≪免疫毒性試験プロトコール 14≫
マウス脾臓細胞を用いた細胞内サイトカイン検出法
2000; 5(2), 12-16
小坂忠司・竹内幸子
(財)残留農薬研究所
A.解説
周知のように,サイトカインはリンパ球などの免疫担当細胞の免疫反応機能制御に重要な役割を果たしている細胞間情報伝達物質であり,主に細胞の増殖や分化を制御している可溶性蛋白である。従来,サイトカインの検出については,リンパ球を培養しその培養液中に分泌されるサイトカインの濃度をELISA法(酵素標識免疫吸着法)等を用いて測定されてきた。近年,細胞内蛋白輸送を阻害するMonensinやBrefeldin-A等の薬剤を用いた方法が考案されたことで,フローサイトメトリー(Flow cytometory;FCM)を用いた細胞内サイトカインが容易に検出できるようになった(1,2)。
ここでは,マウスの脾臓細胞をmitogenや抗原の存在下で培養し,汎T細胞やヘルパーT細胞を例にして,フローサイトメトリーによる細胞内サイトカイン検出法を説明する。(図1,図2)
B.試薬および機器
1.細胞調製液および培養液
・細胞調製液:リン酸緩衝生理食塩液および5%牛胎児血清添加RPMI 1640。牛胎児血清はエンドトキシンの混入のないものを選び,熱処理で不活化を行う。
・培養液:10%牛胎児血清添加RPMI1640(含100U/mlペニシリン・ストレプトマイシン)
・赤血球溶解液:0.85%塩化アンモニウム溶液
2.培養時のリンパ球刺激などに使用する試薬
リンパ球の刺激剤として,ここではT細胞mitogenのConcanavalin Aを挙げたが,実験の性質により抗マウスCD3抗体やその他のmitogen,あるいは特定の抗原(感作抗原と同一のもの)を用いてもよい。
・T細胞mitogen:Concanavalin A (10μg/ml; Sigma # C-2010)
・蛋白輸送阻害剤:Brefeldin A(10μg/ml)またはMonensin Na(4μg/ml)
Brefeldin A(Sigma # B-7651; DMSOに5mg/mlにて溶解・保存)
Monensin Na(Sigma # M-5273; DMSOに1mg/mlにて溶解・保存)
3.染色時に使用する試薬
・固定液;FACS Lysing Solution(BD社)または4%Paraformaldehyde PBS(pH7.4)
FACS Lysing Solution (Becton Dickinson #349202)
Paraformaldehyde(Sigma P-6148; 約50℃にて溶解)
・細胞膜透過用緩衝液;FACS Permeabilizing Solution(BD社),0.1%サポニン添加1%FCS
PBS
FACS Permeabilizing Solution(Becton Dickinson #340457)
サポニン(Sigma S-7900)
・ブロッキング液:15%山羊血清添加PBS
・染色液:1%FCS添加PBS(抗サイトカイン抗体を入れる)
4.蛍光標識抗体
1)細胞表面膜抗原染色
本稿では,T細胞のサイトカイン産生細胞を検出するため,汎T細胞(CD3陽性細胞),ヘルパーT細胞(CD4陽性細胞)を挙げた。通常,表面膜抗原の蛍光標識は以下に述べるサイトカイン染色用の蛍光標識とは異なる蛍光標識を用いるため,著者らはCy-Chrome標識を選択した。代表的な抗体を以下に示す。
Cy-Chrome標識抗マウスCD4抗体(Clone RM4-5)(PharMingen 01068A)
Cy-Chrome標識抗マウスCD3抗体(Clone 145-2C11)(PharMingen 01088A)
2)細胞内サイトカイン染色
代表として,IL-2とIL-6の検出について説明する。市販の蛍光標識はFITC標識とPE標識が主なものである。サイトカイン染色時には常にそれぞれの使用抗体と同一のIsotype
control immunoglobulinを用いたコントロール細胞を用意し,Isotype controlによる弱染色性蛍光発現の対照とする。代表的な抗体を以下に示す。
FITC標識抗マウスIL-2抗体(Clone S4B6)(Rat IgG2a,PharMingen 01068A)
PE標識抗マウスIL-6抗体(Clone MP5-20F3)(Rat IgG1,PharMingen 18075A)
FITC標識Rat IgG2a Isotype control immunoglobulin (PharMingen 20624A)
PE標識抗Rat IgG1 Isotype control immunoglobulin (PharMingen 20615A)
5.装置および器材
・CO2インキュベーター,フローサイトメーター,遠心機
・遠心チューブ(15ml),FCM用チューブ(5ml),24穴培養プレート,ナイロンメッシュ,時計皿,血球計算板等の器材
C.実験操作手順
1.概要
1)マウス脾臓細胞の単細胞浮遊液を調製し,細胞を培養する
2)培養過程で細胞を刺激し(mitogen,抗原など),サイトカイン産生を促す。
3)細胞内蛋白輸送を阻害し(Brefeldin-Aなど),サイトカインを細胞内に蓄積させる。
4)細胞染色第1過程で細胞膜表面抗原(CD4など)を染色する。
5)細胞膜透過処理を行い,細胞膜透過性を高める。
6)抗サイトカイン抗体により,細胞内サイトカイン(IL-2など)を染色する。
7)フローサイトメトリーにて蛍光強度を解析する。
2.脾臓細胞の調整および培養
1)細胞調整
@マウスをエーテル麻酔下にて屠殺(頸椎脱臼)し,体部をアルコール消毒した後開腹する。開腹後,滅菌ピンセットにて脾臓を摘出する。摘出した脾臓を氷冷した滅菌チューブに移す。
A脾臓を滅菌時計皿に置き,PBS(約1ml)に浸す。PBS液中にてピンセット(及びステンレスメッシュ)を用いて脾臓をほぐし,単細胞浮遊液を得る。
B滅菌遠心チューブ(15ml)に単細胞浮遊液(約5ml)を移し,約1〜2分放置後遠心管底部の細胞塊(Cell
dabris)を避けて細胞浮遊液のみを吸い上げ,別の遠心管に移す。
C細胞浮遊液を遠心し(4℃,1500rpm,10分),上清を除く。赤血球溶解のため,cell
pelletを5mlの0.85%塩化アンモニウム溶液に懸濁し,5分間室温にて静置する。5分後,等量の5%FCS
RPMI1640培地を加える。
D前項の細胞浮遊液を遠心し,cell pelletを5%FCS RPMI 1640培地に懸濁する。もう一度遠心後,同一培地にて洗浄した後,ナイロンメッシュを通す。
E細胞浮遊液一部を採取し,血球計算板にて細胞数を計算する。
2)細胞培養(培養液の調製以降はクリーンベンチで操作する)
@培養プレートの各ウェルに,1ml当たり2×106個の脾臓細胞にて,mitogenの最終濃度が例えばConcanavalin Aで10μg/mlとなるように,脾臓細胞浮遊液と培養液中のmitogen濃度を調製する。ここでは,脾臓細胞1容に対してmitogen添加培養液9容の,1容:9容でそれぞれ調製し,説明する。この場合の比率は研究者によって異なる。
A脾臓細胞浮遊液では,培養培地での最終脾臓濃度を調整するため,細胞数を計算後遠心し,1ml当たり2×107個の脾臓細胞(培養時最終脾臓濃度の10倍濃度)となるように,cell pelletを培養培地の10%FCS RPMI 1640培地に懸濁する。
Bmitogen添加培養液では,Concanavalin Aの最終濃度が10μg/mlの場合,11.1μg/mlの濃度でConcanavalin
A添加10%FCS RPMI 1640培地を調製する。
C900μl(9容)の11.1μg/ml Concanavalin A添加10%FCS RPMI 1640培地を24穴培養プレートの各ウェルに加える。さらに100μl(1容)の細胞浮遊液(2×107個脾臓細胞;最終脾臓濃度の10倍濃度)を各ウェルに加え,2から3回ピペッターにて軽く攪拌する。
DCO2インキュベーターにて37℃,5%CO2で24時間培養する。
E培養終了4ないし5時間前に,細胞内蛋白輸送阻害剤Brefeldin-Aを最終濃度が10μg/mlとなるように,各ウェルに加え,2から3回ピペッターにて軽く攪拌する。
3)細胞内サイトカイン染色(操作B以降の静置ないし反応は暗所で行う)
@培養終了後,培養プレートを氷上に置き,反応を止める。各ウェルごとに軽くピペッティングして培養細胞を採取し,プラスチック試験管(5ml)に移す。
A冷PBSにて1回洗浄した後,一次抗体の表面膜抗原抗体との非特異的結合(Fcレセプターとの結合)を防ぐため,15%山羊血清添加PBS(200〜500μl程度)を加え,細胞を懸濁した後,4℃で10分間反応させる。
B冷1%FCS PBSにて遠心洗浄した後,Cy-Chrome標識抗マウスCD4抗体を含む1%FCS
PBS(50〜200μl程度)を加え,細胞を懸濁する。暗所で4℃,30分間反応させ,リンパ球の表面膜抗原を染色する。
C冷1%FCS PBSにて遠心洗浄した後,固定液のFACS Lysing Solution(BD社)または4%Paraformaldehyde
PBSを加える。FACS Lysing Solution(BD社)では,1ml加え,室温にて10分間静置する。4%Paraformaldehyde
PBSでは,200μl程度加え4℃で20分間静置する。
D遠心して上清を除去した後,細胞膜透過用緩衝液のFACS Permeabilizing Solution(BD社)または0.1%サポニン添加1%FCS
PBSを加える。FACS Permeabilizing Solution(BD社)では,500μl加えて細胞を懸濁し,室温にて10分間静置する。0.1%サポニン添加1%FCS
PBSでは,100μl加えて細胞を懸濁し,室温にて20分間静置する。また,サポニンを用いた細胞膜透過用緩衝液では,サポニンの作用が可逆的反応なので,以後のEの遠心洗浄と染色時に0.1%サポニン添加1%FCS
PBSを使用し,Fの行程では使用しない。
E1%FCS PBSにて遠心洗浄した後,FITC標識抗マウスIL-2抗体/PE標識抗マウスIL-6抗体を含む1%FCS添加PBS(50〜200μl程度)を加え,細胞を懸濁する。室温暗所で,30分間反応させ,細胞内サイトカインを染色する。その際,各抗体に対するコントロールとして,培養細胞の一部試料を用い対象となる抗体のIsotype
control immunoglobulinと室温暗所で,30分間反応させる。
F1%FCS PBSにて遠心洗浄し,フローサイトメトリー解析を行う。
4)フローサイトメトリー解析
@Forward scatterとSide scatterにてリンパ球相当部分をGating(R1)する。
A次に,@でGating(R1)したPopulationについて,標的とするリンパ球のSubsetを特定するために,表面膜抗原のCD4やCD3陽性細胞のPopulationをドットプロットでGating(R2)する。
BCD4やCD3陽性細胞のPopulationについて,Isotype control immunoglobulin染色細胞を測定する。Isotype
controlで反応する非特異的反応エリアを特定し,陰性と陽性反応の境界線を引く。
C同様に,CD4やCD3陽性細胞のPopulationについて,サンプル細胞を測定する。
D.留意点
1)ゴルジ体からの蛋白輸送をブロックする薬剤として,通常Monensin-NaとBrefeldin-Aの2種類が挙げられているが,その作用について両者に差は認められない。蛋白輸送阻害剤の作用時間(細胞との培養時間)は通常2〜5時間であり,5時間以内に留める。
2)細胞膜透過処理の検討では,ここでは0.1%saponin処理と市販のFACS Permeabilizing
Solution (BD社)を用いる方法を挙げた。Saponinによる細胞膜透過処理では,バックグラウンドが比較的高く,染色にばらつきが見られることがある。Saponin処理の場合には注意が必要となる。我々の経験でも,0.1%saponinの室温30分処理と,Permeabilizing
Solution(BD社)の室温10分処理とを比べた場合,後者の細胞膜透過処理によるIsotype
control抗体のバックグラウンドは低く抑えられていた。
3)細胞の培養時間については,目的とするサイトカインの種類によって,リンパ球を刺激してから産出されるまでの時間が異なる。予備実験や文献などで調査した上で目的とするサイトカインの反応時間を設定することが好ましい。また本実験系では,刺激培養時間を比較したところ,24および48時間培養とも細胞内IL-2検出量に差は認められなかった。
4)抗サイトカイン抗体の二重染色は,多くの研究者によって使用される手法であり,特にTh1/Th2バランスを調査するために有用である。その場合,目的とするサイトカイン産生時間の違いを目処に実験を進める必要がある。IFN-γとIL-4の産生についてみると,非免疫の脾臓細胞では両サイトカインは刺激の48時間で産生(ほぼ頂値)が見られるものの,Mitogen投与した脾臓細胞(活性化細胞)や末梢血単球では,Mitogen刺激により2〜4時間で頂値となる(3)。このように,用いる細胞や条件によって目的サイトカイン産生時間を検討する必要がある。
E.利点
培養液中でのサイトカイン測定では細胞外に分泌されたサイトカインを測定する。一方,フローサイトメトリーによる細胞内サイトカイン検出では分泌される前の細胞内サイトカインを検出する。本法を用いた利点は,個々の細胞のサイトカイン産生を検出することが出来ることにある。すなわち,いずれのサブセットのリンパ球(あるいはサイトカイン産生可能細胞)が特定のサイトカインを産出するかが判明するばかりではなく,小数の細胞においてもある程度量的な推計が可能となる。言い換えれば,リンパ球のサイトカインの分泌型からTh1型とTh2型とを分類し,多量なサイトカイン産生細胞を分類することが可能となる。しかし,サイトカインは免疫された病原体の種類,免疫反応過程の違い等により優位となるサイトカインが異なる。今後これらのことを整理し,免疫毒性の指標としてのTh1/Th2バランスの意義を解析する事が必要と思われる。
F.参考資料
1)Scander, B., Andersson, J., and Andersson, U. Assessment of cytokines by immunofluorescence and the paraformaldehyde-saponin procedure. Immunol. Rev. 119, 65-93(1991).
2)Schauer, U., Jung, T., Krug, N., and Frew, A. Measurement of intracellular cytokines. Immunol. Today 17, 305-306(1996).
3)Scander, B., Hoiden, I., Andersson, U., Moller, E., and Abrams, J.S. Similar frequencies and kinetics of cytokine producing cells in murine peripheral blood and spleen. J. Immunol. Methods 166, 201-214(1993).