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Non-category (寄稿・挨拶・随想・その他)
アトピーとDEP
村中 正治(湯河原厚生年金病院)
鈴木 修二(高島屋診療所)
山口 正雄(東大医アレルギー・リウマチ内科)

はじめに
 1984年、筆者がディーゼル車の排出ガス中に含まれる微粒子Diesel-exhaust particulate (DEP) に着目し、DEP のIgE抗体産生に関するアジュバント活性の検討を開始するようになったいきさつをエッセイ風にまとめる。
 アトピーとは、臨床的には、環境中に普通にみられるアレルゲンに対するIgE 抗体のhigh responderを指す。臨床疫学的に先進諸国でのアトピー素質の保有率は10%とされてきた。またアジュバント(adjuvant)とは抗原と混合して生体に投与されたとき、その抗原に対する免疫反応を非特異的に増強する作用を持つ物質を指す。
 筆者は東大医学部物療内科(現在のアレルギー・リウマチ内科)に在職中、とくに1960年以来、薬物アレルギーのなかでも薬物起因性アナフィラキシーおよび薬物起因性血液疾患の機序解明の研究にたずさわってきた。当時のことを振り返ったとき、アトピーとDEPのいずれかあるいはその両者の関連について強い関心を持つようになったきっかけとして以下のことがあげられる。それらは、
  @ ACTH-Zの筋注が継続的に行われていた気管支喘息あるいは関節リウマチの(RA)の症例にしばしばみられる皮内反応の陽転化、ときに発生するショック(1965)。
  A ヒトのペニシリンショックと同じくペニシリンG 単独の注射でアナフィラキシー反応を惹起する感作モルモット・マウスの開発およびその作製に用いたアジュバント物質の選択(1976)。
  B ある肺結核の患者から切除した肺組織のスタンプ標本上(ギムザ染色)認められた、黒色の微粒子を大量に取り込んだ大型マクロファージ様細胞の集団(1958)である。以下それらについて説明する。
 
1.ACTH-Z 製剤に対するIgE抗体の産生
 1950年代から1960年前半にかけて、ブタ脳下垂体由来副腎皮質刺激ホルモン製剤であるACTH-Zが日本でアレルギー性疾患やRAの治療にひろく用いられた時代があった。ACTH製剤にはACTH-PlainとACTH-Zの2種類があった。前者は同製剤の水溶液で副腎皮質機能の検査に用いられた。後者は同剤の亜鉛水性懸濁液でlong-actingの形で筋注され治療に用いられたが、やがて同剤の注射直後にショック症状が誘発される症例が報告されるようになった。
 何人かのショック症例についてACTH Plainの生理食塩水希釈液を用いた皮内テストを実施しているうち、ショックの本態はブタ脳下垂体に対するIgE抗体に由来するアナフィラキシー反応であり、それらの症例は同剤の1:1000以上の希釈液でも皮内反応が陽性を示すことが判明し、同時にACTH-Zの注射を受けてもアレルギー副作用はおこしていない症例でも、ACTH-Plainの1:10希釈液を用いた皮内テストは高率に陽転していることが明らかになった。
 この知見にもとづいて、ACTH plainの1:10希釈液による皮内テストが陰性のアトピー性喘息15例、非アトピー性喘息10例、RA 24例および軽症関節症10例についてACTH-Z製剤の20単位を週一回筋注し、皮内反応の陽転過程を検討した結果をFig.1にまとめた。繰り返す筋注という非生理的な条件下での感作で、アトピー性喘息症例はその90%が、それ以上は同薬の筋注は続けられない状態にまで感作された反面、非アトピー性喘息やRA症例も繰り返されたACTH-Zの筋注でIgE抗体を産生する免疫応答性はもっていることが示された1)
Fig.1 ACTH-Z製剤の週1回連続投与に伴うACTH製剤希釈液による皮内テストの陽転過程
 大気中から吸入され気道粘膜を通じて接触する各種のアレルゲンに対してはIgE抗体を産生していない非アトピー性喘息症例が、筋注という非生理的なルートをへて繰り返し体内に入ったACTH-Zに対しては、ときにはアナフィラキシー反応を誘発するほどのIgE抗体の応答を示すようになる機序としては、ブタ由来の生物製剤の抗原性の強さか、それが体内に入るルートの違いか、それとも亜鉛水溶液中に懸濁されlong-actingとなったACTH製剤にIgE抗体の産生を亢めるアジュバント類似の作用が備わったのか、それは判らなかった。しかしヒトは遺伝的に規定されたアトピー素質をもっていなくても、何らかの刺激でIgE抗体を産生させる潜在能力は保有していることをこのデータは示していると判断された。

2. ペニシリンアナフィラキシーの動物モデルの作製
 1960年代にペニシリンG(PCG)によるアレルギー反応における抗原決定基には、PCG が蛋白と結合するとき形成されるベンジルペニシロイル(BPO)基と、PCGそのものあるいはその代謝物であるベンジルペニシロン酸およびベンジルペニロ酸など2つのグループがあることが判明していた。後者はPCGによるアナフィラキシー反応に関与する抗原決定基(エピトープ)であり、BPO基はそれ以外の型のPCGアレルギーにおけるエピトープにあたる。
 ペニシリンアナフィラキシーの最大の問題点は、免疫化学的には一価のハプテンで、それ自身はアナフィラキシー惹起能をもたないはずのPCGそのものの注射で何故アナフィラキシーが惹起されるのかとの疑問であった。
 Levineは1970〜1971年にかけて、マウス、モルモットのペニシリンによる感作方法を工夫し、いずれについても抗BPO IgE抗体の作製に成功している。しかしその様な抗体を産生したモルモット、マウスにおいてもPCG単独の投与でアナフィラキシー反応の惹起は成功していない。
 1972年から1984年にかけて筆者、鈴木、小泉、松尾、石田は、PCGをはじめとするβ−ラクタム系抗生剤の常用量の投与でアナフィラキシー反応の惹起が可能な動物モデルの作製を目的として、抗原であるBPO-蛋白、アジュバント物質、免疫動物、免疫方法などについて改良をこころみた。実験動物としてはHartley-strain, outbread guinea pig, およびFemale inbread BDFI miceを用いた。その結果PCGそのものの投与で全身性アナフィラキシーが惹起される、あるいはそのモルモットから作製した気管鎖にin vitroでPCG製剤を加えると収縮が発生する感作モルモットの作製が可能となった2)、3)。またマウスに
ついてもPCGと反応して受身局所アナフィラキシー反応(PCA)を惹起させるIgE抗体を産生する感作マウスの作製が可能となった4)
 免疫法のなかでPCG製剤単独の投与でアナフィラキシー反応を惹起させるキーポイントとなったと判断された改良点は、両動物について免疫原の担体としてはIgE 産生能の高い回虫エキス(AS)を用い、担体蛋白1mg 相当に結合するBPO-ハプテン数を少なくしたこと、アジュバントとしては室温でゲルの状態を長く保持できる水酸化アルミニウムゲル(alum gel)を用いたことである。またマウスについてはBPO-ASの初回感作の4時間前に百日咳ワクチン(2×109)を腹腔内に投与し、全採血2週間前の最終感作直前にレントゲン200Rの全身照射を行った場合に高い抗体値の抗PCG IgE抗体が産生されている。注目されたのは、alum gelの代わりに吸着力の強い活性炭と混じたBPO-ASを投与した場合にマウスで抗PCG IgE抗体が産生される率がより高かったことである5)
 PCG製剤の負荷でアナフィラキシー反応が惹起された場合、次の問題は、真の惹起原となったのがPCGそのものであるのか、あるいはそのPCG製剤中に微量含まれている高分子の夾雑物(macromolecular impurities, MMI)によるものであるかの判定であるが、筆者らの方法で作製された感作モルモットにおけるアナフィラキシー惹起原はPCG製剤のセファデックスG-10による分画上MMI中に含まれていた。一方、上記の方法で過免疫された感作マウスではMMIを含まない合成ベンジルペニロ酸の投与でPCA反応が誘発された。この免疫化学上は1価のハプテンであり蛋白との結合性はない合成ベンジルペニロ酸およびその誘導化学物質は共同研究者の武田製薬上野逸夫学士が合成した6)

3.DEP のアジュバント活性
 筆者等が日本におけるアレルギー性疾患と大気中の浮遊粒子状物質(SPM)の主成分であるDEPとの関連性に注目した直接の動機は、ペニシリンショックの動物モデルをつくる過程で、alum gel以上に吸着力がつよい活性炭にもマウスがペニシリンに対するIgE抗体をつくるのを助長するアジュバント様作用が認められたことによる5)、7)。活性炭は武田薬品工業(株)のShirasagi-Zを用いた。
 こころみに精製分離したスギアレルゲン溶液(蛋白として10ng/ml)にDEP10mgを混和1分間振盪後、遠心して得た上清のスギアレルゲンとしての活性をスギ花粉アレルギー症例の皮内テストで測定した場合、DEPを加えなかった場合に比してその力価は1/1000以下に減っていた8)
 東京都の公害関係の職場に勤務されていた石黒辰吉氏および福岡県衛生部公害センターの常盤 寛氏の紹介で入手した、スタンダードの方法で作製されたDEPを用いたそれまでの実験の追試結果はほぼ同じであった。以後の実験に用いたのはすべてスタンダードの方法で作成された同一のDEPである。
 Fig.2はDEPの走査顕微鏡像で、科学技術庁 無機材質研究所 大橋晴夫氏の撮影による。
 Fig.3は、マウスの腹腔内にスギアレルゲンの蛋白量として1.0 あるいは10μgとDEP 2mgを混じて繰り返し注射した時のスギアレルゲンに対するIgE抗体の産生状況を示したものである8)。Takafujiは卵白アルブミン(OA)0.25μgをDEP1μgとともにマウス鼻孔内に3回投与し抗OA IgE抗体の産生を認めている9)
Fig.2 ディーゼル排出微粒子の走査電顕写真像(30,000倍)

Fig.3 スギ花粉アレルゲン(JCPA)をマウス腹腔内に投与したときのディーゼル微粒子(DEP)のIgE抗体産生補助効果

4.まとめ
 スギ花粉症はIgE依存性のアレルギー性疾患といわれる。1964年その症例の存在が報告されて以来急増を続け、10%といわれるアトピー素質の保有率をはるかに超すに至っている。1960年以降のスギ造林面積の増加に伴うスギ花粉飛散数の増加だけでは説明できない疫学調査成績も相次いで報告されている。
 筆者は長年たずさわってきた即時型薬物アレルギーの研究を通じて、アトピー素質以外にIgE抗体の産生には2つの因子がとくに大切であることに思い至った。1つは抗原物質が生体内に到達する経路であり、他の1つは IgE抗体の産生を高めるアジュバント物質の役割である。 ACTH-Z製剤20単位を週一回繰り返し筋注することにより非アトピー喘息、関節リウマチ患者に高率にIgE抗体の産生を認めた。またalum gel、あるいは、活性炭をアジュバントとして作製した感作マウスモデル、すなわち、市販のPCG製剤の皮内注射によりPCA反応を惹起させるマウスモデルができた。このモデルを用いて、スギ花粉主要抗原(JCPA)を抗原とし、物体表面積が大きく、主成分は炭素であるという点で活性炭と共通点がある、大気中に存在するディーゼル排出微粒子(DEP)をアジュバントとしても感作が成立すること、さらに、鼻腔内投与という経路で与えられた抗原に対してもDEPがアジュバント作用を持つことも確認できた。この確認は、純粋なIgE依存性アレルギー性疾患であるスギ花粉症の保有率が急激に増加し、アトピー素質の保有率をはるかに超えたことへの説明に寄与している10)

5.文献
1) Muranaka M, Okumura H, et al. Immunologic
responses to an adrenocorticotropic hormone preparation in bronchial asthma and rheumatoid arthritis. J Allergy 1970; 46: 138-49.
2) Muranaka M, Igarashi H, et al. Elicitation of homologous passive cutaneous anaphylactic reactions by a benzylpenicillin preparation. J Allergy Clin Immunol 1974; 54: 329-38.
3) Muranaka M, Suzuki S, et al. Benzylpenicillin preparations can evoke a systemic anaphylactic reaction in guinea pigs. J Allergy Clin Immunol 1978; 62: 276-82.
4) 村中正治,鈴木修二,他. マウスにおけるPcG-derived minor antigenic determinantに対するIgE型抗体の産生.日本免疫学会総会記録 1980; 10: 337-38.
5) 村中正治,高藤 繁,他.ディーゼル排出微粒子のアジュバント作用.寺道由晃,古庄巻史編 喘息はなぜ増えているか.国際医学出版 1987 pp. 41-52.
6) Ueno H, Nishikawa M. Suzuki S, and Muranaka M. Eliciting IgE-mediated passive cutaneous anaphylactic reaction by synthetic D-benzylpenilloic acid analogs. Molecular Immunology 1984; 21: 37-42.
7) 村中正治,田所憲治,木野稔也,鈴木修二.単純化学物質の免疫原性におよぼすAl(OH)3, Actvated carbon, SilicaおよびBordetella pertussis のadjuvant効果の検討.日本免疫学会総会記録 1985; 15: 68.
8) Muranaka M, Suzuki S, et al. Adjuvant activity of diesel-exhaust particulates for the production of IgE antibody in mice. J Allergy Clin Immunol 1986: 77: 616-623.
9) Takafuji S, Suzuki S, et al. Diesel-exhaust particulates inoculated by the intranasal route have an adjuvant activity for IgE production in mice. J Allergy Clin Immunol 1987; 79: 639-45.
10) 鈴木修二.大気中の浮遊粒子状物質とスギ花粉アレルギー 科学 岩波出版 1991; 61: 88-92.
 
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