≪Non-category (寄稿・挨拶・随想・その他)≫

DIA Workshop ' Immunotoxicity of Pharmaceuticals' 参加報告 


1997; No.4, p4-7


中村 和市
塩野義製薬梶@新薬研究所

スイスの鉄道は正確である。昨年10月2日,時刻表通りにMontreuxの駅に降り立った私は,ワークショップが開催されるホテルへの道順を聞こうとインフォメーションに立ち寄った。すると,私の前でリュックサックを背負った若者がどうやら同じことを聞いているようであった。そこで,その若者と一緒になって係員から案内を聞き,旅は道ずれということになった。道すがら話をしているうちに,彼はUtrecht大学から来て,奇遇にもやはり同じワークショップに参加しpopliteal lymph node(PLN)アッセイについて発表するという。私は,すかさず「PLNアッセイは,antigenicity studyのために使われるのですか」と聞いたところ,「immunostimulation testですよ」と言った。Dr. Albersであった。10分間足らずでホテルに着き,部屋に荷物を置きに行くと,窓の外ではレマン湖がきれいな水面を輝かせていた。ワークショップの冒頭,進行役のDr. Jan Willem van der Laan (Medicines Evaluation Board, The Netherlands) は,今日の医薬品の免疫毒性学における重要な課題の1つとして,「非臨床試験と臨床の相関性の検討」をあげた。今回,臨床医,免疫毒性学者,疫学者が一堂に会して,特にこのことを議論するのだと言う。



 まず「薬剤起因性の免疫毒性が人の健康におよぼす影響」ということで,最初のセッションがもたれた。このなかでは,免疫抑制と自己免疫さらにアレルギーに関する演題があった。臨床において,臓器移植後の感染症や腫瘍発生と免疫抑制剤との因果関係を把握するには難しい面がある。その要因として,診断の難しさ,対照がないこと,合併症,他剤との併用などがあげられる。Dr. Jurg Schaedelin (Novartis, Switzerland) は,臓器移植における免疫抑制剤使用後の経過を観察すると,悪性リンパ腫(感染症も合併)が致死率の高さで最も恐ろしく,その他皮膚癌も多発すると報告した。感染症のなかでは,特にウイルス(cytomegalovirusなど)感染の増加が認められると述べた。また,現在70以上の薬物が薬剤性全身性エリテマトーデス様症候群を誘発することが知られている。薬物による自己免疫疾患誘発に共通する機序として,薬物による自己抗原の修飾あるいは自己寛容の破綻などが考えられる。これまでにFas-FasL系に作用する薬物は見い出されていないものの,Dr. Norman Talal (Univ. of Texas, USA) は,自己免疫疾患における薬物によるアポトーシス阻害の関与を示唆していた。一方,Dr. Derk P. Bruynzeel (Free Univ., The Netherlands) は,皮膚アレルギーに関する臨床報告を行い,医薬品の副作用のうち皮膚症状は10-25%を占め,さらに,発疹の10-40%がアレルギー性のものであるとした。種々の皮膚試験においては偽陽性/偽陰性が多く,臨床で皮膚アレルギーの原因となる薬物を見つけだすことは難しい。またin vitroの試験(IgE-RASTなど)では断定的なことが言えない場合があり,今後臨床における安全かつ的確な診断法の確立が重要であると述べた。

 次のセッションは,「薬物の免疫毒性の非臨床試験」についてであった。まず,欧・米・日で実施されている免疫毒性試験法の報告あるいは比較がなされた。Dr. Eric J. de waal〔National Institute of Public Health and the Environment (RIVM), The Netherlands」が免疫毒性の段階的評価法についてRIVMによるものと米国National Toxicology Program (NTP) によるものとの比較を行った。また,Dr. Eiji Maki(Janssen-Kyowa, Japan)は日本の現状報告を行った。

 次に,試験法の各論の話題になった。Dr. Marc Pallardy (INSERM, France) は,腎臓移植の際に免疫抑制剤を投与された患者の末梢血リンパ球を用いたリンパ球幼若化試験,混合リンパ球培養試験,NK細胞活性測定試験,細胞傷害性T細胞活性測定試験の結果を示した。また,これら機能検査についてヒトとマウス間での比較も行った。末梢血を用いるので,機能検査にも限界があり例数も少ないので,結論をだすのが難しいが,このような仕事は重要であると感じた。

 また,薬物アレルギーとサイトカイン(特に,IL-4) との関係についても模索していた。次に,Dr. Rund Albers (Utrecht Univ., The Netherlands) によるPLNアッセイについての報告があった。Dr. Klaus E. Anderson (Odense Univ. Hospital, Denmark) は,薬物アレルギーに関して臨床での予知性の高いin vitro実験モデルは確立されていないとし,接触過敏症に関する動物実験モデルの最近の動向を紹介した。OECDガイドラインにもあるMaximization testは感度が高すぎ,一方Buehler testは感度が低く,ともに結果において施設間較差が大きい。最近,最も期待されている方法として,マウスの耳介に被験物質を塗布したのち所属リンパ節リンパ球の増殖反応を測定するlocal lymph nodeアッセイがある。この方法は少量の披験物質を用いて短期間で行うことができ,他の試験法との相関性もあるとされている。Dr. Jack H. Dean (Sanofi Winthorp, USA) は,以前に所属していた米国NIEHSにおけるNTPの仕事の要約を述べた。すなわち,51個に及ぶ化合物を用いて免疫毒性試験の結果を調べたところ,プラーク形成細胞測定試験やフローサイトメトリーが宿主抵抗性試験との高い相関性を示し,また数種類の試験を組み合わせると相関性はさらに高くなるとした。また,現在の所属先であるSanofi Winthorpでは,化合物28日間投与後のラット,サルあるいはイヌを用いて,まず最初に酵素免疫測定法によって特異抗体産生能を調べてゆくとの考えを示した。

 Dr. Kenneth L. Hastings (FDA, USA) の発表は,今回特に注目すべきものの一つではなかろうか。まだ内部のコンセンサスが得られていないそうであるが,FDAは以下のような医薬品の免疫毒性試験ガイドライン案を検討しているとのことであった。まず,医薬品を一般薬,要注意薬1(免疫調節剤,ステロイド剤,神経薬理薬,抗癌剤,抗ウイルス薬)および要注意薬2(抗HIV薬)の3つのカテゴリーに分ける。一般薬については,反復投与毒性試験において,できるだけ多くの免疫尾毒性に関するデータ(血液検査,リンパ組織の病理組織学的検査など)を集めたうえで,例えばリンパ球数に40%以上の減少が認められた場合,フローサイトメトリーさらに各種免疫機能検査を実施する。要注意薬1についてはフローサイトメトリーは必須であるとし,さらに例えばCD4T細胞数に40%以上の減少が認められた場合,各種免疫機能検査を実施するとした。また,要注意薬2についてはフローサイトメトリーに加えて各種免疫機能検査も必須であるとした。

 次は,「外挿性とリスクアセスメント」と題されたセッションであった。

Dr. Albert E. Munson (National Institute for Occupational Safety and Health, USA)は,FDAの指示によりNTPにおいて実施した抗HIV薬2',3'-dideoxyinosine (ddI) の免疫毒性試験の結果を報告した。ddIについては液性免疫反応が最も鋭敏に抑制を示した。さらに,ddI暴露,非暴露マウスのT,B細胞を組み合わせてin vitroでヒツジ赤血球を免疫後プラーク形成細胞測定試験を行ったところ,ddIによる抗体産生の抑制はB細胞に原因があることがわかったと述べた。また,Dr. Henk van Loveren (RIVM, The Netherlands)は,2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxinの免疫毒性に関する動物実験と疫学調査との比較やラットあるいはヒト胸腺移植SCIDマウスを用いた実験から動物実験の結果のヒトへの外挿性を検討した。また,UVBの免疫毒性について,UVB照射ラットの宿主抵抗性を検討したうえで,UVBに対するラットとヒトの混合皮膚リンパ球培養反応の感受性の違いからヒトにおいて予測されるUVBによる免疫抑制の程度を導きだした。

 最後のセッションは,「人における免疫毒性評価」についてであった。Dr. Keith Whaley (Univ. of Leicester, UK) の発表は,薬剤性全身性エリテマトーデス様症候群の臨床に関する話であった。この症候群においては関節痛,関節炎,胸膜炎,筋肉痛などの症状,また血中の抗核/ヒストン抗体の上昇,LE細胞の出現がみられる。素因としては,患者のHLA(DR4)との関連,肝臓における薬物のアセチル化の速度(遅い場合に多い),性(女性に多い),人種(白人に多い)などをあげていた。診断(薬物との関連)は疑ってみることから始まる。薬物投与をやめれば治まるが,もとの病気を悪化させ,投与を再開すれば,また発症する。Dr. Vera Stejskal (Danderyds Hospital, Sweden)の発表は,memory lymphocyte immunostimulation assayを食品添加物等の工場従業員の末梢血リンパ球を用いて実施した成績についてであった。化合物−蛋白質結合物ではなく化合物そのものを用いたとのことであるが,きれいにリンパ球が反応していた。しかし,質問にもでていたが,'memory'とするならば,CD45RA/O抗原の検討なども必要かと考えられた。

 最後に,Dr. Joseph G. Vos (RIVM, The Netherlands),Dr. Van Loveren,Dr. Van der Laan,Dr. HastingsおよびDr. Deanの司会で総合討論が行われた。ここでは,おもに医薬品の免疫毒性に関する非臨床試験について話し合われた。

まず,用いる動物(マウスかラットか)の話題になった。Dr. Munsonは,フローサイトメトリーに用いられる抗体は,まだマウスに対するものが多く,ラットの場合交差反応性を示すものもあるが,ラットでも良いのではないかと述べた。Dr. Van Loverenは,その辺のギャップは,マウス,ラット間で少なくなってきているのではないかと指摘した。ラットに落ち着いた。

 試験法に関して,Dr. Deanが病理組織学的検査における感度あるいは病理担当者の経験の問題について触れた。Dr. Vosも,この問題については認識しており,OECDガイドラインにも免疫機能検査を含めるべきだと指摘した。Dr. Vosは,また一般毒性試験において動物にヒツジ赤血球を免疫しても一般毒性試験の結果に影響を与えないという報告を紹介した。Dr. Vosは,さらに生殖毒性試験において得られる余剰新生仔を残しておき,免疫毒性試験に用いてはどうかと述べた。これに対して,Dr. Deanはそこまでする必要があるものかどうかと疑問を呈した。Dr. Daniel Wierda (Eli Lilly, USA)も,最初はできるだけシンプルにしておき,免疫機能検査もケースバイケースで実施してゆくべきだとした。一方,将来的に一般毒性試験にフローサイトメトリーを組み込むことを検討してゆく点については,異論は出されなかった。また,activation markerなどに対する抗体を使えば,フローサイトメトリーは機能検査にもなりうるとの意見も出された。
 薬物アレルギーについては,以下のことが話題になった。Dr. Andersonは,Maximization testではアジュバントが用いられ,鋭敏すぎるきらいがあるが,結果がネガティブであれば自信を持ってよいのではないかと述べた。能動全身アナフィラキシー試験については,Dr. Hastingsが,同試験は予知性がないと結論づけられたのにもかかわらず,(「日本では」と名指しこそなかったが)いまだに実施されていると述べた。Dr. Wierdaも能動全身アナフィラキシー試験は廃止すべきだと述べた。マウス/ラットを用いた抗原性試験については,Dr. Stejskalが予知性が低いとしたのに対して,Dr. Van Loverenは必ずしもそうではないのではないかと述べたが,それ以上議論が深まる前に次の話題となった。

Dr. Deanは自己免疫疾患予知のためにも,PLNアッセイを取り入れたらどうかと述べたが,これに対して,Dr. AlbersはPLNアッセイはあくまでも自己免疫疾患やアレルギーに連なる可能性のある免疫刺激性の評価法にすぎないと慎重であった。また,私が自己免疫疾患モデル動物を用いて評価してはどうかと述べたが,Dr. Whaleyは臨床では薬物が原発性の全身性エリテマトーデスの症状の悪化させるわけではないとした。

 以上,紙面の都合で一部の内容を割愛しましたが,このワークショップで話し合われた内容を通して医薬品の免疫毒性試験の国際的動向がおわかりいただけたのではないでしょうか。総合討論が始まる前,私はDr. Van der Lannに「欧州で単一通貨を作るのと免疫毒性試験法の国際的統一ガイドラインを作るのとでは,どちらが難しいだろう」と冗談を言った。彼は,それを総合討議の始めに引用していたが,国際的統一ガイドライン作成の気運はいずれ高まってくるであろう。このような情勢の中で,今のうちにお互いに情報や意見を交換しておくことは非常に大切なことではないかと考える。今回,参加者同士が打ち解けた雰囲気のなかで,様々な角度から医薬品の免疫毒性について話し合ったことは実に有益であったと思う。私にとっても,いろいろな人と直接話をすることができ,あっと言う間の3日間であった。