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免疫毒性研究会の学会化に寄せて


2000; 5(2), 3-5


大沢 基保
帝京大・薬・環境衛生

 さる9月の第7回免疫毒性研究会・総会において,2001年度より免疫毒性研究会は日本免疫毒性学会(仮称)と改称することが承認され,研究会を学会としての活動に発展させることになりました。総会に出席されなかった会員諸氏には,急な展開でとまどわれるかと思いますが,「21世紀の免疫毒性研究」と題する名倉代表幹事の文の中に述べられておりますように,より一層の研究展開のために学会移行を必要とする時期になりましたことをご理解頂きたくお願い申し上げます。

 学会化の話は,免疫毒性研究が学域として社会的に認知されるようになった近年,運営委員会や幹事会でたびたび話題になっていたのですが,昨年末の名倉先生のご発議により,一気に機運が盛り上がり,総会での決定に至りました。

1.免疫毒性研究を取り巻く状況

 免疫毒性研究会は,7年前に有志世話人の呼びかけにより,境界領域研究分野である免疫毒性とその関連事項の研究について,研究領域の異なる研究者間での情報交換,研究協力を通して,免疫毒性の研究概念と方法の開発・確立を目的として設立されました。当時,この分野の研究が国際的に遅れていたわが国にとって,共通の研究対象や方法について研究者が意見や成果を交わす場をつくり,免疫毒性試験のガイドラインが提案されつつある欧米の研究状況からの遅れを取り戻すことが当面の課題でした。

 7年の活動を通じ,不十分な面はありますが,この当初の課題はほぼ達成出来たのではないかと考えられます。すなわち,免疫毒性の概念がかなり明確になってきたこと,試験法ワークショップを通して免疫毒性試験法の要点が技術的にも把握され,かつ独自の試みがなされるようになってきたこと,内外の招待研究者の講演を通じ,免疫毒性研究の深さや応用性,また,周辺の研究領域との関連の強さを学ぶことができたこと,さらに,個々の研究者の研究レベルが急速に高まりかつ対象も広がってきたことや共同研究が進んでいること,などがあげられます。

 これは当初より250-60名ほどの会員数で,まとまりが良く,単なる成果の発表だけの場ではなく,考え方や方法について気軽に意見を交換しやすいなどの,研究会の長所が生かされた結果ではないかと我田引水的に考えています。

 しかし,国際的には免疫毒性試験のガイドライン化が進み,一方,研究内容も基礎的には分子レベル,また,応用的には臨床レベルや環境保健レベルの研究が増え,研究の深さと広がりを増しています。知識的には,Th1/Th2バランスの仮説の展開,各種サイトカイン・ケモカインやその受容体の構造と役割の解明,免疫関連遺伝子の単離,神経-内分泌-免疫系の相関など,また,技術的にはPCR法やフローサイトメトリーの導入など,免疫毒性のバックグラウンドの研究の進展は著しく,それらの知識や技術が,免疫毒性研究に積極的に取り入れられています。今後,ヒト全ゲノムの解読やジーンチップの開発の成果も間もなく組み込まれてくるでしょう。

 欧米研究グループの先取り精神は,ヒトでの免疫毒性試験法の開発や環境リスク評価への疫学的応用,化学物質により誘発される自己免疫に関する研究,バイオ医薬品の安全性評価などのプロジェクトへの集中的な取り組みに見ることが出来ます。

 これに対して,日本の免疫毒性研究レベルは,前記の研究会の目的を達していますが,研究の組織化,体系化,個々の内容の深さ等において全体としてみるとかなり不十分と言わざるを得ません。しかし,研究会の活動を通じて,若い研究者の方々を中心として,これらの先進的課題に積極的に取り組む試みがなされていることは心強い限りです。

2.学会としての役割と期待

 学会化に伴う免疫毒性研究の次の役割としては,免疫毒性研究の内容を深めて「学」として展開し,かつ,実用面の意義と方法論を確立することがあげられます。そのためには,免疫毒性がらみの研究課題は増えつつある状況からすると,研究の質と量の拡充を図り,とりわけ臨床や衛生現場の医師や研究者,また,毒性学以外の分野の基礎研究者との連携が必要と思われます。

 学会になり,規模が拡大すると,研究課題への関心の一体感が薄くなり,コミュニケーションも疎になる傾向があります。学会として,適切な規模を維持し,まとまりの良さと忌憚のない意見交換により実質的に得るものがある免疫毒性研究会の長所を残しながら,かつ先進的に問題を提起し,活発な論議により学説が形成されていくような場になってほしいと考えています。

 1980年代末頃から,免疫毒性に関連する現象に免疫系を撹乱する(disrupt immune system)という表現が用いられていました。しかし,社会問題化した内分泌かく乱化学物質の研究の勢いは,この観点からの免疫毒性の研究の勢いを一気に追い越し,「かく乱」という語の定番になった観があります。しかし,免疫系,内分泌系,神経系などの生体のホメオスタシスに係わる機能の毒性は,ホメオスタシスのかく乱という点で,かなり類似かつ相互に関連する部分が多いと考えられます。そこで,新しい学会名は仮称ですが,「毒性」のイメージをより今日的な概念に置き換えられないかと考え,「免疫撹乱学会」,「生体異物免疫学会」,「環境免疫学会」,「毒性免疫学会」,「免疫異常学会」,「応用免疫学会」などと思いつくままにあげてみましたが,どれも収まりが悪かったり,部分的であったり,広すぎたりして,今のところ「免疫毒性学会または免疫毒性科学会」を超える良いネーミングが思いつきません。

 今日,トキシコロジーに関わる知見の増加により,免疫毒性の研究対象も胎児期・乳幼児期あるいは老年期における影響の重要度が増してきました。免疫器官・機能の発生・分化・加齢変化を考慮し,化学物質や薬物の曝露/投与時期によって免疫影響の質と意義を考える必要があります。一方,化学物質過敏症のような,新しいアレルギー様疾患像が浮かび上がってきました。この疾患の発症における免疫学的機序の関与は少ないと考えられていますが,麻酔薬ハロタンによる自己免疫性アレルギーである劇症肝炎の発症には,ハロタン代謝物の蓄積効果が関連するとの報告もあり,揮発性有機物の代謝物の蓄積効果による類似の免疫異常である可能性もあります。さらに,遺伝子組換え産物(バイオ医薬品,GM食品など)の利用の拡大に対して,アレルギー面の評価においてはまだ未知の部分が残されている----などなど,免疫毒性の研究範囲に入ってくる課題は極めて多いと考えられます。21世紀の開始とともに,これらの課題や免疫毒性研究会の発足時以来の課題を含めて,免疫毒性学の分野で取り組まなければならない課題が急増することが予想されます。

 そのようなNeedsに応えうる備えとして,学会の種まき(Seeds)活動が着実に重ねられていくことを期待しています。