ImmunoTox Letter
シリーズ「免疫毒性研究の若い力」16
精巣の免疫特権(immune privilege)と生殖免疫毒性
曲 寧、坂部 貢
東海大学医学部基礎医学系生体構造機能学
この度、日本免疫毒性学会ImmunoTox Letterでの執筆の機会を与えて頂きましたことに、厚く御礼申し上げます。まだ免疫毒性研究については浅学の身でございますが、私のこれまでの生殖免疫・免疫毒性研究への関わりと今後につきまして、ご紹介させていただきます。
私は1988年から1994年まで中国医科大学小児科で勉強し、卒業後故郷で小児科医として働き、2005年東京医科大学大学院の博士課程に入学しました。東京医科大学人体構造学分野の伊藤正裕教授の指導のもとで、精巣の免疫特権(immune privilege)を研究し2008年「Caput epididymitis but not orchitis was induced by vasectomy in a murine model of experimental autoimmune orchitis」の論文で学位を取得しました。その後、東京医科大学人体構造学の教員として研究を続けるチャンスをいただきました。現在、2017年4月より東海大学医学部基礎医学系生体構造機能学(教育指導:解剖学・坂部貢教授)に勤務しております。私は来日して研究を始めてから一貫して生殖免疫学の領域に携わってきました。今までは精巣を中心して研究してきましたが、東海大学に異動後、「Oncofertilityの視点に基づく抗がん剤からの卵巣機能保護」についても研究をスタートさせました。
今回は精巣の免疫特権と生殖免疫毒性について、書かせていただきます。
精巣の免疫特権から異種Spermatogonia Stem Cells(SSC)移植の研究
一般的に、半数体細胞である精子細胞および精子は、新生児期免疫寛容の起こるはるか後の思春期以降に精細管内に出現してくるため、免疫系の成熟との間に時間的なずれを生じることになり、これが自身の精子細胞・精子であっても自己の免疫系に対して強い免疫源性を有する原因と考えられている。しかし、通常、自己の精子細胞・精子は免疫学的に拒絶されない。それは精巣内には炎症反応を抑制するような免疫学的に守られた環境(immune privileged circumstance)が存在するからであると考えられている。その主役がセルトリ細胞間のBlood-Testis Barrierであるが、近年では、それのみならず、セルトリ細胞自身からの免疫抑制因子の分泌および精細管の周囲にある筋様細胞、血管内皮細胞、ライディッヒ細胞、精巣内マクロファージなどから分泌される液性因子が複合的に免疫抑制に関与していることが明らかになってきた1, 2。
SSCの精巣内移植技術が開発され、免疫不全マウスの精巣にラット、ハムスター、ウサギ、イヌなどの異種SSCを移植すると生着できることが報告されている。このことから、マウス精巣は異種の生殖細胞を受け入れ成熟させる機能を有することが明らかとなっている。最近、我々は免疫正常マウスに異種であるラットの生殖細胞の精巣内移植し、生着できるかどうかを検討した。抗がん剤ブスルファン前処置した正常マウスの精巣にラットSSCを移植し、180日目で25%ほどの宿主マウスにラットの精子形成が認められた3。以上をまとめると、免疫正常マウスを宿主に用いても、精巣内の免疫抑制環境により、移植された異種SSCが免疫系に拒絶されずに増殖と分化を行うことが証明された。
抗がん剤の生殖毒性研究について
異種SSC移植実験の結果からブスルファン投与後顕著な精子形成障害が見られた。私自身も小児科医の仕事をした頃の小児の抗がん治療後の生殖副作用を経験しており、そこで、ブスルファン投与後の免疫機能と生殖機能の回復について調べた。ブスルファン投与後60日で、マウスの免疫機能は正常まで回復したが、生殖機能は回復せず、180日まで観察したところ精子形成障害がさらに進んでいることを見だした4。
これより、生殖細胞が骨髄細胞より回復しにくいことが考えられた。
抗がん治療の副作用の一つとして精子形成障害が知られているが、今は抗がん治療後の男性不妊症に対する有効な治療の報告はほとんどない。現在、男性不妊症治療において、漢方治療が注目されている。漢方では男性不妊でもっとも重要な場所は生殖機能を管理している『腎(じん)』である。「腎気」とは腎(泌尿・生殖機能、内分泌機能など)の働きを高め、精力をつけることを意味している。我々は、ツムラ牛車腎気丸を選び、ブスルファンによるマウスの精子形成障害に対する効果を検討した。ブスルファンを投与60日目から漢方薬を含めた飼料を60日間自由摂食させた。120日目各群マウスを調べた結果は、漢方薬群では正常マウスと同じく精細管内の精子形成が見られ、精巣上体精子数も有意に回復した。また精巣内Toll-like receptor (TLR)2・4とマクロファージを調べたところ、ブスルファン群ではTLR 2・4の上昇と萎縮した精細管の周囲にマクロファージの浸潤が増えたが、漢方薬群ではTLR2・4の低下、精細管の回復と間質のマクロファージ浸潤の低下が見られた。この結果から、ブスルファン投与後のマウス精子形成障害に対して、牛車腎気丸は有効な治療効果をもつことが示唆された。これからは抗がん治療後の生殖毒性に対する漢方薬の作用機序と改善効果を調べ、また精巣間質のほかのさまざまな因子の関与について検討する予定である。
参考文献
- Itoh M. Testicular Autoimmunity. A cause of male infertility. Tokyo, Springer; 1-232 (2017).
- Terayama H, Qu N, Sakabe K, et al. Specific autoantigens identified by sera obtained from mice that are immunized with testicular germ cells alone. Sci Rep. Oct 18; 6: 35599 (2016).
- Qu N, Naito M, Li J, et al. Xenogeneic and endogenous spermatogenesis following transplantation of rat germ cells into testes of immunocompetent mice. Reprod Fertil Dev. 24, 337-343 (2012).
- Hirayanagi Y, Qu N, Hirai S, et al. Busulfan pretreatment for transplantation of rat spermatogonia differentially affects immune and reproductive systems in male recipient mice. Anat Sci Int. 90, 264-74 (2015).