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珪肺症患者にみられる自己抗体
  −アポトーシスの抑制とT cell活性化の役割


2000; 5(1), 4-5


植木 絢子
川崎医科大学 衛生学

1. はじめに

 最近,Fas-Fasリガンド系を介するapoptosisの異常が自己免疫成立と深く結びついていることが判明した。私共は,珪酸および珪酸塩化合物曝露によって生じる自己免疫の成立機序について検討してきたが,珪肺症患者Fas-Fasリガンド系を介するアポトーシスが低下している可能性があること,珪酸および珪酸塩化合物が体内でリンパ球の活性化を反復している可能性が示唆されるので,これらについてまとめてみたい。

2. FasとFasリガンド

 多細胞生物が個有の制御機構の中に持っているプログラムが働いて起る死がapoptosisであり,Kerr & Wyllieらが,necrosisと異なる細胞死の概念として提唱したこと,apoptosisを誘導するシグナルの1つにFas-Fasリガンド系があることは周知の通りである。1989年米原らはヒトの線維芽細胞FS7の表面抗原を認識してFS7をはじめヒト細胞に細胞死を起すモノクローナル抗体を作り,抗Fas抗体と命名し,1991年長田らがFas抗原のcDNAクローニングに成功した。一方,ドイツのTrauthらは,ヒト細胞にapoptosisを起す抗APO-1抗体を1989年に報告していたが,このAPO-1抗原がヒトFas抗原と同一であることが後に確認された。FasがTNF受容体ファミリーに属する分子であることから,特異的なリガンドの存在が予想されたが,1994年須田らが細胞障害性T細胞 (CTL) の細胞融解物からFasリガンド (FasL) の精製に成功した。FasLの細胞外領域は,TNFファミリーと相同性を示し,Fasに反応してapoptosisを誘導し,細胞内領域にはTNFファミリーとの相同性がなく機能が不明であったが,1999年Bossi & Griffithsが,新しく合成されたFasLは細胞内ライソゾームの中に貯えられてから細胞膜表面に運ばれ,この際にFasLの細胞内領域が不可欠であることを報告している。

 Fasが広範囲の細胞に分布しているのに対し,FasLは胸腺,脾臓,リンパ節などのリンパ組織および精巣と角膜で強く発現しており,後2者では,CTLによる破壊から自身の細胞を守るために働くと考えられている。Fas遺伝子に変異があってFasのmRNAが発現しない特殊なマウスであるlprマウスでは,生後数ヵ月してからCD4, CD8ダブルネガティブT細胞が多数出現して自己抗体の産生が起り,Systemic lupus erythematosus (SLE) 様の自己免疫疾患が発症する。一方,Fasリガンド遺伝子の変異によりFasL分子が機能を発揮できないgldマウスでもlprマウスと同様の異常を表すことが明らかとなった。

 Fas-FasLシステムの生理的役割は,少なくとも2つ考えられ,1つは自己反応性T細胞の除去であり,もう一つは,細胞障害性T細胞によるウィルス感染細胞や移植片等の標的細胞にapoptosisを誘導することである。Fas分子には未だ不明の機序によって,膜貫通部位を欠く可溶性Fas (sFas) が産生され,このsFasはFasLとの結合能を持つために,細胞膜上でのFasとFasLの結合を妨げ,apoptosisに抑制的に働くと考えられている。この説を証明するものとして,SLE患者血清中にはsFas濃度が健常人に比して高いことが確認されていて,SLE患者では自己反応性クローンの除去に支障があることが推測される。

3. 珪肺症患者におけるFas, Fasリガンド

 Informed consentの得られた珪肺症,SLE,PSS患者および健常人ボランティアから提供された血液を用いて,血清中のsFasおよびsFasリガンドの濃度をELISA法にて,又リンパ球膜表面のFas(mFas)をflow cytometryにより測定した。Fas:sFas濃度は既に報じられている如く,SLE患者では健常人に比して有意に上昇していたが,PSS患者では差を認めなかった。一方,珪肺症患者群ではsFas濃度が有意に高かった。悪性腫瘍を伴わず,臨床的に自己免疫疾患の症状を伴わないヒトでの上昇を観察したのは本研究が初の報告である。又,末梢血液より抽出したRNAを用いてRT-PCRを行ったところ,珪肺症患者ではmFasよりsFasのmRNAの発現が高く,上述の血清中sFas蛋白の上昇と一致する結果を得た。一方,mFasについては,珪肺症,SLE,PSS患者,および対照群での発現に差を認めなかった。FasL:細胞表面に発現した膜型FasLは,matrix metalloproteinaseにより可溶化され (soluble FasL; sFasL),sFasLはFasとの結合能をもつ。SLE患者では対照群に比して有意にsFasLが上昇していたが,PSSおよび珪肺症患者では特に変化を認めなかった。sFasLの出現する意味については不明の点が多いが,FasLの発現の少ない組織でのapoptosisを促し,局所での炎症を鎮静化させる作用をもつとする説がある。この様な視点から考えると,apoptosisに抑制的なsFasが上昇している珪肺症患者で,apoptosisに促進的なsFasL が上昇していないことは理にかなっており,全体として珪肺症患者ではFas-FasL系を介するアポトーシスが低下していると推察される結果をえた。しかしながら,SLE患者ではsFas, sFasLともに上昇しており,この生理的役割は不明である。

4. 珪酸および珪酸塩化合物によるリンパ球のpolyclonal activationとactivation-induced cell death.

 珪酸および珪酸塩化合物 (例:chrysotile asbestos) を急性細胞毒性が見られない濃度 (50-100μg/ml) で健康ヒトリンパ球とin vitroにて反応させると,polyclonal activationが起こり,特にTcR Vβ5.3陽性リンパ球が活性化された。この時,TUNEL陽性細胞が反応4日目に最も上昇し,この期に一致して,今まで急上昇していたFas陽性細胞が激減することが判明した。これらの結果から,生体内に沈着した珪酸や珪酸化合物が,リンパ球を繰り返し活性化している可能性が示唆される。

5. まとめ

 免疫反応を担うリンパ球とくにT細胞は,担当する特異抗原やスーパー抗原によって活性化され,クローンが肥大するが,この過程で既にfeed back機構が働き始め,これらの細胞の大半を死に至らしめることによってクローンの大きさを元に戻す計画が開始する。その手段の一つが細胞膜上に発現を強めてゆくFas, FasL分子である。活性化されたリンパ球の中に自己反応性クローンが含まれていても,feed back機構が正常に働いていれば殆ど問題なく事態は鎮静化する。しかしこの時,feed back機構を抑制する因子が作用すると,肥大化したクローンの中に含まれる自己反応性クローンはそのまま肥大化の方向へ進み続け,自己抗体の産生や自己組織の破壊に至るという説が一般に受け入れられているものである。血清sFas濃度の上昇が認められる珪肺症患者においても,自己抗体陽性率が70%以上と高率であることは,上記の考え方に良く合致する。珪肺症患者に於てもアポトーシスの低下から自己反応性クローンの除去が不全となり,各種の自己抗体産生に到ることが考えられる。叉,古くから珪酸および珪酸塩化合物はアジュバント作用を持つと言われてきた。従って,polyclonalなリンパ球活性化が自己反応性T細胞を刺激する可能性が示唆される。即ち,珪肺症患者ではアポトーシスの不全と体内で反復されるリンパ球の活性化の2つの因子が,自己抗体産生の誘因ではないかというのが結論である。