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低濃度揮発性化学物質によHPA軸の変動と免疫機能


2005; 10(1), 5-6


佐々木文彦 大阪府立大学
藤巻秀和 (独)国立環境研究所

はじめに

比較的長時間を過ごすことの多い家屋の構造が密閉型になり,室内に発生する揮発性の化学物質に接する時間が多くなってきている。室内で化学物質に曝露されたことが起因となり健康を害されたという報告が増えており,その原因の解明が急がれている。体調不良の中には,喘息様呼吸困難,皮膚の湿疹,あるいはかゆみなどアレルギー疾患と共通する症状も含まれている。シックハウス症候群や化学物質に過敏になっていると診断された人たちにはアレルギー罹患率が高いことが報告されている。低濃度の化学物質,特に揮発性物質による免疫系への影響が懸念されるが,揮発性物質の免疫毒性学分野における研究報告は大変少ない。また,いろいろなストレスに対応して視床下部−下垂体−副腎軸,いわゆるHPA軸の賦活化および交感神経系の活性化がおこり,それが生体の免疫機能に影響を及ぼすことがわかってきているが,化学的ストレスという観点からの研究は少ない。

われわれの研究グループでは,低濃度域における影響についてはほとんど皆無であるホルムアルデヒド(FA)曝露がHPA軸にどのような変化をもたらし,また,卵白アルブミン(OVA)の感作によりアレルギー性炎症反応を呈する動物でHPA軸の反応はどのように修飾されるのか解析を試みた。

低濃度FA曝露によるHPA軸の変動

低濃度FAのマウスHPA軸への影響を調べるために,マウスを0,80,400,および2000 ppbの濃度でそれぞれ12週間曝露し,視床下部室旁核,下垂体前葉,副腎について免疫組織化学とRT-PCR法を用いて解析した。なお,肺での炎症反応の指標として肺胞洗浄液中の炎症性細胞の集積や炎症性サイトカインの産生を調べると,FA曝露のみでは顕著な影響はみられなかった。

視床下部室旁核にある副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)-免疫陽性神経細胞数においては,FA濃度依存的な増加がみられた(図1a)。これは,同じ領域での別の検索で細胞増殖やアポトーシスが見られなかったことからCRHの合成・分泌する細胞が増加した結果と考えられる。

下垂体における副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)-免疫陽性細胞の数とACTH mRNAの発現量もCRH-免疫陽性神経細胞と同様の変化を示した。しかしながら,免疫組織学的に調べたところ細胞増殖とアポトーシスがそれぞれ観察できたことから,下垂体前葉ではACTH-免疫陽性細胞は細胞分裂による増殖で増加したと考えられる。

血中のコルチコステロン量は,80 ppbと400 ppbの曝露で有意に増加していた。2000 ppbの濃度では,対照群と差はなかった。



アレルギーモデルへの低濃度FA曝露によるHPA軸の変動

マウスにアレルゲン投与と併用してFA曝露を行いHPA軸の変動を観察した。なお,肺における炎症性細胞の有意な増加が,2000 ppb FA曝露で認められたが,他の濃度ではみられなかった。OVAの感作のみでも無感作の対照群と比べるとCRH-免疫陽性神経細胞の数は増加していた。それが,FA曝露との併用により80 ppb曝露で有意な増加を示し,400 ppbと 2000 ppbの濃度では増加がみられなかった(図1b)。ACTHの陽性細胞数とmRNA発現においても同様であった。

血中のコルチコステロン量は,80 ppbFA曝露で低下傾向ではあったが,全体の比較では特に曝露による変動はみられなかった。

考察

FAのみの低濃度曝露は,CRH の合成や分泌を促進させ,さらに下垂体でのACTH産生を亢進することによりHPA軸の賦活化の方向に導いていることを示している。

アレルゲン感作とFA曝露の併用では,HPA軸の賦活化がより低い80 ppbへとシフトし,それより高い濃度ではストレスに対応できない状態なっていると考えられる。アレルゲン感作とFA曝露の併用では,リンパ性器官である脾臓及び血中のリンパ球の亜集団の変動について解析を行ったが,表面抗原のCD3,CD4,CD8あるいはCD19など陽性細胞の割合とCD4/CD8比率においては,FA曝露による違いはみられていない。また,サイトカインレベルでも,アレルギー反応を増強したりTh2タイプへの位を促すような結果は得られていない。今回の実験に用いられたマウスは10週齢のものであるが,室内において過ごす時間や脳神経系の発達のことを考えると,幼児期におけるFA曝露によるHPA軸の賦活化についても今後は検討が必要であろう。

まとめ

揮発性の化学物質の代表としてFAを取り上げ,低濃度曝露によるHPA軸,および免疫応答について検討した。低濃度FA曝露はストレスとしてHPA軸を賦活化し,さらにアレルゲンなどの刺激の付加がよりHPA軸の賦活化を推し進めることが示唆された。