immunotoxicology.jpg
title1.jpg
シリーズ「免疫毒性研究の若い力」14

大気環境汚染物質が呼吸器系・免疫系に及ぼす影響

本田晶子
京都大学大学院
本田晶子
本田晶子先生

この度、日本免疫毒性学会ImmunoTox Letterでの執筆の機会を与えて頂きましたことに、厚く御礼申し上げます。未だ免疫毒性研究に携わって、数年という短い期間ですが、自己紹介を兼ねまして、これまでの研究内容などを紹介させて頂きます。

私は、環境問題、特に、環境汚染物質が人体に及ぼす影響に関心を持ち、研究の道へと進んでまいりました。高校生の時、環境学が学べて、自宅から近いところで、どこか大学はないかと思っていたところ、たまたま、「環境学がわかる(というタイトルだったと思いますが)」という本を手に取り、岐阜薬科大学で、環境問題について学べるということを知りました。その後、運よく、岐阜薬科大学の永瀬久光先生、佐藤雅彦先生(現・愛知学院大学)に出会い、学部から博士課程を通じて、「金属結合タンパク質メタロチオネインの機能解析」を研究テーマとし、指導して頂く機会を得ました。メタロチオネイン欠損マウスを用いて、有害金属やその酸化ストレスなどの毒性におけるメタロチオネインの役割を解析する研究を行いました。また、わずかな時間ですが、民間会社で、医薬品安定性試験における医薬品分析および分析法バリデーションに従事し、続いて、愛知学院大学薬学部で勤務させて頂き、再び、研究の門戸が開かれました。その後、縁あって、京都大学 高野裕久先生のもとで、研究に従事させて頂く機会を得て、現在に至ります。

京都大学では、大気環境汚染物質、中でも、黄砂やPM2.5が、気管支喘息等のアレルギー疾患に及ぼす影響について研究しています。黄砂やPM2.5の成分の一部には、有害物質も含まれていること、さらに、粒径によっては、吸気により細気管支や肺胞へと達しやすいことから、黄砂やPM2.5による気管支喘息等の呼吸器系のアレルギー疾患の増加・増悪が懸念されています。しかしながら、この増悪機構や健康影響決定成分・要因は、未だ十分には明らかにされておらず、学術的にも、社会的にも早急な解明と対策が望まれています。

ここでは、市瀬孝道先生(大分看護大学)との共同で行っている黄砂の研究について、ご紹介させて頂きます。ご存知の通り、黄砂は、中国西部に位置する砂漠などで上空に巻き上げられた自然由来の砂塵であり、春を中心に日本へ飛来します。疫学的研究では、中国を含め、近隣諸国である日本、韓国、台湾において、黄砂による肺炎や気管支喘息などの呼吸器疾患への影響が懸念されています(日本予防医学会、9: 61-66、2014)。我々の研究グループは、黄砂が引き起こす呼吸器疾患の増悪メカニズムを解明するため、ヒト気道上皮細胞を用いた検討を行いました。日本に飛来した黄砂は、細胞活性の低下やInterleukin (IL)-6、IL-8の産生及びintercellular adhesion molecule-1の発現など、催炎症性に係る生体分子産生を増加させることを見出しました(J. Appl. Toxicol., 34:250-257, 2014.)。しかも、黄砂発生日によって、その影響の強さが異なったことから、黄砂発生源や飛来経路の違いも気道炎症に寄与することが考えられます。

異物と呼吸器系との最初の物理化学的接点である気道上皮細胞に障害や炎症が誘導されると、異物は容易に組織内へ侵入しやすくなり、抗原提示細胞をはじめとする種々の免疫担当細胞を活性化することが推察されます。そこで、アトピー素因を有するマウスの骨髄細胞から分化・誘導した抗原提示細胞に黄砂を曝露すると、細胞表面分子DEC205(樹状細胞マーカー)の発現が増大し、その活性化が認められました。また、マウス脾細胞に直接黄砂を曝露した場合においても、細胞増殖の増加が認められ、免疫担当細胞の活性化を確認できました。一方、黄砂を加熱処理すると、前述した呼吸器系、免疫系に及ぼす影響が低減することから、黄砂に付着した熱易変性の物質が、大きく寄与している可能性が考えられます。黄砂には、微生物や人為活動により発生した硫酸塩、硝酸塩、芳香族炭化水素などが付着していることが確認されています。このような黄砂に関連する生物的要素および化学的要素による健康影響を明らかにするため、生物的成分として、黄砂を含む大気より単離培養された真菌Bjerkandera adusta(B.ad)と、化学的成分として、ベンゾ[a]ピレン(BaP)に注目し、免疫担当細胞や気道上皮細胞への作用を検討しました。微生物や有機化合物などの付着物を除去するために、360℃、30分間加熱した黄砂と共に、B.adあるいはBaPを骨髄由来抗原提示細胞に曝露すると、何れも細胞表面分子DEC205やCD86の発現量が増大しました。しかも、B.adの方が、BaPよりも影響が大きいことも分かりました。脾細胞や気道上皮細胞には、日本に飛来した黄砂を曝露した時のような、著しい細胞増殖の増加や催炎症性反応は認められず、これらの細胞に対しては、B.adやBaPではない別の成分・要因が関与していることが考えられました。以上より、黄砂関連物質であるBaPやB.adは、特に、免疫応答の開始細胞である抗原提示細胞に影響を及ぼすことが示され、また、その影響は、BaPより、B.adにおいて顕著であったことから、 B.adは、気管支喘息の増加・増悪に密接に関与する可能性を見い出すことができました。

このように、黄砂を含め、PM2.5などの大気環境汚染物質、さらには、その構成成分である複数の芳香族炭化水素や金属などを用いて、気道上皮細胞や免疫担当細胞への作用を検討し、大気環境汚染物質による健康影響のメカニズム解明や健康影響決定成分・要因を特定する検討を進めています。これにより、健康被害の予防・治療戦略の提案や、環境汚染物質の環境測定・観測体制の構築の必要性・重要性の提案を目指しています。

最終的には『ヒトをはじめとする生物が継続的に繁栄し、持続可能な社会、持続可能な地球の実現に貢献すること』を目標に研究を続けています。未熟者ではございますが、今後ともご指導・ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

 
index_footer.jpg