immunotoxicology.jpg
title1.jpg
シリーズ「免疫毒性研究の若い力」12
生殖免疫毒性
○寺山 隼人、坂部 貢
(東海大学医学部基礎医学系生体構造機能学)

<はじめに>
 免疫学や毒性学を主に研究されている先生方がご高覧されており、さらに日本の免疫毒性学の研究を主導されている学会の機関紙「ImmunoTox Letter」に執筆させて頂く機会を与えてくださり、会員の先生方に厚く感謝申し上げます。私は大学院博士課程前期修了後、東京医科大学人体構造学講座(教育担当:解剖学・伊藤正裕教授)で解剖学の教育に従事し、2013年より東海大学医学部基礎医学系生体構造機能学(教育担当:解剖学・坂部貢教授)に赴任しました。研究面では精子(卵子)免疫、母体−胎児間免疫、性と免疫から成り立つ生殖免疫学、特に精巣に着眼し、多方面から検討を積み重ねてきました( 1 )。その中で、免疫生殖学から見た免疫毒性学について今まで携わってきた研究をご紹介させていただきたく思います。駄文を書き連ねることと思われますが、何卒広い心でご覧いただけると幸いに存じます。

<精巣の免疫特権>
 男性生殖細胞は胎生期8 週から精祖細胞として精巣内に存在します。思春期を迎えると、精祖細胞が精母細胞に分化増殖し、さらに減数分裂して精子・精子細胞が出現します。一方、免疫系のシステムは、幼児期までに非自己を排除する機能を確立しています。そのため、免疫系のシステムが成熟した思春期以降に出現する精子・精子細胞は自己にもかかわらず、免疫系に非自己と認識される自己抗原を有します。この自己抗原を有する精子・精子細胞を守るため、精巣には自己免疫反応を抑制する様々なメカニズム(免疫特権)が存在します( 2 )。そのメカニズムの一つに、精細管の上皮細胞であるセルトリ細胞間の密着結合蛋白などで構成される血液−精巣関門(Blood-testis barrier: BTB)があります。実験的にBTBの機能障害を起こすと、精巣にリンパ球を伴う炎症が誘導され、精子形成障害を発症する事が報告されており、BTBが精細管内の精子・精子細胞に存在する自己抗原を精細管外の免疫系から隔絶している事が示唆されています。また、精細管外の間質(精細管隙)は脈管外通液路と呼ばれ、リンパ液が循環していることが知られています。そのリンパ液は、精巣間質を循環し、精巣白膜に開口するリンパ管から流出していくことを以前報告しました( 3 )。精巣の間質には、ライディヒ細胞が数多く存在し、ステロイドの一種であるテストステロンを分泌し、リンパ液には、免疫抑制効果を有するテストステロンが豊富に含まれます( 4 )。さらに、様々なサイトカインが生理的に精巣間質の免疫抑制機構に関与していることが明らかになってきています( 5 )。たとえば、抑制性のサイトカインとしてよく知られているInterleukin(IL)-10が、ライディヒ細胞やマクロファージから精巣間質へ分泌され免疫抑制しています。その他にも、activinや、tranforming growth factor-β( TGF-β)がセルトリ細胞やライディヒ細胞から精巣間質に分泌され免疫抑制作用を有していることが報告されています。最近、我々のグループは抑制系サイトカイとして知られているIL-35の構成分子であるEpstein-Barr virus-Induced gene-3 (EBI3)やIL-12p35がノックアウトされたマウスの精巣に、リンパ球浸潤を観察したことを報告しました( 6 )。そのほかにも様々なサイトカインが精巣の「免疫特権」を担っていることが予測されます。

<生殖免疫学から見た免疫毒性学>
 近年、農薬、プラスチック容器の可塑剤(フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(Di-(2-ethylhexyl) phthalate=DEHP)、工業化学物質(カドミウム=CdCl2)等の環境毒性物質の人体への影響が世界保健機構(WHO)や米国環境保護局(US-EPA)など世界中の機構で注目され、その精巣毒性についても国内外で盛んに研究されております。その中でも、我々のグループはDEHPやCdCl2の精巣毒性に注目し、研究をしてきました。DEHPは大量曝露すると精巣中のNOxの増加、精巣間質の過酸化脂質増加、精細胞アポトーシス促進、BTBの破壊など精巣環境を変化させ、精子形成障害が誘導されることがわかっています(7, 8)。また、CdCl2は大量曝露すると急性期において精巣の毛細血管障害を引き起こし間質細胞の壊死とそれに続く精上皮の凝固壊死が起こり、精子形成障害が誘導されることがわかっています( 9 )。しかし、精子形成障害が誘導されない程度のDEHPやCdCl2の少量曝露でも精巣環境に変化をおこすことが最近わかってきております。我々のグループは、DEHP少量曝露マウスの精巣においてセルトリ細胞の細胞質の空胞化、F4/80(Mφ)やMHC ClassU陽性細胞の増加、IL-10やIFN-γのmRNA発現増加し(10)、さらに、CdCl2少量曝露マウスの精巣おいてIL-6、TNF-aおよびIL-1βのmRNA発現増加(11)がみられ、DEHPやCdCl2の少量曝露でも精巣内環境が変化している事を報告しました。したがって、これら環境毒性物質は精巣に明らかな精子形成障害が誘導されない量を投与しても、精巣内(免疫)環境が変化を起こす事を示し、少量長期曝露の場合、何らかの精巣障害に繋がる可能性を示唆しています。以上、今まで行ってきた免疫毒性学に関わる仕事を簡単にご紹介させて頂きました。この分野ではまだまだ知識・勉強不足ですが、本学会に参加させて頂くことによって、諸先生方に少しでも近づけるように精進してまいります。少しでも本学会の目指す方向に寄与できれば幸いです。今後ともご指導ご鞭撻の程、何卒よろしくお願い申し上げます。

<参考文献>
  1. 伊藤 正裕. 生殖免疫:場の観察. 東京医科大学雑誌, 59:439-446, 2002.
  2. 平井宗一、内藤宗和、寺山隼人、伊藤正裕など. 自己免疫性精巣炎の発症と精巣の構造,臨床免疫・アレルギー科, 60:698-702, 2013.
  3. Hirai S, Naito M, Terayama H, Itoh M etc. The origin of lymphatic capillaries in murine testes. J Androl, 33:745-751, 2012.
  4. Itoh M , Terayama H , Naito Metc . Tissue microcircumstances for leukocytic infiltration into the testis and epididymis in mice. J Reprod Immunol, 67:57-67, 2005.
  5. 伊藤正裕. 精巣機能とサイトカイン. Hormone Frontier in Gynecology 10: 51-57, 2003.
  6. Terayama H, Yoshimoto T, Sakabe K, I toh M et al . Contribution of IL-12/IL-35 Common Subunit p35 to Maintaining the Testicular Immune Privilege. PLoS One, 9 ( 4 ):e96120, 2014.
  7. Miura Y, Naito M, Terayama H, Itoh M et al. Short-term effects of di-(2-ethylhexyl) phthalate on testes, liver, kidneys and pancreas in mice. Asian J Androl, 9:199-205, 2007.
  8. Ablake M, Itoh M, Terayama H, Jitsunari F et al. Di-(2-ethylhexyl) phthalate induces severe aspermatogenesis in mice, however, subsequent antioxidant vitamins supplementation accelerates regeneration of the seminiferous epithelium. Int J Androl, 27:274-281, 2004.
  9. Ogawa Y, Itoh M, Terayama H, Mori C et al. Cadmium exposure increases susceptibility to testicular autoimmunity in mice. J Appl Toxicol, 33:652-660, 2013.
  10. Kitaoka M, Hirai S, Terayama H, Itoh M et al. Effects on the local immunity in the testis by exposure to di-(2-ethylhexyl) phthalate( DEHP) in mice. J Reprod Dev, 59:485-490, 2013.
  11. Ogawa Y, Qu N, Terayama H, Itoh M et al. The changes of the immune circumstance in the testicular tissues of mice treated with low dose of cadmium. Reproductive Immunology and Biology, 22:49-55, 2007.
 
index_footer.jpg