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Non-category (寄稿・挨拶・随想・その他) |
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家庭用品による健康被害:アレルギー性接触皮膚炎の原因解明とその後 |
1はじめに
昭和48年(1973年)4月、国立衛生試験所(現・国立医薬品食品研究所)に入所後、できたばかりの「有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律」に関連した仕事を担当することになりました。大学で天然物化学をやっていた私にとって、「分析」はおなじみでも、「家庭用品」、「健康被害」、「皮膚科学」、「免疫毒性」、「アレルギー性接触皮膚炎(ACD)」等は全く未知の世界。最初は「不思議の国のアリス」のように右往左往の連続だった私も、歳とともに、「門前の小僧、経を読む」ようになり、平成20年(2008年)3月、めでたく定年退職まで、家庭用品の専門家として「おもろい」30年余りを過ごさせていただきました。お世話になりました皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。
2家庭用品に使用される化学物質による健康被害:ACD
私が家庭用品によるACD事例を初めて検討したのは、作業用ゴム手袋によるACD事例(1980年)。当時、ACDの原因を確認するうえで中心的な役割を担っていた臨床皮膚科医による患者でのパッチテストと並行して、ゴム関連メーカーからゴム手袋やゴム添加剤のサンプル提供やゴム関連情報の提供を受けながら、私が原因となったゴム手袋の化学分析を行う等、新しいやり方で原因解明を進めました。その結果、幸運にも、ゴム添加剤の老化防止剤で、代表的なゴムアレルゲンであるN-イソプロピル-N’-フェニル-p-フェニレンジアミン(IPPD)が原因となっていたことを明らかにできました。私にとって、祝!
ACD事例の原因解明・第1号!! このときにご協力いただいた専門家のヒューマンネットワーク、情報提供ネットワークが「ACD事例の原因解明システム」の原型になりました。
すなわち、文献検索・患者の問診・メーカーへの問い合わせ等による情報収集、患者でのパッチテスト・感作モルモット等での皮膚テスト等によるバイオアッセイ、原因製品の化学分析等によるケミカルアッセイ等を、臨床皮膚科医・毒性学者・分析科学者・メーカー・業界団体等、異なる分野の専門家の協力のもとに取り組み、その成果を共有しながら、ACD事例における原因解明、原因製品-化学物質の関連性を明らかにしていきます。(表1)
表1 アレルギー性接触皮膚炎の原因解明のためのシステム |
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患者 |
症状,発症部位などの説明 原因製品の情報(商品名,メーカー名,表示内容) 原因製品の確保 |
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製造・加工・輸入・販売メーカー |
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製品,加工法,加工剤に関する情報 製造フローシート(製造工程で用いられた加工法,加工剤について) 安全性データシート(加工剤の物理・化学的性質,毒性データ) |
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皮膚科医 |
患者の問診(症状,発症部位,原因製品の確認) パッチテスト(患者のアレルギー状態を知る) 原因製品,原因化学物質の特定(既知アレルゲンのみ) |
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毒性学者 |
感作動物を用いたアレルゲン検索 原因製品中の既知アレルゲン,未知アレルゲンの確認 |
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分析化学者 |
原因製品の抽出,分離,定性・定量分析 原因製品に含まれる化学物質の確認 (加工剤,不純物,分解生成物,反応生成物など) |
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3家庭用品による皮膚障害の発生実態
衣類、手袋、靴、アクセサリー、時計バンド等の身の回り品、椅子・ソファー、カーペット・畳、寝具等の家庭用品では、使用時に直接皮膚に接触する可能性が高く、それらの家庭用品による健康被害としては皮膚障害が発生しやすいことが、2002 〜 2004年に実施した消費者アンケート調査で確認されています。
皮膚障害は、刺激性皮膚炎とアレルギー性皮膚炎に大別されます。
刺激性皮膚炎は、こすれ、圧迫等の物理的刺激、酸やアルカリ等による化学的刺激によって生じる直接的な皮膚への障害です。代表例は、洗剤等として広く使用される界面活性剤、クリーニング溶剤等による刺激性接触皮膚炎です。
アレルギー性皮膚炎は、体内に取り込まれた化学物質が免疫系によってアレルゲンとして認識されて引き起こされるもので、主に即時型(I型)、遅延型(IV型)の2種のタイプが引き起こされます。即時型アレルギーの代表例はアトピー、食物アレルギー、ラテックスアレルギーです。遅延型アレルギーの代表例はACDです。たとえば、ゴム製品中の老化防止剤・加硫促進剤・接着剤成分、繊維製品・プラスチック製品中のホルムアルデヒド・着色剤・紫外線吸収剤・抗菌剤等によるACDが挙げられています。(表2〜表4)
私が主に行ってきたACD事例における原因解明の成果は、「アレルゲン解説書」(日本皮膚アレルギー・接触皮膚炎学会刊行)等にデータシートとしてまとめられ、公表されるとともに、パッチテスト用標準シリーズの充実や、患者用代替製品の開発等、新たな皮膚障害の発生防止のためにも生かされています。
表2 繊維製品,プラスチック製品によるアレルギー事例 |
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原因化学物質 |
アレルギー症状 |
用 途 |
報 告 年 |
<樹脂加工剤> |
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ホルムアルデヒド |
ACD |
衣類 |
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<繊維製品:染料> |
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黄色染料分解生成物 |
ACD |
綿セーター |
1989 |
(塩素化ホスゲン化合物) |
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ナフトールAS |
ACD |
綿ネル寝間着 |
1986 |
ナフトールASーD |
ACD |
綿ネル寝間着 |
1995 |
分散染料ブルー 106, 124 |
ACD |
ワンピース(アセテート) |
1996 |
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<繊維製品:紫外線吸収剤> |
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チヌビンP |
ACD |
Tシャツ |
1991 |
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(ポリウレタンテープ) |
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<繊維製品:防ダニ加工剤> |
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ジブチルセバケート |
ACD |
ふとん側地(綿) |
2002 |
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<プラスチック製品:着色剤> |
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分散染料イエロー3 |
ACD |
プラスチック製めがね |
1994 |
分散染料オレンジ3 |
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(フレーム) |
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分散染料レッド17 |
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油溶性染料オレンジ60 |
ACD |
プラスチック製めがね |
1996-2000 |
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(先セル) |
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油溶性染料レッド179 |
ACD |
プラスチック製めがね |
1998 |
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(先セル) |
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ACD : アレルギー性接触皮膚炎 |
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表3 抗菌製品によるアレルギー事例 |
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原因化学物質 |
アレルギー症状 |
用 途 |
報 告 年 |
<四級アンモニウム塩系抗菌剤> |
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塩化ベンザルコニウム |
ACD |
手指殺菌剤 |
1990 |
塩化ベンゼトニウム |
ACD |
手指殺菌剤 |
1991 |
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<アミノ酸系抗菌剤> |
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アルキルジアミノグリシン塩酸塩 |
ACD |
手指殺菌剤 |
1989 |
(テゴ−51) |
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<ビグアナイド系抗菌剤> |
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グルコン酸クロルヘキシジン |
ACD |
手指殺菌剤 |
1986,1991 |
(ヒビテン) |
アナフィラキシー |
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接触じんましん |
手指殺菌剤 |
1989 |
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アナフィラキシー |
抗菌カテーテル |
1997 |
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<フェノール系抗菌剤> |
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2,4,4'-トリクロロ-2'- |
ACD |
手指殺菌剤 |
1980 |
ヒドロキシジフェニルエーテル |
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(イルガサンDP−300,トリクロサン) |
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<イソチアゾリノン系抗菌剤> |
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5-クロロ-2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン |
ACD |
殺菌防腐剤(香粧品) |
1987,1989 |
(CMI) (ケーソンCG) |
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1990,1991 |
2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン(MI) |
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1992 |
2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン |
ACD |
殺菌防腐剤 |
1992,1996 |
(OIT,ケーソン893) |
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(塗料,接着剤) |
(スペイン・ドイツ) |
1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン(BIT) |
ACD |
殺菌防腐剤(切削油,塗料) |
1990 |
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<四級アンモニウム塩系抗菌剤> |
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四級アンモニウム塩 |
ACD |
繊維用抗菌剤(液剤) |
1996 |
(洗濯時使用) |
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<アルデヒド系抗菌剤> |
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α-ブロモシンナムアルデヒド |
ACD |
湿気取り(防カビマット) |
1987,1989 |
(BCA) |
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ACD |
靴のにおいとり(防カビシート) |
1998 |
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<有機ヒ素系抗菌剤> |
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10,10'-オキシ-ビス(フェノキシ) |
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アルシン (OBPA) |
ACD |
椅子(PVCレザー製表地) |
1997 |
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<ピリジン系抗菌剤> |
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2,3,5,6-テトラクロロ-4- |
ACD |
椅子(PVレザー製表地) |
1998,2005 |
(メチルスルホニル)ピリジン |
ACD |
デスクマット(PVC) |
2000,2002 |
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2005 |
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<アニリド系抗菌剤> |
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3,4,4’-トリクロロカルバニリド |
ACD |
白衣(襟) |
1999 |
(トリクロカルバン) |
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ACD :アレルギー性接触皮膚炎 |
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表4 ゴム製品によるアレルギー事例 |
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原因化学物質 |
アレルギー症状 |
用 途 |
報 告 年 |
<ジチオカーバメート系加硫促進剤> |
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ジメチルジチオカルバミン酸亜鉛 |
ACD |
医療用ゴム手袋 |
1989,1991 |
ジエチルジチオカルバミン酸亜鉛 |
ACD |
医療用ゴム手袋 |
1989 |
ジブチルジチオカルバミン酸亜鉛 |
ACD |
医療用ゴム手袋 |
1989 |
エチルフェニルジチオカルバミン酸亜鉛 |
ACD |
作業用ゴム手袋 |
1987 |
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<アミン> |
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ジメチルアミン |
ACD |
医療用ゴム手袋 |
1991 |
ジエチルアミン |
ACD |
医療用ゴム手袋 |
1986,1987 |
ピペリジン |
ACD |
医療用ゴム手袋 |
1986,1987 |
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<メルカプトベンゾチアゾール系加硫促進剤> |
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2-メルカプトベンゾチアゾール |
ACD |
ゴムはきもの |
1982,1983 |
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1990 |
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ACD |
膝装具(ゴムベルト) |
2000 |
2,2'-ジベンゾチアジルジスルフィド |
ACD |
ゴムはきもの |
1983,1990 |
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<チオウレア系加硫促進剤> |
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ジエチルチオウレア |
ACD |
膝装具(パッド) |
1999 |
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<Pーフェニレンジアミン系老化防止剤> |
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N-イソプロピル-N'-フェニル-p- |
ACD |
作業用ゴム手袋 |
1980 |
フェニレンジアミン |
ACD |
工業用ゴム製品 |
1990 |
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ACD |
農作業用ゴム長靴 |
1996 |
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ACD |
イヤホン(ゴムリング) |
2001 |
N-1,3-ジメチルブチル-N'-フェニル-p- |
ACD |
農作業用ゴム長靴 |
1996 |
フェニレンジアミン |
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6-エトキシ-2,2,4-トリメチル-1,2- |
ACD |
農作業用ゴム長靴 |
1996 |
ジヒドロキノリン |
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<クロロプレンゴム系接着剤,固着剤樹脂> |
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p-tert-ブチルフェノルホルム |
ACD |
靴用接着剤 |
1985 |
アルデヒド樹脂 |
ACD |
テーピングテープ |
1987 |
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ACD |
スニーカー |
1987 |
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ACD |
膝装具 |
1990,1992 |
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ACD |
マーカーペン |
1990 |
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ACD |
ウェットスーツ |
2000 |
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ACD :アレルギー性接触皮膚炎 |
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4化学物質・化学製品に関する新たな動向:重大製品事故
家庭用品にとって画期的で、重要な出来事だったのは、「改正・消費生活用製品安全法」(2007年5月14日施行)。「重大製品事故(治療に要する期間が30日以上の負傷・疾病、死亡事故、後遺障害事故)」が新しく規定され、経済産業省による公表・注意喚起、製造メーカーによる対象製品の社告等での公表、製造・出荷の停止、製品の回収等が義務付けられました。この新しい規定のおかげで、化学物質によるACD事例が「重大製品事故」として取り上げられる可能性が生まれました。その場合には、厚生労働省が中心となって検討が進められます。
現実に、2006年、デスクマットに含有されていた抗菌剤 2、3、5、6−テトラクロロ−4−〔メチルスルホニル〕ピリジン(略称TCMSP)が原因となったACD事例が、家庭用品による「重大製品事故」の第1号として認定され、社告等の注意喚起、製品回収・交換が実施されました。
5家庭用品の安全性評価のための取り組み
家庭用品の安全性を考える上で、家庭用品において、どのような健康被害が、どのような原因製品、原因化学物質、暴露ルート(皮膚等)、発症メカニズムによって発生しているかを明らかにすることが重要です。
健康被害の発生防止の面から、健康被害の原因化学物質について、健康被害を引き起こす可能性を評価しておくこと(リスク評価)も必要です。そのために、化学物質固有の毒性(ハザード)の種類と強さについて、毒性試験結果、過去の健康被害事例等の情報を収集します。また、化学物質の使用目的(加工用途)・使用濃度(加工濃度)、使用される製品の用途・サイズ・使用頻度・使用期間、製品からヒトへの移行量(水・汗等への溶出量等)等をもとに、暴露量(ヒトの体内への取り込み量)を推定します。
さらに、ヒトの化学物質に対する感受性についても、皮膚バリア機能・化学物質の代謝機能等が十分に働いていない乳幼児、皮膚バリア機能・化学物質の代謝機能等が低下している高齢者、化学物質への感受性が特に高いグループとして妊産婦(胎児)、農薬・殺虫剤等による急性中毒経験者、アトピーを含めたアレルギー患者等は、化学物質に対するハイリスクグループとして特に注意を払うことが必要です。
最終的に、化学物質によるヒトへの健康影響に関するリスク評価の結果等が、必要な人に、必要な時に、役に立つ情報として伝えられ、活用できることが重要です。
化学物質等安全データシート(MSDS)が、2000年以後、「特定化学物質の環境への排出量の把握及び管理の改善の促進に関する法律」(化学物質管理促進法、化管法、PRTR法)、「労働安全衛生法」、「劇物毒物取締法」において情報伝達の手段として規定されたことから、メーカー間での情報伝達手段として活用されていますが、さらに、有害性情報・健康被害情報等の記載内容が具体的で、充実したものになってほしいと思います。
また、製品表示が、メーカーから消費者への情報伝達手段として最も重要です。国連・OECDによる「化学品の分類及び表示に関する世界調和システム」(GHS)に基づいて、化学品の危険有害性の分類基準が国際的に統一化され、その分類に応じて適切な製品表示を付けることが進められています。日本においても、2006年より、改正・労働安全衛生法を皮切りに、GHSに基づいてMSDS対象物質の危険有害性の分類が進められています。
製品表示は、MSDSの消費者向けのリライト版であり、MSDSの内容を消費者に理解できるように、どのような健康被害の発生につながる可能性があるか等、具体的で、わかりやすく、現実に役に立つものになってほしいと思います。
参考文献
1) 鹿庭正昭:抗菌加工製品の現状と消費者への健康影響,「抗菌のすべて−ヘルスケアとメディカル・食品衛生・繊維・プラスチック・金属への展開」. 繊維社,大阪(1997)
2) 鹿庭正昭:ゴム製品による健康被害の発生実態および健康被害情報の伝達の現状―アレルギー性接触皮膚炎,ラテックスアレルギーを中心にー. 日本ゴム協会誌,
77(6), 213-218 (2004)
3) 鹿庭正昭:家庭用品に使用される化学物質による健康被害と安全対策. 国立医薬品食品衛生研究所報告, 124,
1-20 (2006) |
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