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大腸菌O-157感染によるHUS発症に腫瘍壊死因子が介在する? 


1996; No.3, p8-9


高野文英,北條博史
東北大学・薬

 さて,今年の夏の話題は何といっても,病原性大腸菌による食中毒の恐怖の一言に尽きるのではないかと思われる。腸管出血性大腸菌O-157に関する記事が,新聞の一面を数段抜きで報じられることがしばしばで,一般に馴染みの薄かったO-157により産生されるベロ毒素 (Verotoxin, VT) の名前も世間の隅々にまで浸透した。厚生省はこの食中毒の拡大を防ぐため今年の8月にO-157を法定伝染病に指定する措置をとった。先進国の中でもキレイ好きを自負している日本人にとって,O-157食中毒は極めてショッキング事件であるとともに,多くの人が公衆衛生の盲点をみせつけられて戸惑いを覚えたのではないかと思う。

 O-157により引き起こされる特徴的な症状には,初期に発現する出血性大腸炎 (enterohemorrhagic colitis) と,その後に発症する溶血性尿毒症症候群 (hemolytic uremic syndrome, HUS) がある。HUSが幼年者や高齢者に発症すると,しばしば重篤な状態に陥り死亡例がでる。この食中毒に対する治療方法には,早期にあっては血漿交換やγ-グロブリン投与を行うなどの方法があるが,抗生物質の投与は症状の進展によっては却って症状を増悪させることがあり有効な治療法をとることができない。

 ベロ毒素には赤痢菌により産生される志賀毒素とほぼ同じ構造のVT1,および生物学的性状はVT1とよく似ているが構造が異なるVT2とその変異種が知られている1)。これらはいずれも,1分子のAサブユニットと5分子のBサブユニットからなり,前者が毒素活性を,後者がレセプターへの結合を担う分子である。

 ベロ毒素レセプターはグリコスフィンゴ糖脂質の1種であるglobotriaosylceramide (GbOse 3cer) であり,これまでヒト腎臓と培養内皮細胞にその存在が見いだされている。ベロ毒素は細胞表面上のこの特異的レセプターと結合したのち,エンドサイトーシスで細胞内に取り込まれ,ゴルジ装置を経由して60Sリボソームに到達する。そこで毒素は60Sリボソームの構成因子である28SリボソームRNAに働き,その5'末端から4324番目のアデニンのN-グリコシド結合を加水分解してアデニン1分子を遊離させる。即ちベロ毒素はRNA N-グリコシダーゼ活性がその本体であり,結果的に60Sリボソームを変質させて蛋白合成を阻害し細胞障害を引き起こすと解釈されている。

 O-157によるHUSの発症の機構はほとんど解明されていないが,最近,HUSの発症にはベロ毒素の他に,炎症性サイトカンが重要な意味をもつのではないかと指摘されている。HUSでは,腎糸球体の内皮細胞に著しい障害が誘起されるが,ベロ毒素に腫瘍壊死因子 (TNF-α) を加えてヒト臍帯内皮細胞を培養すると,ベロ毒素単独に比べて細胞障害の程度が著しく増大し,一方で,TNF-αで処理された内皮細胞は,ベロ毒素レセプターであるGbOse 3cerの合成が促進され,ベロ毒素との結合能が通常の10〜100倍高くなる2,3)。このレセプターの増加は,インターロイキン−1 (IL-1) やリポ多糖体(LPS) 処理でも起こるが,これはサイトカインによって内皮細胞のgalactosyltrasferaseが誘導されるためである4)

 しかしながら,臨床におけるHUSとサイトカインとの関係については,はっきりした結論が出されていない。TNF-αやIL-1は患者の血液中では認められないとされているが,患者の尿中ではTNF-αの増加が認められると報告されている。一方,ベロ毒素をマウスに投与すると,TNF-αのmRNAが腎臓特異的に誘導され5),またベロ毒素でヒトマクロファージを刺激すると,TNF-α,IL-1β,IL-6の産生増強が起こるが知られている。ある仮説によるとO-157感染により出血性腸炎が起こる時,患者消化管の出血箇所からLPSが体内に取り込まれ,ベロ毒素と同様に,これがTNF-α等を誘導するとされる。このような腎局所でのサイトカイン産生があるとすると,これに関わる細胞は糸球体マクロファージとメサンギウム細胞であろう。HUSが幼児で重症化する理由は菌に対する抵抗性が弱いためと一般にいわれるが,幼児の内皮細胞ではベロ毒素レセプターが多いか,あるいはTNF-α等によりベロ毒素レセプターが容易に誘導されるためなのかもしれない。このようにHUSの発症にTNF-αが中心的役割を担っているなら,ある研究グループが示唆するように,TNF-αやTNF-αレセプターに対する抗体の投与は,HUSを改善させるかもしれない5,6)

 食中毒とは縁のうすい晩秋になっても,O-157感染は依然として散発的に発生がみられ,終息する見通しがない。出血性大腸菌の感染源を徹底コントロールする予防が最も重要であるが,同時に,ベロ毒素の免疫毒性学的機序に基づく新しい治療法の確立が望まれる。

引用文献
1) A.D. O'brien and R.K. Holmes, Microbiol. Rev., 51, 1206-1220 (1987).
2) V.L. Tesh, J.E. Samuel, L.P. Perera, J.B. Sharefkin, and A.D. O'Brien, J. Infect, Dis. 164, 344-352 (1991).
3) N.C.A.J. van der Kar, L.A.H. Monnens, M.A. Karmali, and V.W.M. van Hinsbergh, Blood, 80, 2755-2764 (1992).
4) N.C.A.J. van der Kar, T. Kooistra, M. Vermeer, W. Leslauer, L.A.H. Monnens, and V.W.M. van Hinsbergh, Blood, 85, 734-743 (1995).
5) Y. Harel, M. Silva, B. Giroir, A. Weinberg, T.B. Cleary, and B. Beutler, J. Clin. Invest., 92, 2110-2116 (1993).
6) B. Beutler, I,W. Milsark, and A. Cerami, Science, 229, 869-871 (1985).