第9回日本免疫毒性学会学術大会報告


第9回日本免疫毒性学会学術大会会長 荒川泰昭
2003; 8(1), 1-3

第9回日本免疫毒性学会を開催して本学会は1994年に免疫毒性研究会として発足し,さらに昨年からは新たに学会として再出発しておりますが,年々盛会を重ねて今回で第9回目となりました。

今大会は静岡に皆様をお迎えし,静岡・グランシップを会場にして平成14年9月19日(木),20日(金)に開催されました。

今大会は2日間を丸々使った欲張ったプログラムとなりましたが,特別演題として特別講演2題,教育講演2題,シンポジウム4題,ワークショップ4題,ランチョンセミナー2題の計14題,一般演題として口演発表14題,ポスター・口演発表9題の計23題となりました。

今大会では1)「「免疫の病的老化」―環境因子による粘膜免疫および胸腺免疫の病的老化―」,2)「保健機能食品と免疫―その有用性と安全性」3)「環境化学物質の免疫系からみた安全性評価」の3つを主要テーマとして,特別講演Tでは名倉宏先生(東北大医・名誉教授・病理)をお招きして「侵襲抗原による粘膜免疫担当組織の障害」について,特別講演Uでは清野宏先生(東大・医科研・炎症免疫)をお招きして「粘膜免疫のダイナミズム」についてそれぞれ最先端の示唆に富んだお話を拝聴することができました。

また教育講演Tでは上野川修一先生(東大・院・農学生命科学)をお招きして「機能性食品と免疫」について,教育講演Uでは和田攻先生(埼玉医大,東大医・名誉教授・衛生)をお招きして「微量環境化学物質の免疫系からみたリスク評価―とくにダイオキシンを中心として―」についてそれぞれ含蓄のある示唆に富んだお話を拝聴することができました。

また,会長講演では「環境因子による胸腺免疫の病的老化」と題して荒川泰昭(静岡県立大学・公衆衛生・生体衛生)が担当させていただきました。

また,シンポジウム「環境・化学物質・免疫毒性」では4先生方をお招きして,櫻井照明先生(東京薬大)にはヒ素について,野原恵子先生(国立環境研)にはダイオキシンについて,別役智子先生(北大医・一内)には喫煙について,藤巻秀和先生(国立環境研)にはディーゼル排気についてそれぞれ先端の研究を解かりやすく解説していただきました。

また,従来継続しておりますワークショップでは「医薬品の免疫毒性評価の進め方,考え方」をテーマに中村和市先生(塩野義製薬),澤田純一先生(国立衛研),中澤隆弘先生(日本イーライリリー),小林孝好先生(アムジェン)にそれぞれ最新の情報や問題提起をまじえたご講演をしていただきました。

さらに今回はランチョンセミナー2題を持つ事ができました。

ランチョンセミナーTではハンチンドン・ライフサイエンス梶i英国)のお世話でマーク・ウイングMark Wing博士(英国)をお招きして“Regulatory immunotoxicology and immunopharmacologyin non-clinical drug development”について,またランチョンセミナーUではシイベルヘグナー梶iスイス)のお世話でアルブレヒト・ポスAlbrecht Poth博士(ドイツ)をお招きして“Routine immunotoxicity testing ofpharmaceuticals: Lessons from the first two years”について講演していただきました。

一般演題においても発展の跡が窺えるレベルの高いものばかりでした。

今大会より優秀な研究に会長賞を,発展を期待したい研究に奨励賞を授与することにいたしましたが,会長賞には坂部貢先生(北里研・臨床環境医学センター)グループの「微量環境化学物質と胸腺の微細構造―フタル酸エステル類を中心として―」が,また奨励賞には二瓶萩尾先生(日大・生物資源科学)グループの「ギンブナの細胞性免疫に及ぼす環境ホルモンの影響」が受賞されました。

以上のように,お蔭様で,大変内容のあるレベルの高い会となり,会員の皆様におかれましても大変収穫の多い会になったのではないかと拝察している次第です。

本学会の趣意は疾病予防,健康の保持・増進のための健康阻害要因の検索,分析,認知,作用機序解析,毒性評価,対策,生体機能の保持・増進,さらに疾病における診断,治療などの領域において,免疫修飾,免疫機能障害,免疫疾患と医療,免疫老化,胸腺免疫,腸管免疫,免疫制御,免疫寛容,免疫における有効性と毒性ならびに安全性,免疫毒性評価など,健康阻害要因を免疫毒性学的見地から科学的に究明し,健康の維持,増進に寄与することを目的とする学術集会であると考えます。

このような「免疫毒性学」なる研究ならびに学問の必要性は以前より叫ばれ,そうした研究も個々においては成されていましたが,このように学会としてお互いに啓発し合えるようになったことは大きな力であり,この分野の発展に益々貢献できるものと確信いたします。

今日の健康ブームの中で,そしてまた「前向き対策」が肝心である予防医学の領域において,医薬品から食品,環境化学物質に至るまで,免疫毒性学的なアセスメントの必要性は国の内外を問わず性急に高まっております。

それだけに,本学会の果たす役割は大きく,その存在価値は今後益々高まってくるものと思われます。

本学会の益々の発展を祈念する次第です。

今大会は将来の学会発展を想定して,開催事業の運営形態においても幾つか新規のものを取り入れてみました。

すなわち,オンライン演題登録システムを確立し,演題登録をオンライン化いたしました。

また,演題発表では十分にデイスカッションできるようにポスターセッションを設けました。

また,講演抄録集も体裁を改め変形A4版に大型化いたしました。

さらにまた,今大会より優秀な研究に会長賞を,発展を期待したい研究に奨励賞を授与することにいたしました。

本学会の益々の活性化に繋がればと祈念しております。

最後に,学会開催に当りまして,絶大なるご協力を賜りました特別講演,教育講演,シンポジウム,ワークショップ招待講演の先生方はじめ会の運営にご助力いただきました役員や実行委員の方々,そしてご発表や討論に活発にご参加いただきました会員の皆様方,また本学会の趣意にご賛同いただき,ご支援を賜りました団体企業の皆様方に心から御礼を申し上げます。



第9回日本免疫毒性学会学術大会報告

幹事 牧 栄二
2002; 7(2); 1-3

平成14年9月19,20日の両日,第9回学術大会が,荒川泰昭(静岡県立大)大会会長の運営により,静岡のグランシップ(Shizuoka Convention & Art Center)にて,209名の参加者の下に開催された。

今回の学術大会では,準備段階において演題登録がオンラインで行われ,演題発表において十分な討議ができるようポスターセッションも設けられた。

また,講演要旨集も体裁を改め変形A4版に大型化されて読みやすくなり,更に,今年より優秀な研究に会長賞を,発展を期待したい研究に奨励賞を授与することになった。

例年の学術大会にない試みとしては,海外の試験受託機関主催のランチョンセミナーが二日に亙り準備された。

今大会では,「免疫の病的老化/環境因子による粘膜免疫および胸腺免疫の病的老化」,「健康機能食品と免疫/その有用性と安全性」,「環境化学物質の免疫系からみた安全性評価」の3つを主要テーマとして発表が行われた。

先ず,特別講演は,「侵襲抗原による粘膜免疫担当組織の障害」と題して名倉宏先生(東北大医・名誉教授・病理)より,「粘膜免疫のダイナミズム」と題して清野宏先生(東大・医科研・炎症免疫)よりご講演を頂いた。

教育講演は,「機能性食品と免疫」と題して上野川修一先生(東大・院・農学生命科学)より,「微量環境化学物質の免疫系から見たリスク評価/特にダイオキシンを中心として」と題して和田攻先生(埼玉医大,東大医・名誉教授・衛生)よりご講演を頂いた。

会長講演は,大会長の荒川先生より「環境因子による胸腺免疫の病的老化」についてご講演頂いた。

シンポジウムの「環境・化学物質・免疫毒性」については,ヒ素(櫻井照明先生/東京薬大),ダイオキシン(野原惠子先生/国立環境研),喫煙(別役智子先生/北大医・一内),ディーゼル排気(藤巻秀和先生/国立環境研)を取り上げ,解りやすく解説して頂いた。

ワークショップでは「医薬品の免疫毒性評価の進め方,考え方」と題して,合成医薬品とバイオ医薬品に分け,前者は「合成医薬品の免疫毒性試験の国際的ハーモナイゼーション」(中村和市先生/塩野義)ならびに「免疫毒性試験法ガイダンス案」(澤田純一/国立医食衛研)について,後者は「バイオ医薬品の種類と免疫毒性にかかわる評価上の留意点」(中澤隆弘先生/日本イーライリリー)ならびに「その免疫毒性に関連した実施上の問題点」(小林孝好/アムジェン)について報告して頂き,各報告毎に活発な質疑応答が行われた。

今回の報告は何れも最新の情報を含んでおり,今後の開発医薬品の免疫毒性検討に貴重な情報を提供したものと考えられ,意義のあるものであった。

一般演題は23題(口演14題,ポスター・口演9題)の応募があり,いずれの演題においても活発な討議が行われ,当研究会の趣旨に沿うものであった。

一般演題の中から優秀な研究に与えられる会長賞は,厳選の結果,坂部貢先生(北里研究所)他の「微量環境化学物質と胸腺の微細構造−フタル酸エステル類を中心として−」に,発展を期待したい研究に与えられる奨励賞は,二瓶萩尾先生(日大)他の「ギンブナの細胞性免疫に及ぼす環境ホルモンの影響」が受賞した。

ランチョンセミナーは,「Regulatory immunotoxicology and immunopharmacology in non-clinical drug development」と題してDr. Mark Wing(ハンチンドン・ライフサイエンス)から,「Routine immunotoxicity testing of pharmaceuticals: Lessons from the first two years」と題してDr. Albrecht Poth (シーベルヘグナー)から発表を頂き,情報提供を受けた。


座長のまとめ

座長:小坂忠司(残留農薬研究所)

OP-1 ヒト骨髄腫細胞に対するATRAの効果とIL-10の役割

 B細胞の最終分化段階にある形質細胞の腫瘍化細胞である骨髄腫細胞に対する治療薬(レチノイン酸、ATRA)の影響を分子生物学的手法などを用い精査した研究であった。通常、ATRA添加により骨髄腫細胞でアポトーシスが誘導される。しかし、演者らは骨髄腫細胞のうちATRA添加によりアポトーシスが誘導されず、増殖促進が認められる細胞株(2株)に注目し、ATRA添加による骨髄腫細胞のアポトーシス誘発を逃れる機構の解明のため、骨髄腫等関連遺伝子を解析した。解析の結果、ATRA添加により増殖促進が認められる細胞株ではIL-10、CD95/Fasの高発現とp53の低発現が観察された。本細胞株に抗IL-10抗体を投与したところ、増殖促進の消失が認められた。また、アポトーシスが誘導される骨髄腫細胞へのIL-10投与により増殖抑制の減少が観測された。以上のように本研究により、骨髄腫をはじめ白血病や悪性腫瘍の治療薬としてのレチノイン酸の作用とIL-10との関連が示唆された。また、骨髄腫細胞のアポトーシス誘発作用の研究は医薬品や化学物質の免疫担当細胞(B細胞、T細胞等)に対する免疫毒性影響の機序を検討する手段として、1つの方向性を示していると考えられた。

OP-2 アレルギー性接触皮膚炎におけるTNF-αの役割

 アレルギー性皮膚炎の感作成立時におけるTNF-αの役割について、TNF-αノックアウト(KO)マウスを用いて検討した研究であった。アレルギー性皮膚炎のモデルとして、トリニトロクロロベンゼン(TNCB)のMouse Ear Swelling Testの試験系を用いて、耳厚差による感作性の程度および所属リンパ節リンパ球のマイトジェンによる細胞増殖能とサイトカイン産生能を測定した。その結果、TNF-αKOマウスにおいてTNCB感作によりIL-4の高値が観察され、Th2細胞の誘導が認められた。通常Th1タイプと分類されている遅延性過敏症のモデルにおいて、TNF-αの非存在下にてTh2細胞分化への影響が示された。このことは、TNF-αがTh2細胞分化を抑制している可能性、ないしTh1細胞分化の促進に働いている可能性などを示唆している。今後遅延性過敏症のモデルでのTNF-αとTh1/Th2分化について、さらなる展開が期待される。

座長:吉野 伸(神戸薬科大学)

OP-3 Plaque-forming cell assay系におけるCyclophosphamide投与ラットの系統比較

 本研究では、ラット6系統F344/DuCrj、LEW/Crj、BN/Crj、Crj:Wistar、Crj:CD(SD)、Crj:CD(SD)IGS間における免疫抑制薬cyclophosphamideの抗体産生(PFC assay系)抑制作用感受性について検討された。その結果、PFC assayにおいて、個体差が少なく、また低用量から免疫抑制作用感受性が最も優れ、ストレスの影響を受けることの少ない系統はF344/DuCrjラットであり、一般免疫毒性試験においては本系統が適していることが示された。

OP-4 標的細胞質内のエステラーゼ活性を指標としたNK細胞活性測定法

 本研究では、蛍光色素(calcein acetoxymethyl ester)で標識した標的細胞としてYAC-1細胞を、エフェクター細胞としてCD(SD)IGS、F344およびBNラット脾臓細胞を用いた場合のNK細胞活性測定法について検討された。その結果、NK細胞活性は、F344、
BN、CD(SD)IGSラットの順に強いことが判明し、また標的細胞からの蛍光色素自然放出抑制法が示された。本蛍光色素を用いたNK活性測定法は医薬品の免疫毒性評価に有用であると考えられる。

座長:小島幸一((財)食品薬品安全センター)

OP-5 環境リスク評価のための免疫指標の有効性に関する検討

―3歳幼児での検証 第2報―
 生活環境および大気汚染などの環境リスクを評価するために、3歳幼児の末梢血を用いた有効な免疫指標の探索が続けられており、昨年度に続いての報告である。対象者の生活環境の詳細なアンケート調査と数種の免疫指標の測定値についてそれぞれ関連性を解析した。総IgE抗体価や、抗麻疹抗体価等、関連性があると考えられる項目もある。今後の継続調査と例数の増加によって、さらに明確で適切な環境リスク評価のための免疫指標が浮かびあがってくることが期待される。

OP-6 In Vitro抗体産生系を用いた化学物質の免疫毒性の簡易評価

 マウス脾細胞をポークウィドマイトジェンで活性化しIgMを産生させる系を免疫毒性の簡易評価系として検討確立した。モデル化学物質を用いてこの系の有効性を確認した。各種の毒性が判明している約300種の化学物質について検討し、42種の化学物質を抗体産生に影響する物質として検出している。また、S9mixとのプレインキュベーションを行い、確立した試験系で抗体産生への影響が検出できることも確認している。簡便に抗体産生系への影響を評価できる方法としての興味深いものである。

座長:上野光一(千葉大学)

OP-7 p38MAPK阻害剤を4週間投与したアジュバント関節炎ラットにおける局所及び全身のリンパ性器官の病理学的変化

 本発表は、ラットアジュバント関節炎モデルに、p38MAPK阻害剤SB203580(30mg/kg x 2day)を28日間連続投与し、リンパ性器官を中心に病理学的検査を行ったものである。アジュバント投与群では、局所及び全身性にリンパ球性領域の萎縮と細網内皮系細胞の活性化が見られたのに対し、阻害剤投与群では関節炎の発症と左局所リンパ節細網内皮系細胞の増生が抑制され、全身性にはリンパ球性領域の萎縮は観察されなかった。質疑応答では、コラーゲン増殖機構やサイトカインのシグナル伝達機構と絡めて活発な討議が行われた。今後、阻害剤の投与期間を考慮した検討が望まれる。

OP-8 大豆タンパク摂取ラットの肝臓におけるLPS誘導性急性炎症の抑制効果

 本発表は、イソフラボン含有食品である大豆のLPSによる急性炎症反応に対する効果を見たものである。対照群にミルクタンパク食を用い、20%大豆タンパク食を54日間自由摂取させた後、LPSを静注し、血中イソフラボン濃度並びに肝TNF産生量を検討した結果、大豆食群に急性炎症を抑制する傾向が見られた。また、大豆食群で、genisteinとequol濃度が有意に高値を示したことからこれからによる作用とも考えられた。本会も学会となったからには、発表に際しては正確な専門用語の使用や的確な質疑応答も今後求められるであろう。

座長:大槻剛己(川崎医科大学)

OP-9 飲食品中に含まれるホルムアルデヒドの経口摂取による生体影響

 不正な養殖魚への寄生虫駆除目的での使用から鑑みたホルムアルデヒドの経口摂取の生体影響が、腸内細菌叢への影響として大腸菌や嫌気性菌の減少・肝でのTNF-αの産生低下・脾細胞のマイトゲン応答の抑制を起こし、健康障害を惹起する可能性が報告された。質疑応答では、研究の端緒と実際の実験での当該物質の濃度の問題や、観察事項のばらつき等が討議され、今後の詳細な検討が期待されることとなった。

OP-10 授乳を介したダイオキシンの暴露がリステリア感染に及ぼす影響

 授乳を介したダイオキシンの曝露の影響を、免疫担当臓器重量と免疫担当細胞分布・リステリア感染後の脾臓内細菌数と血中サイトカイン濃度から観察し、特に高濃度投与群雄での脾臓の重量減少・胸腺のCD4+細胞減少、同群雄雌での感染後の菌数の高値とそれによると考えられる血中のTNF-α、IFN-γの高値等の所見を認め、仔の細菌感染における抵抗性を減弱させる可能性として報告された。重要な問題であり、測定サイトカインや免疫担当細胞分画の拡大を含めた更なる検討が期待された。


座長:久田 茂(帝国臓器製薬)

OP-13 トリブチル錫暴露マウスにおける免疫応答の変化

 トリブチルスズをマウスに投与すると、Th1/Th2バランスがTh2優位になることが主にIgGサブクラスの濃度変化により示され、妊娠前の母胎への投与によってもF1世代に同様の変化が起こることが示された。さらに多くの化合物について評価され、アレルギー疾患の予測におけるTh1/Th2バランス評価の有用性が明らかになることが期待される。

OP-14 塩化トリブチルスズの曝露によるマウスマクロファージ由来細胞のサイトカインmRNA発現に対する影響

 マウスマクロファージ由来J774.1細胞に塩化トリブチルスズを曝露させると、濃度依存的に細胞死が増加し、TNF-α mRNAの発現も増加した。1)細胞死はapoptosisか、2)apoptosisだとすると、TNF-αがautocrineの様式で自身のapoptosisを誘発するのか、3)生体におけるTFN-α産生を伴う細胞死発生の意味などに興味が持たれた。今後の研究の進展が期待される。

座長:柳沢裕之(埼玉医科大学)

PP-1 ジエチルスチルベステロール(DES)の幼若ラット胸腺に及ぼす影響

ジエチルスチルベステルール(DES)の幼若雄雌ラット(Wistar Hannover系)胸腺に及ぼす影響を調べた研究である。出生後間もない幼若雄雌ラットにDES(50μg)を数日間皮下投与すると、7日齢のラットでは未成熟胸腺細胞であるCD4/CD8陽性Double Positive細胞の減少が観測され、離乳時期の21日齢のラットでは成熟胸腺細胞であるCD4陽性細胞及びCD8陽性細胞の減少が認められた。これらの結果から演者らは、DESは幼若雄雌ラットの胸腺細胞、特にT細胞系に影響を及ぼすと結論づけている。

PP-2 乳酸菌・ビフィズス菌生菌摂取の免疫毒性学的解析―新生児マウスの免疫機能発達への影響―

 新生児マウス(BALBg/c)の免疫機能発達に及ぼす乳酸菌とビフィズス菌生菌摂取の影響を調べた研究である。出生直後から離乳期まで週3回3週間Lactobacillus Caseiシロタ株(Lc)とBifidobacterium breve YIT4064 (Bb)をゾンデを用いて経口投与を行い、離乳後3週間目に免疫毒性パラメーター(免疫器官・臓器の重量、パイエル板数、抗CD3刺激とマイトージェン刺激による細胞増殖性・サイトカイン産生能・細胞表面マーカー)を調べると全く影響が認められなかった。これらの結果から、演者らは、LcやBbのようなプロバイオティックスは乳幼児の免疫機能の発達を損なわず安全に利用できるものと推察している。

座長:高木邦明(静岡県立大学)

PP-3 抗原刺激およびDTBHQ刺激によるRBL-2H3細胞の遺伝子発現変化

 ラットマスト細胞株のRBL-2H3細胞を用いて、抗原およびDTBHQによる遺伝子発現パターンの変化をGeneChip技術により詳細に解析された結果が報告された。両刺激により発現が有意に上昇した遺伝子は200前後あり、各刺激でも特徴的に発現誘導されるもの、あるいは発現が抑制されるもの等が網羅的に解析されていた。演者らも報告していたが、マスト細胞が刺激を受けた時にストレス応答遺伝子GADD45を発現していることが興味深く、これをマスト細胞のストレス応答だけに留まらず、さらに派生的に発現する遺伝子の解析に期待したい。

PP-4 好酸球増多症を自然発症するラット(MES)蛋白抗原に対するアレルギー反応性に関する検討

 好酸球増多症ラット(MES)を用いて、全身性アナフィラキシー(ASA)反応と同種受動的皮膚アナフィラキシー(PCA)反応性についてSDラットと比較検討がなされていた。その結果、抗原特異的IgGやPCA反応では両者に有意な差が観られなかったものの、ASA反応ではMESラットのみ強く反応し、剖検所見から血中好塩基球の関与を推定しており、興味深い報告であった。今後、好酸球の関与も含め、より詳細な発症機構の解明が期待される。

座長:坂部 貢(北里研究所)

PP-5 惹起相を負荷したMouse IgE Test trimellitic anhydride (TMA)の気道感作能検出

 Mouse IgE Test (MIGET)において総IgE値が最も上昇すると報告されているDay 14にTMAを吸入曝露することで、マウスに気道抵抗の上昇、呼吸回数の低下、総IgE値の上昇、 肺胞洗浄液および肺組織への好酸球浸潤を誘起できることを報告した。今回の結果は、MIGETが誘導相のみで試験という問題点を、TMAを陽性対照物質として用いる事(惹起相を付加する事)でより広い視野で評価できることを証明した興味ある所見であった。

PP-6 体液性免疫における長寿命抗体産生細胞に対する2,3,7,8 - tetrachlorobenzo -p-dioxin(TCDD)の影響

 TCDD曝露によってOVA免疫10日後から認められる抗原特異的IgG1量が抑制され、脾臓胚中心(GC)における細胞増殖およびGCの形成が初期の段階から抑制されることが明らかになった。この報告は、これまで不明の点の多かったTCDDの免疫毒性作用に新たな知見を提供し、高く評価の出来るものであった。


ワークショップ報告

バイオ医薬品の安全性評価実施上の免疫毒性に関連した問題点

小林 孝好(アムジェン株式会社 前臨床開発部)

1.バイオ医薬品と免疫毒性および抗原性

 化学合成医薬品の免疫系に対する作用を調べる試験として、免疫毒性試験、抗原性試験、皮膚感作性試験がある。これらの試験は化学合成医薬品の免疫系への影響を検索し、ヒトにおける副作用の予知を目的とし開発されてきた。即ち、免疫毒性試験は免疫系の異常(有害な変容)を予知する目的で、抗原性試験はヒトに投与された医薬品が抗原として認識されることから起こる薬物アレルギーの予知を目的として確立された試験法である。また、化学合成医薬品の場合、被験薬が未知の物質であるとの前提から、どのような生体反応が引き起こされるか不明のため、各種毒性試験を組み合わせ、試験の種類によっては2種の動物を用いて実施され、未知の異常反応を広く把握し、ヒトへの外挿が試みられている。しかし、バイオ医薬品の場合は、既にヒトに対して作用を有する生体物質を遺伝子工学技術を応用して大量生産したもので、多くの場合その作用機序、作用部位は明らかになっており、その開発のアプローチは化学合成医薬品のそれとは異なる。バイオ医薬品の安全性試験の実施の詳細については最近出版された「医薬品非臨床試験ガイドライン解説2002」を参照されたい。ここではバイオ医薬品の免疫毒性に関連した問題点についてのみ取扱う。

 バイオ医薬品はヒトのペプチドあるいはタンパクであることから、これらは実験動物に対して異物として認識され、免疫応答として特異抗体が産生される。このことは動物を使用する抗原性試験の限界を示していると云える。

 近年、バイオ医薬品の範疇に、従来のヒト生体内物質をベースにした医薬品以外にタンパク分子に種々の修飾を施したものや人工的に作られたものも扱われるようになって来た。また、生体における標的分子を特定し、その標的分子に反応する特異抗体の開発も盛んに行われている。これら新規バイオ医薬品についても、上述の通りに、その作用部位ならびに作用機序は明らかにされており、従来のバイオ医薬品と共通した性格を持っている。従って、毒性試験の実施はバイオ医薬品毒性試験法が適応される可能性がICH S6ガイドラインに記載されている。しかし、これらの物質はヒトにとっても新規物質であり、構造中に未知の部分が含まれていることは否定できない。従って、新規バイオ医薬品については、従来のバイオ医薬品と同じ評価基準で安全性試験を組み立てることはできず、一層のcase-by-case対応が必要になる。新規バイオ医薬品の安全性評価にはこれらのことを充分に考慮した上で、被験物質の免疫毒性ならびに抗原性の有無の検討を行う必要が有る。

2.バイオ医薬品の安全性評価と免疫応答

 バイオ医薬品は一般にヒト由来のタンパクであることから、動物に投与した場合しばしば異物として認識され、特異抗体が産生される。従って、バイオ医薬品の安全性試験で観察される抗体産生のヒトへの外挿の意義は小さいと考えるが、安全性評価の上で重要な役割を持っており、もう一つの免疫応答として無視することはできない。被験物質の反復投与による一般毒性試験ならびに生殖毒性試験を実施する際、化学合成医薬品とバイオ医薬品の違いを充分に理解した上で試験を実施し、得られた成績を評価する必要がある。ここでは、試験系の被験物質に対する免疫応答(抗体産生)を分類し、安全性評価を行なう際の留意点に的を絞って述べることとする。

1)安全性試験で産生された抗体の特性

(1)中和抗体

 Table 1に示したケースはある種のサイトカインの例で、投与開始2週頃より抗体価が上昇し、その時期まで被験物質の血中濃度はある一定濃度を維持していたが、特異抗体産生の上昇に伴い血中濃度は減少を示した。この現象はバイオ医薬品の安全性試験でしばしば観察されるもので、反復投与を続けて行くと被験物質の血中濃度が低下してくる。その原因は中和抗体に依るものである。この物質の場合、毒性学的所見として投与初期に赤血球、白血球、血小板の減少が見られるが、中和抗体の産生と共に曝露量が減少し、実験終了時には血液の異常所見も回復を示した。同様に、アルブミン量、コレステロールの変動も2週目までは観察されるが4週目では正常化している。従って、被験物質の血中濃度ならびに特異抗体の産生を確認しておかないと、しばしば一過性の変化として扱われ、ケースによっては毒性所見を見逃す結果となり得る。この様に中和抗体が産生される場合は、これ以上投与を続けても真の曝露量は得られず、毒性評価上は意味が無い。最近開発されているバイオ医薬品の毒性試験では、しばしばこの抗体産生の有無を理由に長期反復投与試験が実施されていない場合がある。



 この様な被験物質の反復投与により産生された中和抗体は被験物質に特異的に反応するばかりでなく、動物の内因性タンパクに対しても反応する場合がある。その結果、内因性タンパクも中和され正常域を下回り、内因性タンパクの欠乏状態が生じ、欠損症を引起こすこともある。しかし、この変化は被験物質の毒性とは異なるものであり、毒性評価を見誤ることとなる。

 ヒト由来タンパクと云えども、ヒトへ反復投与されることにより抗体産生が認められることが知られているが、この様に内因性タンパクと交差反応性を示す抗体の産生は、臨床上大きな問題となる。しかし、ヒトでの反応を動物試験の結果から推測することは非常に難しい。

(2)Clearing抗体

 被験物質の血中濃度推移が初回投与時に比し、特異抗体産生後に被験物質の血中からの消失が早まり、絶対的な曝露量が減少することがある。この抗体の場合は被験物質の生物活性には影響を及ぼさず被験物質の生体に対する曝露時間が短縮する。この様な性格を有する特異抗体を中和抗体と区分し、Clearing抗体と称した。

(3)Sustaining抗体

 Clearing抗体とは逆に抗体が産生されることにより被験物質の血中濃度消失半減期t1/2が著しく延長することがある。反復投与後に被験物質の血中濃度と抗体価を測定すると、特異抗体を産生した個体では血中濃度推移は延長し、特異抗体を産生していない個体とは明らかな曝露時間の違いが見られる。この場合、当然ながら抗体を賛成した動物では曝露量の増加に伴う強い生物反応が認められる。このような減少はヒトにインスリン製剤を長期間使用した場合に起こることが報告されている1)

2)特異抗体産生による免疫複合体の毒性評価に及ぼす影響
 産生されて特異抗体と被験物質の結合物が腎糸球体に沈着し、腎障害を引起すことが知られている。従って、安全性評価時の腎所見は直接的な腎障害か免疫複合体の腎糸球体への沈着によるものか調べることが必要である。

3)特異抗体の産生が抑制される場合

 被験物質を動物に反復投与した際に産生される特異抗体の種類について示したが、被験物質に免疫抑制作用がある場合は、特異抗体の産生が抑制されることがある。Agersoら2)はhGHを単独投与した動物に抗体が産生され、事前に免疫抑制剤のCyclosporine、AzatioprineおよびPrednisoloneを投与することにより抗体産生が抑制され、その抑制の程度はCyclosporineの投与量を増加させること、即ち、免疫抑制作用が増強されるに比し強く抑制されることを報告されている(Fig.1)。Cyclosporine非投与下にhGHに対する特異抗体の産生が認められた場合は、初回投与時の血中濃度と比較して、投与22日目のt1/2は明らかな延長を示しており、Cyclosporine投与により特異抗体が産生されなかった場合は、初回投与時と投与22日目の血中濃度に差が認められないとしている(Fig.2)。hGH投与により産生された特異抗体は、先に示したSustaining抗体の様相を呈していた。





 Table 2は炎症に関わるサイトカインの活性を抑制する被験物質のケースで、低用量では特異抗体の産生を認めるが、高用量では特異抗体の産生は完全に抑制されている。このケースにおいて高用量ではIgG抗体の産生は抑えられているが、IgM抗体の産生を示す個体の存在が認められた。この薬剤の場合、被験物質の血中濃度と抗体産生の関係は、特異抗体が産生されていない個体では血中濃度はいずれの投与期間でも同じ曝露量を示しているが、特異抗体を産生している個体では血中濃度の低下が認められ、中和抗体の特性を示していた(Fig.3)。このケースのように被験物質の投与量に反比例して中和抗体が産生される場合、血中濃度だけを見れば一見用量相関のある曝露量であり、毒性所見も曝露量に相関して現れる。しかし、低用量群では真の曝露が示されていないので、この様なケースから無毒性量を評価することは困難である。従って、バイオ医薬品の場合、トキシコキネティックと特異抗体の産生状況を合わせ検討することが非常に重要になる。
 ヒトにバイオ医薬品を長期間投与した場合、特異抗体が産生されることは良く知られているが、抗体産生に関与する抗原決定基がヒトと動物で同じとは限らない。従って、ヒトにおける抗体産生並びにその生体反応を動物試験の結果から推測することは難しく、慎重に行う必要がある。





3.まとめ

1)バイオ医薬品では動物を用いた安全性試験において被験物質に対する特異抗体が一般に産生される。

2)動物における抗体産生の有無からヒトにおける抗体産生の有無を推測することは難しい。

3)産生された抗体は中和、Clearing、Sustain等の性質を有し、安全性評価の上で重要な役割を果たしている。

4)バイオ医薬品の安全性試験においては、被験物質の血中濃度推移の確認と平行して抗体価の確認が必要である。

文献

1) Timon W. Van Haeften et al: Effect of insulin antibodies and their kinetic characteristics on plasma free insulin dynamics in patients with diabetes mellitus. Metabolism 35(7) : 649-656, 1986.

2) Henrik Agerso et al: Plasma concentration of hGH and anti-hGH antibodies after subcutaneous administration of hGH for 3 weeks to immunosuppressed pigs. J. Pharma. Toxicolog. Methods 41: 1-8, 1999.