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シリーズ「免疫毒性研究の若い力」
連載開始にあたり
櫻井照明
(徳島文理大学薬学部/日本免疫毒性学会広報編集委員)

 免疫毒性学の研究を遂行するには、分析化学、合成化学から始まり、生化学、分子細胞生物学まで、化学と生物双方の幅広い知識と技術が必要なことは言うまでもありません。そして、その第一線で活躍しているのが若手研究者達です。ここでいう若手研究者とは、自ら手を動かして研究活動をしつつ、大学院生などの指導、教育も併せて行う研究者をいいます。日本免疫毒性学会広報編集委員会では、これら免疫毒性学領域の若手研究者にスポットを当て、現在行っているご自分の研究の紹介と、免疫毒性学に対する熱い想いを語ってもらうべく、ImmunoTox Letter誌上に「免疫毒性研究の若い力」と題したシリーズを連載する運びとなりました。第一回目は、先日東京で開催された第12回日本免疫毒性学会学術大会でご研究を発表して下さった、神戸薬科大学の八巻耕也先生に執筆をお願いしました。本シリーズでは、免疫毒性学会員に限らず広く原稿を募集しております。我こそはと思う方は、担当櫻井(teruaki@ph.bunri-u.ac.jp)まで是非ご一報下さい。

免疫毒性研究と「ものづくり」
八巻耕也
(神戸薬科大学 薬理学研究室 講師)

 現在社会的な関心が高い免疫毒性の分野で、世界的にも特徴的な免疫毒性に特化した学会である免疫毒性学会の機関誌 Immuno Tox Letter に投稿させていただくという貴重な機会を与えていただいたことに感謝申し上げます。
 私は神戸薬科大学薬理学研究室の吉野伸教授のもとで、おもに2つのテーマの研究を行っております。1つは抗原特異的な免疫反応の抑制法の確立です。抗原特異的な免疫反応により誘導される関節リウマチなどの自己免疫疾患や現在増加を続けている花粉症などのアレルギー疾患は、T細胞の働き、特にTh1細胞とTh2細胞の働きのバランスが崩れ、一方の反応が急激に高まってしまうことが、病態形成に重要であると考えられております。そこで、破綻したTh1/Th2バランスを回復させることができるような物質を同定し、そのような物質が、Th1/Th2バランスに依存した疾患の治療薬となる可能性を明らかにすることを目指しております。また、抗原特異的な免疫反応を誘導する機序として、経口トレランスが知られております。これは、抗原を経口で摂取することにより、その抗原に対する免疫反応が減弱するというもので、その抗原特異性から、臨床で応用できれば副作用の極めて少ない効果的な治療法になると考えられておりますが、人体においてその機序を人為的に誘導した場合は効果が低く、実用化に至っておりません。そのため、経口トレランスを増強するような物質を薬物として用いることができれば、臨床で経口トレランスを治療に応用することができる可能性が考えられます。そこで、実験動物における経口トレランスの誘導を増強するような物質を同定することを目指しております。
 もう1つのテーマが、環境因子や生理活性物質の免疫系、特にTh1/Th2バランスや経口トレランスに与える影響についての解析で、こちらのテーマがより免疫毒性という分野に合致していると思います。なかでも、経口トレランスの誘導を指標に免疫毒性を評価するところに当研究室の特徴があると思います。
 前述のように、経口トレランスは経口で摂取することにより、その抗原に対する免疫反応が減弱するというものですから、生理的な条件下では食物アレルギーの抑制に重要な役割を果たしていると考えられます。しかし、薬物の投与や環境因子の曝露などの何らかの原因により、食物抗原摂取時の腸管免疫の状態が変化すると、経口トレランスの誘導が減弱したり、経口トレランスではなく経口感作が成立し、食物アレルギーが誘導されてしまう可能性があります。そのため、経口トレランスの誘導に影響を与えるような因子も免疫毒性を持っていると考えられます。
 このような考えのもとで、最近では人間に対する毒性は非常に低いと考えられておりますがその免疫毒性については明らかにされていない BT toxin(Bacillus thuringensis toxin)含有殺虫剤(BTI)の経口摂取が経口トレランスに与える影響について解析を行いました。この解析により、通常考えられる経口での曝露量よりかなり多量ではあるものの、BTIの経口摂取は経口トレランスの誘導を阻害し、食物アレルギーの発症を誘導する可能性があることを明らかにいたしました。さらにこの解析結果から、私は近年市場に流通しているBT toxinを遺伝子導入、発現された食物を摂取した場合に、経口感作および食物アレルギーの発症が誘導される可能性についても解析する必要があると考えます。
 また、その他にも免疫毒性と関わりの深いテーマとして、ディーゼル排気微粒子の成分や遺伝子組み換え食品の生体反応に与える影響について解析を行っております。
 このような免疫毒性研究を行う中で、当初は、免疫毒性研究は物質の毒性を明らかにすること、そしてその物質の毒性を周知させることにより、人間への害を未然に防ぐことであると考えておりました。しかし研究を進めていくに従い、毒性を明らかにする免疫毒性研究は、その研究により毒性が明らかにされた物質に対する社会的な忌避を盲目的に誘導してしまう可能性があり、莫大な費用、労力、時間を費やして作り上げられた様々な可能性を秘めた物質の利用を妨げ、その物質の持つ潜在力を活用することができないまま埋もれさせてしまう恐れがあるのではないか、という考えが生まれてきました。私は、創造であれ模造であれ、物質を生産するといういわば「ものづくり」が人間の営みにおいて非常に重要なことだと考えておりますので、この免疫毒性研究が人間の新しく、より良いものを創造する、そして生産するという能力「ものづくり」と相容れないものになるということは、私が免疫毒性研究を行うにあたって非常に悩ましいことであったのです。
 そのような折、第12回日本免疫毒性学会学術大会の要旨集に興味深い記述がありました。「毒性が強いという結果が得られた物質でも、得られた負の情報をもとに開発段階で対応をとっていくことが、新たな発展に結びつくことになる」(独立行政法人国立環境研究所、小林隆弘先生)という主旨のものでした。免疫毒性研究と「ものづくり」が共に進歩するこの考えは、私の悩みに対する解答であり、今後の私の免疫毒性研究における目標となりました。すなわち有害性の同定やその機序を明らかにするだけではなく、その毒性を持つ物質を安全に活用するための情報を集める研究を行いたいというものです。そのために、曝露量と毒性発現の関係、特にこの量以下の曝露であれば影響はないという安全域の設定につなげられるような解析や、毒性を持つ物質の毒性を下げるような用法、修飾法を探索できるような解析を行っていきたいと考えております。このような研究の結果、実用することが難しいと考えられていた物質が様々な工夫により実用可能となれば、「ものづくり」を介した生活の向上や学問の発展に寄与できるのではないかと考えたからです。
 そのためには影響を及ぼさないということの証明が必要となりますが、その証明は毒性があるということの証明と比較して難しいことであると思います。しかし、この目標にできるだけ近づけるように、自らの知識の収集と技術の鍛練に努めたいと思います。
 技術の進歩や生活の変化により、ここ数年間という短期間にも、ホルムアルデヒドやアスベスト、ナノ粒子と、次々にその安全性や生体に与える影響が懸念される物質が見い出され、その詳細な解析が待たれております。この社会からの要求に対して免疫毒性研究が果たす役割は大きいと考えられます。私もこれらの環境因子の免疫毒性について明らかにすることだけでなく、今後創成されるであろう機能性物質の免疫毒性の解析に携わり、それらの有効な活用に少しでも寄与していきたいと考えております。
 
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