず化学物質曝露が妊産婦に与える影響の検討や、産業現場をフィールドにした研究にもチャレンジしております。

【小児のアレルギー性疾患と環境因子の関係を示すバイオマーカーの探索】

 環境中の化学物質がアレルギー児に与える影響を評価するためのバイオマーカーを探索する目的で、乳幼児203名をリクルートし、質問票調査並びに血液を採取した。採取した血液を用いて、食物・吸入抗原(卵・牛乳・小麦・ハウスダスト)特異的IgE抗体値及びCOX-2、IL-8のmRNA発現量を測定した。さらに203名中、喘息児15名、健常児15名の計30名(平均月齢 22.7ヶ月)を抽出し、血液中のPCB異性体濃度(#61+74, #99, #118, #138+146, #153, #156, #163+164, #170, #177, #178, #180+193, #183, #182+187, #194, #198+ 199)を測定した。その結果、喘息児においてのみIL-8 mRNA発現量と一部のPCB異性体(#163+164、#170、#177、#178、#180+193)の濃度との間に濃度依存的な関係が有意に認められた。続いてIL-6, IL-10, IL-17, IL-22, CYP1A1, Foxp3, SOCS3, RelBのmRNA発現量を測定した。高PCB濃度群において、食物抗原、特に牛乳特異的IgE抗体陽性者の方が陰性者と比較し、IL-22 mRNA発現量が有意に高く認められた。また、幹線道路から50m以上離れた場所に住んでいる児と50 m以内に住む児を比較した場合、 50 m以内に住む児のIL-22 mRNA発現量は有意に高い値を示し、特にこの傾向は食物抗原特異的IgE抗体陽性群において強く認められた。これらの結果によりvulnerable populationではIL-22が環境化学物質曝露の敏感なバイオマーカーになりうることを示した。これら一連の研究により、乳幼児と環境因子曝露を推測するバイオマーカーとしてIL-8, 22が有効で、特にアレルギー児において両者はよりsensitiveなバイオマーカーとなりうる可能性を示唆できたことは、環境因子とアレルギーの発症を検討する上で大きな一歩であると考える。現在UC Davis, Department of Environmental Toxicologyとの共同研究においてこれらの研究結果をin vitro実験において確認し、メカニズムを明らかにするための研究を行っている。

【化学物質曝露と胎盤機能の関係】

 「子供の健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」のパイロット調査参加者を対象として研究を開始している。これまでに合胞帯栄養膜細胞数、胎盤成長因子、可溶性 fms 様チロシンキナーゼ 1と妊娠初期の母体血及び臍帯血PCB濃度との関係を検討し、PCBは濃度依存的に合胞体栄養膜細胞数を減らすが、一方で胎盤成長因子を増加させていることを明らかにした。日常生活レベルの低濃度PCB曝露に対し胎盤内で代償機能が働き、子宮内胎児発育不全を予防するメカニズムが存在する可能性を示したものと考える。また産婦人科医師との共同研究により化学物質以外の因子(母体体重増加、胎盤の栄養膜細胞におけるアミノ酸輸送機能等)と胎盤機能の関係についての研究も開始している。今後はPCBのみならずその他の化学物質曝露と胎盤機能との関係も明らかにし、更に様々の化学物質曝露がその後の児の成長やアレルギーの発症・増悪にどのような影響を及ぼすのかを検討する予定である。

【化学物質特異的IgGのアレルギー診断と曝露モニタリングへの有用性に関する調査】

 化学物質(樹脂)取扱い作業者を含む事業所を対象に、労働者の化学物質特異的IgG抗体値を測定している。化学物質の複合体である樹脂原料には職業性アレルギーの原因となる化学物質が複数含まれる場合がある。簡便な方法で複数の化学物質抗体を同時に測定するスクリーニングツールを開発中である。

 今後も小児のみならず私共にとって身近な化学物質の曝露がアレルギー発症・増悪にどのような影響を与えるのか?ということを分子疫学・毒性学的観点から明らかにし、アレルギーの発症・増悪に対する有効な予防法の創出の一助を担っていきたいと思っております。
 今後ともご指導、ご助言のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。