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「免疫毒性」雑感


2007; 12(1), 4-5


吉田武美
昭和大学薬学部毒物学教室

免疫毒性学会とは,毒と名のつく学会はということもあり,何となく関わりを持ち,今日に至っています。学会に対して何らの貢献もしていないこともあり,ImmunoToxへの投稿を義務つけられてしまいました。現在に至るも免疫毒性的な分野にはとくに参画していないこともあり,標記のような課題で思いつくままに書き連ねてみることにします。 

免疫毒性学会に至るまでの経緯に関しては,これまで多くの方々により語られていることですが,時の流れの速さを感じつつ,振り返ってみたいと思います。小生が「免疫毒性」を専門用語としてまともに自覚したのは,当毒物学教室の前任者黒岩幸雄教授が日本毒科学会,日本学術会議毒科学研究連絡委員会の主催で平成2年11月16日に昭和大学上條講堂で開催した第12回日本学術会議毒科学研連シンポジウムでした。そのときは,標的臓器−免疫毒性に関連して−という内容で,現在の本学会の重鎮の先生方のご講演がありました。その2年後に,黒岩教授が主催された第19回日本毒科学会学術年会(7月23-24日)に先立つ7月22日に,第1回日本毒科学会サテライトシンポジウムにおいても“免疫毒性”を主課題として取上げられました。この2回のシンポジウムの講演内容は,現在に至るも医薬品などによる各種臓器毒性としての免疫系の役割を考える上で大きな示唆に富んでいるものであり,今日に至るもその発現機構解明のための手がかりとしての意義は大きいと思います。医薬品による免疫毒性関連では,益々発現機序解明のための分子生物学的または分子毒性学的な方向性が求められています。毒科学会のサテライトシンポジウムは,その後の展開はなくなりましたが,これらの経過を踏まえて第1回の学術年会に係わることになり,その後着実に今日の免疫毒性学会へと発展して来ております。 

さて,「免疫毒性」という用語は,本学会や毒性学の領域では当り前の用語ですが,医学用語辞典やその他の辞典には必ずしもなじみのあるものではないようです。免疫毒性は,医薬品はじめ生活環境中の各種化学物質が生体の免疫系の恒常性を乱し,免疫機能の異常亢進や抑制を引き起こすことによる有害な現象と定義されるのでしょう。かつては,一般毒性が発症しない用量での引き起こされる免疫系への作用を主に免疫毒性と判断していたと思いますが,現在はもっと緩やかで守備範囲も幅広くなっているのでは。生体異物は,免疫系自体へ影響を与える直接的な免疫毒性と免疫系が関連するがそれ以外の組織や器官に障害を与えるアレルギーや自己免疫疾患と区別することもあるが,一般社会では後者のほうがむしろなじみが深いかもしれない。 

最近生体異物は,神経系や内分泌系に作用して間接的にも免疫毒性を発現することも知られており,研究内容は一段と幅広く,深いものになってきていることは周知のとおりである。医薬品やその他の生活環境中の化学物質が免疫担当組織や細胞に作用する場合には,その作用機構を解明していくことは,ある意味では取り組みやすいことであろう。しかし,多くの医薬品の重大な有害作用の原因としての免疫系との関わりの解明は極めて困難を極めているのが現状であろう。実際に医薬品についてみると,免疫毒性に起因する有害作用として発現する多くの現象は,医薬品母化合物そのものの場合もあるかも知れないが,大部分は生体内で生ずる反応性代謝物(活性代謝物)によるものと考えられている。実際にこのような活性代謝物を産生するいわゆる薬物代謝酵素と称される数多くの酵素は,それぞれに遺伝的多型の存在やSNPsによる多様性が次々と明らかにされてきている。現在遺伝的背景としての薬物感受性因子の解析が進んでいるが,それと連動する免疫系関連の因子のも多岐に渡っていることは言うまでもない。このことは,医薬品による有害作用としての免疫系の関与を解明することがいかに困難であるかを物語っている。事実,まれに発生するSJSやTENあるいはトログリタゾンによる肝障害などの発現機構は,必ずしも明確ではない。このようなヒトにおける免疫毒性関連の発症機序は,実際に動物実験で再現できないことが大きな問題である。いずれにしろ,医薬品の代謝と免疫系の機能と連動する有害作用の発現は,患者個々の多岐に渡る遺伝的背景,生活習慣さらに病態との複雑な事象の濃縮されたある特異点で発症していることは否めない。一方,医薬品として免疫担当組織や細胞に直接作用する免疫抑制薬や免疫調整薬は,薬物療法として多くの疾患で用いられており,免疫系を標的とする各種疾患の治療を目的としての医薬品開発も進められている。また,メトトレキサートやタクロリムスのように,それぞれリウマチやアトピー治療に適用を拡大している医薬品もある。 

ここらで,当毒物学教室でやっている研究内容も紹介させていただくことにする。当初免疫系との関連での仕事ということで,最もとっつきやすかったのが,各種のサイトカインの作用を調べることであった。これは短絡的ではあるが,たまたま手近にサイトカインKOマウスが入手できたので,皮膚に比較的多量存在するとされているIL-1KOマウスでのアレルギー反応などを調べていたが,必ずしも予定通りの結果は得られなかった。もっと手馴れた研究内容との関連でと方向を変え,各種サイトカインが,P450など薬物代謝酵素やヘム分解の律速酵素ヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)さらにメタロチオネイン(MT)に影響することが知られていたことから,その面からの検討を進めた。P450やHO-1関連については,サイトカインKO動物では,必ずしも顕著な変動を見ることはなく,ただIL-6KOマウスでは薬物によるMT誘導が生じないことを明らかにした。さらに,これらサイトカインKOマウスを用いて,LPSによるHO-1誘導は,主にTNFαが関与し,JNKやP38系の情報系を介在すること(T. Oguro et al., FEBS Lett., 516, 63-66 (2002)),BCGやLPSによるP450のダウンレギュレーションには,IL-6やTNFαが関与していること(S. Ashino et al., Drug Metab. Dispos., 32, 707-714 (2004))などを明らかにした。その後ヒト慢性関節炎モデルマウスを用いて実験を進め,IL-6の血中濃度が高レベルにあること,肝臓のHO-1やMTが高い状態にあること,P450は減少していることなどが分かり,HO-1誘導にはStat系の情法伝達系が寄与していることを明らかにした。また,これらの現象は IL-6中和抗体で,ほぼ完全に解除されることも確認している(T.Ashino et al., Eur J Pharmacol, 558(1-3), 199-207 (2007))。ヒトにおいても感染や炎症時に薬物動態が変動することは知られている。また,リウマチなどの治療薬にサイトカインやその受容体を標的とする薬物の開発が進んでいるが,薬物動態への影響も考えられ,一定程度併用薬物の体内動態に注意する必要があるかも知れない。サイトカイン関連での最近の話題は,治験薬TGN1412で発生したサイトカインストーム(バースト)であるが,このようなポジティブフィードバック的な現象がなぜ発生するのか今後の詳細な検討が必要である。この治験の被験者は,重篤な状態を経過しているが,幸いに死亡にはいたっていないようである。それにしても副腎皮質ステロイドの治療上の威力はさすがにスゴイと感じた次第である。サイトカイン個々には,薬物代謝酵素やヘム代謝酵素などに影響することは明確であるが,全体としてどうなっているかは,その巧妙な調節システムを考えると解決すべき多くの因子があると思われる。 

現在に至るまでの当教室の中心的な研究課題の一つであるHO-1の調節に関しては,上流側で深く関与しているNrf2-Keap1系のKOマウス(現東北大・医 山本雅之教授より御供与)を用いてさらなる展開を進めているところである。実は,HO-1の酵素反応生成物であるビリルビンは抗酸化性物質として,一酸化炭素は抗炎症作用や免疫系調節作用などが明らかになりつつあり,ストレス応答タンパク質として注目されている。HO-1は,各種病態や細胞内の様々な変化に急速に応答し誘導される酵素であり,その酵素反応生成物の機能を幅広く考えると,免疫系とも関係してきそうである。 


最後になるが,昨年度から薬学部は,6年制がスタートし,従来型の4年制+博士課程前期2年制の変則的な教育・研究システムになっている。前者は薬剤師教育が主体となるが,セルフメディケーションが推奨されている現在,医薬品のみならず健康食品,サプリメントや香粧品など,さらに各種化学物質に対する知識や説明能力など質の高い,社会が求めている力量共に良質の医療提供者の一員として機能し,常に精進を続ける卒業生を送り出していけるか正念場である。薬剤師職能が社会に確実に認知され,大きく展開していくことを老婆心ながら願っているところである。免疫毒性は,薬剤師が医療現場で提供する医薬品の有害作用発現の主要な発現要因のひとつでもあり,そのことの理解も深めている新制度の薬剤師を数多く世に輩出したいものである。