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ヨード造影剤によるアレルギー様副作用の防止に向けて
塩野谷 博
(アサマ化成株式会社 研究顧問)


非イオン性ヨード造影剤の開発により、ヨード造影剤によるアレルギー様副作用は大幅に減少したとはいえ、日本では、年平均11名の死亡者が報告されている1)。2004年に、ヨードアレルギーに関する基礎研究を3 報に纏めて投稿した2,3,4)。これらは、ヨウ素含有造影剤のアレルギー様副作用のメカニズムの解明を意図した報告であった。その後の研究と投稿時に見過ごしていた臨床論文を含め、ヨウ素含有造影剤のアレルギー様副作用の発生メカニズムについて再考し、この拙文となった。御批判、御教示いただけると有難いと思っている。

1. 論文の概要
第1 報2)は、ヨードアレルギーの抗原特異性についてである。

ヨウ素原子を含む化合物によりアレルギー性の副作用が起こると、ヨードアレルギーを疑うのが一般的である。即ち、ヨードアレルギーという概念には、ヨウ素原子を含む化合物の化学構造の違いは問題にされないという特徴がある。化学構造の識別は獲得免疫の特徴であるが、ヨードアレルギーの概念は、一見、この特徴と矛盾する。ヨードアレルギーにはこの矛盾を回避するメカニズムが有るはずである。一体ヨードアレルギーとは何かが研究の出発点であった。

ヨード造影剤の副作用はヨードアレルギーの患者において起き易いことは、ヨード造影剤添付文書にも記載されている。ヨードチンキにアレルギーであれば、ヨードアレルギーであるが、モルモットにヨウ素・ヨウ化カリウム溶液をフロイント完全アジュバントとともに免疫の後、ヨウ素・ヨウ化カリウム溶液を皮内注射してアレルギー反応を惹起すると、即時型に続き、遅延型アレルギーが発症するが、ヨード造影剤を皮内注射してもアレルギー反応は起こさなかった。ヨウ素・ヨウ化カリウムで免疫して出来た抗体はin vitroにおいてヨードイオンとは反応せず、3,5-ジヨードチロシンと反応した。無論、この抗体はヨード造影剤とは反応しなかった。即ち、ヨードアレルギーの抗原決定基はヨード化チロシンであり、血清アルブミンのような自己蛋白のチロシン残基が生体内でヨード化され、生成したヨード化自己蛋白が抗原となるアレルギー反応であると考えられた。

第2 報3)には、造影剤からヨードアレルギーの抗原、即ちヨード化自己蛋白の生成について記載した。

造影剤に限らず、有機ヨード化合物のヨウ素原子は光線エネルギーにより容易に離れる。離れたヨウ素はヨウ素イオン, I-である。I-が蛋白をヨウ素化するためには、酸化されて1 /2I2となる必要がある。そこで、酸化剤として、紫外線を選び、ヨウ化カリ溶液、イオン性ヨウ素造影剤、非イオン性造影剤のそれぞれを澱粉の存在下に紫外線照射し、ヨウ素澱粉反応によりI2の生成を測定した。その生成量はヨウ素イオン溶液>イオン性ヨウ素造影剤>非イオン性造影剤であった。次いで、ヨード造影剤を、蛋白の存在下でX線照射して沃素化蛋白の生成を測定した。ヒト血清アルブミンとイオン性、非イオン性ヨード造影剤の混合液にX線を当てると、X線量に比例してヨウ素化蛋白が生成し、イオン性造影剤に於ける生成量は非イオン性造影剤のそれよりも6 倍多かった。一方、アレルギー性副作用の発生頻度もイオン性造影剤は非イオン性造影剤の6 倍の発生率5,6)であり、in vitroヨード化蛋白生成率比と臨床副作用発生率比が一致した値を示した。

第3 報:ヨードアレルギーの抗原決定基がジヨードチロシンであるので、皮内診断のための惹起活性は有するが、それ自体は感作抗原性のない皮内診断試薬として、ジヨード化チロシンの3 分子がペプチド結合した化合物を創出した。

ヨード造影剤のアレルギー性副作用がヨウ素化自己蛋白を抗原とするアレルギーであるとすると、ヨード造影剤に見られるアレルギー性副作用の様々な特徴が説明できる。即ち、イオン性造影剤は非イオン性造影剤より副作用頻度が高いのは、イオン性ヨード造影剤は非イオン性造影剤の6 倍のヨード化蛋白が生成すること。初めての造影剤の投与でも発症するのは、ヨウ素消毒剤によって生成するヨード化蛋白もヨード造影剤により生成するヨード化蛋白も、ともに、3,5-ジヨードチロシンを抗原決定基とする共通抗原であるためと解釈できる。副作用予知試験として造影剤の少量静脈内投与が無意味であったのは、造影剤それ自体はヨードアレルギーの抗原ではないためである。アレルギー性副作用を即発性と遅発性とに分けているが、ヨード化蛋白生成仮説によれば、副作用の発症は、ヨード造影剤を素材として、ヨード化蛋白が体内で生成した時点を示しているのであり、即発性と遅発性を区別する必要がない。その他、ヨウ素化自己蛋白生成説により、全てのアレルギー性副作用の特徴が説明できることを論じた。

この研究の途中で、同じ仮説の研究がNilsson R7)らによりなされていたことを見出し、第2 報3)に引用した。マウスにおいてヨード造影剤投与とX線照射によりヨウ素化蛋白のin vivo生成が記載されている。

2. その後の実験経過・ヨードアレルギーの原因抗体の検索
上記3 報2 ~-4)の後に副作用発現患者血清中に抗体の検索を行った。先ず、ヨード造影剤でアレルギー性副作用を発現した患者血清中のヨード化ヒト血清アルブミンに対するIgE抗体の存在を、国立相模原病院の三田晴久先生にお願いして、3,5ジヨードチロシン結合ヒトアルブミンを抗原とするRAST法によるIgE抗体の検索により行ったが、抗体は見出せなかった。先生には貴重な患者血清をお使い頂き感謝している。また、別途に、IgG抗体の検索をECL法によって行ったがIgG抗体も検出されなかった。私の知る限り、ヨードアレルギーの抗体を証明した報告は見当たらない。そこで一つ考えられたのは、抗ヨード抗体は、甲状腺ホルモンであるサイロキシンT4と結合することである2)。ヨード化蛋白に対する抗体はT4により常にクリアランスを受けると考えられるので、他のアレルギーと異なり血液中の活性型抗体が検出されるレベルに至らないと考えられる。こう考えると、抗ヨードIgE抗体は、RASTでは血中に検出出来なくとも好塩基球レベルでは検出される可能性がある。

3. エリスロシン
ヨード造影剤アレルギー患者の8 割がエリスロシンで惹起できたという記載がある9)。ヨード・ヨードカリをモルモットに免疫して得られた抗体を皮内に受身免疫して、エリスロシンを静注するとPCA反応が惹起された4)。即ち、エリスロシンはわずか分子量が900であるが、ヨードアレルギーの惹起抗原性がある。エリスロシン分子には、その化学構造から、2ヨードチロシン残基が2 個あると見ることができ、2 価の抗原として機能しているためと考えられた。この結果は、第3 報で記載した低分子のヨードアレルギー診断薬が、ヨードアレルギーの副作用診断に有用であることを支持するものと理解している。

4. 2つの臨床副作用報告論文の考察
ヨードアレルギーの抗原が、生体内で生成するためには、第一に、造影剤からI-が乖離して生ずること。第二に、生体に酸化ストレスがあって、I-が酸化され、I2が生成する条件にあることである。

臨床副作用についての以下の2 つの論文10,11)はヨウ素化自己蛋白説で説明できると思われる。

Mikkonen R10)らは、ヨード造影剤投与による遅発型皮膚反応の発生は4875名中52名(1.07%)の発生率で、この値は、皮膚反応の自然発生率の300倍であること。皮膚反応は太陽光線に当たる場所にもっとも多く発生し、4 〜 7 月で全体の46%(r=0.613、p<0.05)と、季節性があることを報告した。

これを、ヨウ素化自己蛋白抗原生成説で解釈すると、5 月6 月は北半球において紫外線の多い時期である。ヨウ素化自己蛋白仮説に基づくと、造影剤に結合しているヨウ素原子が、光線エネルギーにより、皮膚に残留する造影剤分子から乖離し、さらに紫外線の酸化作用により、酸化されて分子状ヨウ素の生成と自己蛋白への結合へと進み、ヨードアレルギー抗原となる過程を示唆していると思われる。

Munechika H11)らは6764例の非イオン系造影剤による遅発性有害反応の発生が、花粉症の発症時期と重なること、また、外科手術や術後浸襲に伴い有意に増加する事を示した。我が国における花粉症のシーズン( 2 月から4 月)の発症率は250/3415で4.8%であったのに対し花粉症シーズンでない7 月〜 9 月のそれは193/3349の2.7%と比べてχ2検定p<0.01であり、有意に花粉症シーズンに於いて発症する。これを、ヨウ素化自己蛋白抗原生成説で解釈すると、花粉症アレルギーの発症により炎症性サイトカインのレベルが上がり、好中球は活性化されているので、通常よりもより高いレベルの活性酸素放出(Oxygen burst)を引き起こし12,13)、生体内でヨウ素化蛋白が生成し、アレルギーが発症したと解釈できる。また、外科手術は必然的に虚血・再還流障害を含み、活性酸素の発生を伴うことは広く知られている。ヨードアレルギーの抗原が活性酸素の発生を待って生成することから、造影剤副作用が必然的に増加すると説明できる。

5. ヨード造影剤、ヨードアレルギー副作用診断剤の開発
以上の知見に基づき、ヨード造影剤の副作用診断薬開発の手順を考える。

ヨードアレルギーに於いては、前述のごとく、血清を調べたのではヨード化蛋白に対する抗体が検出されない。IgE抗体は血清中に検出されなくとも、肥満細胞や好塩基球の高親和性IgE受容体に結合したIgEが存在して1 型アレルギーが発症する。そこで、試験管内における末梢血好塩基球からのヒスタミン遊離をヨード化ヒトアルブミン、および皮内診断薬4)を抗原として調べる。

ヒスタミン遊離試験に用いる好塩基球はヨウ素系殺菌剤にたいしてアレルギー性副作用を示す患者由来の白血球も選択肢となる14)

即時型ヨードアレルギーの皮内反応用体内診断剤の開発は、前述の感作抗原性を有しない惹起原性ハプテンが望ましい。

6. まとめ
アレルギー性副作用において、ヨウ素原子を含む化合物が原因と判断されると、化合物の構造に無関係にヨードアレルギーと診断される。ヨードアレルギーの概念は獲得免疫の優れた構造認識と一見矛盾する。しかし、もし各種ヨウ素含有薬物から、共通のヨウ素含有抗原が生体内で生成すると仮定すれば、この一見の矛盾は解決する。仮説の実証は途中であるが、ヒトにおける状況証拠から、ヨードアレルギーの抗原はヨウ素化自己蛋白で、抗原決定基はジヨードチロシンと考えられ、ヨード造影剤の診断薬開発に至るプロセスについて論究した。この拙文が一助となり、ヨードアレルギー本質の解明が進み、皮内診断法が確立され、副作用の発現が未然に防止されることを願っている。

文 献
1. 鳴海善文、中村仁信.:非イオン性ヨード造影剤の重症副作用および死亡例の頻度調査.日本医学放射線学会誌、65巻300-301, 2005.
2. Shionoya H et al. Studies on experimental iodine allergy: 1. Antigen recognition of guinea pig antiiodine antibody. J Toxicol Sci 29: 131-136, 2004.
3. Shionoya H, et al.: Studies on experimental iodineallergy: 2. Iodinated protein antigens and their formation from inorganic and organic iodinecontaining chemicals. J Toxicol Sci 29,137-145, 2004.
4. Sugihara Y, et al.: Studies on experimental iodine allergy: 3. Low molecular weight elicitogenic antigens of iodine allergy. J Toxicol Sci 29: 147-154, 2004.
5. Wolf GL et al,: A prospective trial of ionic vs nonionic contrast agents in routine clinical practice: Comparison of adverse effects. Am J Roentgenol 152, 939-944, 1989.
6. Katayama H, et al.: Adverse reactions to ionic and nonionic contrast media. A report from Japanese Committee on the Safety of Contrast Media. Radiology, 175:621-628, 1990.
7. Nilsson R et al.: Formation of potential antigens from radiographic contrast media. Acta Radiologica 28: 473-477, 1987.
8. 岡田泰伸 訳 ギャノング生理学原書22版 丸善341頁、2006
9. Girard JP, Gamba L,: Radiologic contrast media. In allergic reactions to drugs (de Weck AL and Bundgaard H. eds). Handb Exp Pharm, 63: 717-725, 1983.
10. Mikkonen R, et al.: Seasonal variation in the occurrence of late adverse skin reaction to iodinebased contrast media. Acta Radiol, 41: 390-393, 2000.
11. Munechika H, et al.: A prospective survey of delayed adverse reactions to iohexol in urography and computed tomography. Eur Radiol, 13: 185-194, 2003.
12. Emelyanov A, et al.: Elevated concentrations of exhaled hydrogen peroxide in asthmatic patients. Chest, 120: 1136-1139, 2001.
13. Vargas L.: A study of granulocyte respiratory burst in patients with allergic bronchial asthma. Inflammation, 22:45-54, 1998.
14. Sato K et al.: Occupational allergy in medical doctors. J Occup Health 46: 165-170 2004
 
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