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Non-category (寄稿・挨拶・随想・その他)
抗体医薬の免疫原性評価に関する最近の動向
筒井尚久
田辺三菱製薬株式会社 研究本部 安全性研究所

 近年、低分子合成医薬品の新薬承認件数が減少傾向を示している一方で、バイオテクノロジー応用医薬品(以下、バイオ医薬品)は少数ながらも認可が堅調に推移し、新薬におけるバイオ医薬品の存在感は年々増している1)。このような状況の中、日米EU医薬品規制調和国際会議 (International Conference on Harmonization of Technical Requirements for Registration of Pharmaceuticals for Human Use: ICH)ではバイオ医薬品の非臨床における安全性評価に関するガイドライン(ICH S6ガイドライン)の補遺作成を始めており、ICH S6ガイドラインの基本スタンスである科学的考察に基づく柔軟性のある評価という枠の中で、動物種の選択、試験デザインならびに生殖発生毒性試験、がん原性試験および免疫原性評価についての説明が追加されようとしている2)。一方、欧州医薬品審査庁(European Medicines Agency: EMEA)からは、昨年4 月にバイオ医薬品の免疫原性評価に関するガイドラインが発表された3)。このガイドラインは、バイオ医薬品に対する免疫応答の発現要因の解説から始まり、非臨床試験における免疫原性評価の考え方、ヒトでの抗バイオ医薬品抗体の測定法に関する詳細な説明(添付文書付き)、免疫原性の臨床成績への影響、臨床開発での免疫原性の対処法および申請書類上のリスクマネージメントプランにおける免疫原性の取扱いについて記載されており、非臨床から臨床、さらには承認申請後に至るまでのバイオ医薬品の免疫原性評価に関する留意事項が幅広くカバーされている。さらに本年3月には、EMEAからモノクローナル抗体医薬品の免疫原性評価に関するガイドライン作成を勧めるコンセプトペーパーが発表され4)、6月末日までパブリックコメントを募集している。この新規ガイドラインでは、先のEMEAガイドラインには含まれていない抗体医薬に特化した免疫原性の特徴ならびにその評価方法について解説されることになるであろう。このように、EMEAが抗体医薬の免疫原性評価に関するガイドライン作成を勧めるのには複数の理由がある。以下では、コンセプトペーパー内で使われていたキーワードを手掛りに、筆者なりに関連する情報を纏め、抗体医薬の免疫原性評価ガイドラインが必要な理由を考察した。

 第一の理由として、抗体はサイトカインや増殖因子などのバイオ医薬品に比べて構造が複雑であり、抗体医薬に対する抗体(anti-therapeutic antibody antibody: ATAA)の測定が技術的に難しいことが挙げられる。抗体医薬は、動物/ヒトキメラ抗体、ヒト化抗体あるいはヒト抗体と多様な形態をとるため、ヒトサンプル中に含まれるATAAを通常のサンドイッチELISA法では測定できない場合がある。そのため、ATAA測定法には工夫が必要であるが、ヒトサンプルと実験動物のサンプル中のATAAを同じ測定プロトコールで定量することのできる bridge-format ELISA法が報告されている5)。また抗体医薬には、抗体の超可変領域に対する抗体(抗イディオタイプ抗体)の産生により薬理活性が中和され、薬効が減弱・消失するというリスクが付き纏う。中和活性を有するATAAの確認には、他のバイオ医薬品で通常用いられるバイオアッセイよりも競合的リガンド結合実験が適している場合がある6)。第二の理由として、抗体医薬の免疫原性が原因で発症する副作用の発現頻度ならびに重篤度は、抗体医薬が標的とする生体内分子や適用疾患によって多様であるために、一律ではなく、抗体医薬ごとに、さらには同じ抗体医薬であっても適応症ごとに想定されるリスクに応じた免疫原性評価を実施する必要があることが挙げられる。抗体の標的分子や適用される患者集団の背景などから、想定されるATAAによる副作用の重篤度を高リスクと低リスクに分類した上で、非臨床段階ならびに臨床第T相試験から市販後臨床試験の期間中、リスクに応じたATAA測定を実施することが推奨されている7)。第三の理由として、バイオインフォマティクスを用いた抗体医薬のヒトにおける免疫原性の予測技術の進歩が挙げられる。すでに、T細胞のヒト主要組織適合性複合体(HLA)に対して結合性を示すエピトープを予測するインシリコシステムが数種類開発されており、その幾つかはウェブサイトから無償でダウンロードができる8)。また、有償ソフトウェアであるEpiMatrix(Epivax社、米国)を用いた21品目の抗体医薬の免疫原性の予測値は、ヒトへの実際の投薬で報告されている免疫原性の発現頻度と相関するとの報告がある9)。さらに、ヒト末梢血中のT細胞を用いるインビトロ実験やHLAトランスジェニックマウスも抗体医薬のヒトにおける免疫原性の予測ツールとして有用と考えられている10)。第四の理由として、近年、バイオ医薬後発品(biosimilar)の開発が活発化していることが挙げられる。これまでに欧州または米国で認可されたbiosimilarは、成長ホルモンと数種のエリスロポエチンだけであるが、抗体医薬にも広がる可能性は十分にある11)。EMEAのbiosimilarに関するガイドラインでは、血液あるいは血漿分画製剤およびその遺伝子組換え代替品については、物理化学的および生物学的性状が多様かつ複雑なためbiosimilarとして取り扱うことを認めていないが、モノクローナル抗体医薬については明確に否定していない12)。抗体医薬の免疫原性評価のガイドラインの作成がEMEAのバイオ医薬後発品作業部会(BMWP)で検討されていることは、当局のbiosimilar抗体医薬に対する準備の表れと受け取ることもできよう。

 世界で初めて認可をうけた抗体医薬のOrthoclone OKT3(腎移植後の急性拒絶反応への適用、米国、1986年) はマウス抗体であったが、抗体作製技術の急速な進歩により、動物/ヒトキメラ抗体、ヒト化抗体さらにはヒト抗体までもが作製可能になり、大きな課題であった免疫原性は減弱される方向で抗体医薬の研究開発は進行している。しかしながら、たとえヒト抗体であったとしても、翻訳後修飾や抗体不均一性といった免疫原性に繋がる可能性のある要因を完全に排除することは不可能であるため、今後も抗体医薬の免疫原性リスクの評価は、従来通り慎重に取り進める必要があろう。近々、作成に向けての作業が開始されるEMEAの抗体医薬の免疫原性評価に関するガイダンスが、早期に公開されることを期待する。

引用文献
1) Hughes B.: 2008 FDA drug approvals. Nat. Rev. Drug Discov. 2009, 8: 93-96.
2) Final Concept Paper, S6(R1): Preclinical safety evaluation of biotechnology-derived pharmaceuticals (Revision of the ICH S6 Guideline). ICH 2008.
3) Guideline on immunogenicity assessment of biotechnology-derived therapeutic proteins. EMEA/CHM P/BMWP/14327/2006, EMEA 2008.
4) Concept paper on immunogenicity assessment of monoclonal antibodies intended for in vivo clinical use. EMEA/CHMP/BMWP/114720/2009, EMEA 2009.
5) Geng D. et al .: Validation of immunoassays used to assess immunogenicity to therapeutic monoclonal antibodies. J. Pharm. Biomed. Anal. 2005, 39: 364-375.
6) Gupta S. et al .: Recommendations for the design, optimization, and qualification of cell-based assays used for the detection of neutralizing antibody responses elicited to biological therapeutics. J. Immunol. Methods. 2007, 321: 1-18.
7) Koren E. et al .: Recommendations on risk-based strategies for detection and characterization of antibodies against biotechnology products. J. Immunol.
Methods. 2008, 333: 1-9.
8) www.immuneepitope.org, www.imtech.res.in/raghava
9) De Groot AS. et al .: Reducing risk, improving outcomes: Bioengineering less immunogenic protein therapeutics. Clin. Immunol. 2009, 131: 189-201.
10) De Groot AS. et al .: Prediction of immunogenicity: in silico paradigms, ex vivo and in vivo correlates. Curr. Opin. Pharmacol. 2008, 8: 620-626.
11) Schneider CK. et al .: Toward biosimilar monoclonal antibodies. Nat. Biotechnol. 2008, 26: 985-990.
12) Guideline on similar biological medical products. CHMP/437/04, EMEA2005.
 
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