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オゾンと免疫毒性
藤巻 秀和
(独立行政法人国立環境研究所)

 昭和の時代に環境基準が決められた大気汚染物質のなかに今でも改善が見られない光化学オキシダントがあり、毎年夏には注意報が出されている。光化学オキシダントの主成分であるオゾンの健康影響、特に免疫毒性に関連して新たな報告が見られているので簡単に紹介する。

 オゾンのような酸化性の強いガス状物質の曝露による免疫毒性影響としては、肺胞マクロファージや気道上皮細胞への影響が最初の傷害として現れる。肺胞マクロファージは、肺における炎症の誘導や消炎など微小環境の調整役としての働きをしており、オゾン曝露後肺内で誘導される肺胞マクロファージがかかわる炎症反応のメカニズムが検討されている。具体的には、オゾンの曝露による肺障害の誘導機構について、肺胞マクロファージからのNO産生を増加させること、LPSとIFN-γの存在下ではよりその増加を誘導すること、NO合成酵素の阻害剤、aminoguanidineを加えると一部NO産生が抑制されることが明らかとなった。また、オゾン曝露の48時間後に、肺胞マクロファージを取り出し培養して炎症性サイトカインを調べるとTNF-α産生の時間依存的な増強がみられている。

 さらに、オゾン曝露による肺胞マクロファージの活性化機構を解明するため、遺伝子改変のiNOS、あるいはNF-κB p50欠損マウス、SOD過剰発現マウスを用いてオゾンの曝露を行った。その結果、NF-κBシグナル情報伝達経路が重要であることが明らかとなった。オゾン曝露によりiNOS, NO, peroxynitrite産生は増加し、iNOS欠損マウス、SOD過剰発現マウスではこのオゾン曝露の影響が認められた。ところが、NF-κB p50欠損マウスへのオゾン曝露では、このような中間体の産生がみられず、オゾンの毒性もみられない。iNOS遺伝子のpromoter/enhancer部位にNF-κBとSTAT-1の結合部位があり、オゾンの曝露は、このNF-κBの急激で、持続的活性化を導いていると考えられている。PI3-K、PKBはNF-κBの活性を調節しており、オゾン曝露により増加が見られている。

 オゾン曝露からの炎症誘導・回復を見た研究では、影響指標の違いにより回復状況にも違いのあることが明らかとなっている。ラットに0.4 ppmオゾンを連続で1日から56日間曝露し、その後の回復状況を7日目から136日目に検討した報告がある。肺胞洗浄液(BALF)中の多型核白血球と血漿タンパクの遊離は曝露1日で最大になり6日で回復した。オゾン曝露初期にみられたこのBALF中への蛋白漏出、好中球の浸潤は曝露を継続中もみられなくなったが、肺胞マクロファージの反応や細気管支の肥厚やコラーゲン量の増加は、曝露中も継続していた。曝露終了後の回復期においては、一部のマクロファージや中隔での炎症反応は治まってくるが、コラーゲンの増加や呼吸気管支の炎症反応は消失しなかった。

 次に、オゾン曝露とアレルギー疾患との関連について見てみると、OVA抗原感作と誘発によるアレルギーモデルを用いて、オゾン曝露が感作に影響するのか、誘発に作用するのか検討された。抗原感作時にオゾン曝露を行っても気道炎症反応には影響を与えなかったが、抗原での誘発時にオゾン曝露することにより好酸球やリンパ球の増加がみられたことから、免疫応答での抗原誘発時期にオゾン曝露の影響を受けやすいことが推察される。

 IgE応答性の異なるBALB/c、C57BL/6マウスを用いて、獲得免疫へのオゾン曝露の影響が検討された。IgE高応答性を示すBALB/cマウスでTh2タイプの反応の増加が認められ、OVA感作によりその反応の増強がみられた。一方、IgE低応答性C57BL/6マウスでは、OVA感作とオゾン曝露群でのみTh2タイプの反応増加がみられた。つまり、IgE高応答性を示すBALB/cマウスでは、オゾン曝露で濃度依存的なIgE産生、Th2タイプのサイトカイン産生の増加、好酸球、リンパ球の気道への集積、オゾン+OVA感作群で、メサコリン刺激に対する気道抵抗の上昇、皮膚反応の陽性率増加がみられた。C57BL/6マウスでは、OVA感作とオゾン曝露群でのみ皮膚反応、抗OVAIgG1抗体価の増加、抗OVA IgG2a抗体価の抑制を示した。遺伝的なIgE応答性の違いで、オゾンの影響の受けやすさが異なっていた。

 ヒトに近い霊長類でのオゾン曝露の影響が報告されている。アカゲザルの幼獣を用いたオゾン曝露実験では、5日間のオゾン曝露と9日間の清浄空気曝露を繰り返し、喘息様症状発症へのオゾンの影響が研究されている。その結果、メキシコシティーで観測された濃度0.5 ppmオゾンの曝露で、まず肺の構造に正常な発達と比べ違いが見られ、オゾン曝露にダニアレルゲン感作を組み入れることにより、ヒトでの喘息に似た症状である気道反応性の亢進することが見出され、オゾン曝露を中止しても症状の回復がみられないなどの影響が明らかとなった。

 次に、オゾン曝露の肺における感染抵抗性への影響については、サイトカイン産生の役割を明らかにするため、オゾン曝露後Listeria菌を感染させ、細菌増殖とサイトカイン産生が調べられた。オゾンの1週間曝露を行いListeria菌を感染した後の肺における残存細菌量では、濃度依存的なクリアランス能の低下がみられた。しかしながら、3週間曝露ではそれは観察されなかった。IL-1α、TNF-α、IFN-γなどの炎症性サイトカイン産生は、0.1ppmオゾンでの1週間曝露で、0.3 ppmオゾンでは3週間曝露で上昇がみられた。

 別の報告では、低濃度オゾン曝露による肺における感染防御機構への影響について、時間依存的な適応機構、濃度依存的な適応機構に着目し肺胞マクロファージとリンパ球機能で検討された。肺より単離したリンパ球の増殖反応では、0.1 ppmの1週間曝露でConA刺激に対する増殖反応の増加が顕著であった。細胞表面マーカーの検索では、IL-2受容体であるCD25陽性細胞が0.1 ppmの3週間曝露群で上昇した。Zymosan刺激実験で、1週間曝露での肺胞マクロファージからのO2産生はオゾン曝露により増加し、一方H2O2産生は抑制した。3週間曝露ではそれらの影響が見られなかった。オゾンの低濃度曝露によるベル型の濃度―反応関係が報告されており、その詳細なメカニズムは不明であるが、時間軸、濃度軸での反応にマクロファージとリンパ球とが何らかの役割を果たしていることが考察されている。

 以上、肺胞マクロファージへのオゾン曝露の影響が炎症性細胞の遊走やリンパ球の活性化にからんでおり、それがアレルギー反応の増悪や感染防御機能の抑制に繋がっている可能性が考えられる。抗原の誘発時期の違い、抗酸化反応ではNF-κBの関与を指示する研究がみられるなど、オゾンによる免疫系への影響経路がいくつか存在していることがうかがえる。これらの結果に加えて、これまで卵白アルブミンなどのアレルゲンにより誘導される気道反応性の亢進には、IL-4、IL-13の増加や好酸球の存在が特徴づけられているが、最近、オゾン曝露による気道反応性の亢進には、少しのIL-4産生と好中球、IL-17、およびNKT細胞の一部の存在が特徴付けられることが報告されている。オゾンの新たな影響経路として注目される。

 一方で、環境中の有害化学物質の影響評価のため、アカゲザルの幼獣を用いた研究のように感受性がヒトに近い実験動物での探索やヒト遺伝子を導入した細胞を用いた感受性遺伝子の探索など、種差の違いを埋めるための研究も進行している。

 有害化学物質に対する感受性の違いは、同じヒト集団のなかでも顕著に認められることから、遺伝因子や発達期による違い、性差、既往歴による違いなど感受性に関わる因子について基礎的な科学的知見を得るためには、動物実験の重要性については言を待たない。オゾン曝露による感受性遺伝子候補の研究では、TNF-αやトール様受容体(TLR)-4遺伝子が解析で明らかになりつつある。TLR-4のリガンドとしてはLPSが有名であるが、そのほかにもオゾンなどの曝露による傷害時にみられる細胞の構成成分や破壊産物としてのヒアルロン酸、熱ショック蛋白、フィブロネクチンなどもリガンドになる可能性が指摘されている。

 ところで、われわれの体には、外界からの刺激に対して常に体内の状態を健康な状態に保つために恒常性の維持機構が備わっており、神経−免疫−内分泌間の連携が重要な役割を担っている。したがって、有害化学物質による情報伝達にかかわる生理活性因子の産生かく乱は、恒常性機構の維持にも大きく影響すると考えられる。しかしながら、これまでなされてきた神経−免疫−内分泌系への化学物質による曝露の影響評価は、環境中の濃度よりはるかに高い濃度域での毒性を研究してきている。化学物質の曝露による体内への蓄積あるいは代謝産物が、化学物質の毒性の発現をとうして健康影響を誘導すると考えられてきた。例えば、室内濃度レベルで報告されている揮発性の化学物質による健康不良の誘導は、これまで明らかになっている毒性発現の機構では説明できない反応がおきている可能性がある。低濃度域での揮発性化学物質の曝露による神経−免疫軸を中心とした機能への影響については、国際的にも報告が非常に少ない。

 そこで、第17回日本免疫毒性学会学術大会では、遺伝・環境要因の中で感受性にかかわる低濃度域における化学物質の影響、発達期影響、性差などに着目したシンポジウムを行い免疫毒性学の新たな方向性について討議する予定である。
 
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