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Non-category (寄稿・挨拶・随想・その他)
新理事就任にあたり
高野 裕久
(独立行政法人国立環境研究所環境健康研究領域領域長)

 このたび、新たに理事の職を仰せつかりました独立行政法人国立環境研究所の高野裕久と申します。微力ながら、本学会のために、尽力させていただきたいと考えております。よろしくお願い申し上げます。

 まず、はじめに、自己紹介をさせていただきたいと思います。私は、大学卒業後、内科医として10年間ほど臨床、研究に携わりました。その経験の中で、いわゆる「現代病」の急増に環境要因が果たす役割の重要性を実感し、その後、環境医学研究に取り組みました。主に独立行政法人国立環境研究所において、種々の環境汚染物質が、「生活環境病」とも言うべきアレルギー疾患(気管支喘息、アトピー性皮膚炎、花粉症等)、呼吸器疾患、感染症等や、「生活習慣病」(糖尿病、肥満、高脂血症、脂肪肝等)に及ぼす影響を中心に検討を加え、その増悪機構の解明、バイオマーカーの探索、さらには、環境健康影響の予防・軽減・治療への応用をめざし、研究、教育、社会活動等を進めてまいりました。

 次に、この場を借りて、私の最近の興味や考え方について紹介させていただきたいと思います。

―高用量における単独毒性の評価から低用量、複合影響の評価へ―
 近年、環境汚染物質の顕在的毒性発現の機会は減じているものの、新たな化学物質等が次々に産生され、環境中に存在する化学物質の種類は年々増加しています。環境化学物質の曝露に関する近年の特徴として、1)新たな合成物質の曝露が生じていること、2)過去の公害に比較し低濃度の曝露が一般的であること、3)古典的な急性・亜急性毒性は乏しい物質の曝露が一般的であること、4)複合的な曝露が存在すること、5)曝露に対する感受性に個体差があること等が、列挙されます。これらの状況を鑑み、現在、私は、以下の要件を満たす環境汚染物質の健康影響評価とそのための手法の確立が重要であると考えています。

(1) 古典的な毒性だけでなく、より軽度な、しかし生活や生命の質 (quality of life: QOL) に密接に関連する影響を検討・評価できること。
(2) 細胞や個体の傷害や死に基づくレベルの影響ではなく、「遺伝子発現のかく乱」や「シグナル伝達のかく乱」を含む「生命・生体システムのかく乱」に基づくレベルで、健康影響を評価できること。(次項参照)
(3) 多数の物質を対象とし、簡便、かつ、短期間のうちに影響(複合影響を含む)を評価・推定できること。
(4) 生活環境や生活習慣との複合的な影響もあわせて評価できること。
(5) 個体差や高感受性群をも対象として、影響を評価できること。

 こういった観点から、身の回りに存在する種々の環境汚染物質の免疫影響、特に、アレルギー増悪影響の問題やその評価、評価手法の確立は、非常に重要な課題の代表的存在であると考えております。

―シグナルかく乱物質、生命・生体システムかく乱としての環境汚染物質―
 次に、環境化学物質等の環境汚染物質を「遺伝子発現かく乱物質」、「シグナルかく乱物質」を含む「生命・生体システムかく乱物質」としてとらえる概念について説明したいと思います。環境化学物質の一部が「内分泌かく乱物質」であることは過去より報告されてきましたが、私は、環境化学物質の「内分泌かく乱作用」は、「遺伝子発現かく乱作用」、「シグナル伝達かく乱作用」を含む「生命・生体システムかく乱作用」の一表現型であると考えてきました。換言すれば、環境化学物質のかく乱作用は内分泌系のみにはとどまらず、特にヒトにおいては、他の系統におけるかく乱作用が重要である可能性を否定できないと考えていたわけです。

 一般に、タンパク質は、部分的なリン酸化や蛋白分解酵素による細分化、あるいは細胞内局在の変化等により、活性を変化することがあります。たとえば、細胞膜に加えられたある種の刺激は、細胞膜や細胞質に存在するタンパク質を連鎖的に修飾し、シグナルを細胞内に伝えて行きます。このようなシグナル伝達の下流には核内の遺伝子発現が存在し、遺伝子発現に続いて生成されるタンパク質は種々の生理活性を発揮し、生命活動を維持しています。このように、外部から与えられた刺激に生体が反応して環境に応答して行くためには、細胞膜や細胞内のシグナル伝達が必須の存在です。逆に、これらのシグナル伝達のかく乱やその下流の遺伝子発現のかく乱は、生命活動をかく乱し、時に重大な結果をもたらす可能性があります。ある種の環境汚染物質は、細胞内シグナル伝達の不適切な活性化や阻害によっても、生命活動に影響を及ぼしうることが予想されるのです。たとえば、女性ホルモンレセプターに作用し、その作用をかく乱するいわゆる「環境ホルモン」はその代表的存在でしょう。また、免疫系の不適切な活性化がアレルギー疾患や膠原病の原因となりうることも、以前よりよく知られていました。こういった観点からも、環境汚染物質が、「シグナル伝達のかく乱」やその後の「遺伝子発現のかく乱」を含む「生命・生体システムのかく乱」に基づくレベルで、軽度な、しかし生活や生命の質 (quality of life: QOL) に密接に関連する健康影響をわれわれにもたらす可能性はないのか? 注意深く検討してゆく必要が増していると日々考えています。特に、免疫・アレルギー系への影響、神経・行動系への影響、生殖・内分泌系への影響は、重点的に明らかにすべき課題と考えられます。免疫毒性学会は、種々の環境汚染物質の免疫・アレルギー系への影響を対象とする日本の指導的学会でありますから、益々発展すべき存在であると私自身確信しております。

 環境問題では温暖化、脱炭素社会といった地球環境問題が華々しく取り上げられています。しかし、われわれは、身近な環境汚染物質の健康影響を的確に捉えているのでしょうか? 環境汚染物質の低濃度効果、複合影響、高感受性群への影響の問題等々、今そこにある危機は、我々の周りに広く潜在しています。免疫毒性学会とともに、この不安を少しでも解消すべく、研究、教育、社会活動等に励んでいきたいと考えております。どうかよろしくお願い申し上げます。
 
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