≪Non-category (寄稿・挨拶・随想・その他)≫

バイオ薬剤の安全性と免疫毒性 


1996; No.2, p6


高橋道人
国立衛生試験所病理部

 化学物質の中には免疫系器官に作用し,その機能を抑制するもの,あるいは亢進するものがある。このような作用が生体にとって好ましくない場合にはその化学物質は免疫毒性を有すると判断される。生体防御機構としての免疫系の認識が重要性を増すにつれて化学物質の免疫毒性作用についても関心が高まっている。医薬品,農薬などの化学物質についての免疫毒性試験法が整備されつつあるが,毒性試験における免疫毒性の評価法は完全には整備されているとは言い難い。免疫毒性評価における大きな問題は免疫機能に多様性と複雑性があるにも関わらず,形態学的表現の単調さにある。従って免疫毒性の指標としてどのようなパラメーターをとるか,あるいはどのような検査を選択するかが,問題となる。今回の免疫毒性研究会でもこのような問題に取り組んだ演題がいくつか報告された。私の司会した演題は特にこうした観点からの研究報告が中心であった。

 まず,三共の木村らによって報告された [OP-9] HMG-CoA還元酵素阻害剤のマウス抗体産生能 (PFC) に及ぼす影響は2種の還元酵素阻害剤 (プラスタチンおよびシンバスタチン) をマウスに投与し,IgM抗体産生能を指標としたPFCへの影響を免疫毒性評価の観点から比較検討した。前者では変化がみられず,後者では有意な抑制が認められたが,その理由として,後者は疎水性で肝細胞と脾細胞の両方に取り込まれるのに対し,前者は親水性のため脾細胞には取り込まれ難く,肝細胞に選択的に取り込まれるという,両薬剤の細胞選択性の差が反映されたものであるとしている。このような免疫毒性の手法を用いて得られた結果に既知の毒性試験の結果を組み込み総合的に評価することは,免疫毒性試験法の妥当性を確認できるほか,既知の結果が更に補強される。

 また,第一製薬の服部らは [OP-10] キノロン系抗菌剤の液性免疫応答に対する作用と題して,キノロン剤のレボフロキサシン (LVFX) とシプロフロキサシン (CPFX) を用いてマウス生体内での抗ヒツジ赤血球 (SRBC) 抗体産生に対する作用を検討した。対照薬としてサイクロスポリンA (Cs A) が用いられた。抗SRBC抗体産性能は,CPFXおよび陽性対照のCs Aでは抑制がみられたが,LVFXでは有意な変化は認めなかったほか,Mitogen反応では,Con AおよびLPS刺激で反応の増強作用がみられた。一方,CPFXおよびCs AにおけるCon A刺激時のIL-2産生能では産生抑制がみられ,マウスの液性免疫応答にCPFXは抑制作用を示す可能性が示唆された。

 更に新しい試みの1つとして,萬有製薬の永見らは [OP-11] 細胞障害性物質の末梢リンパ球および好中球の核に対する影響をヒト,イヌ,ラットおよびマウスの血液に対して種々の薬剤が同じように障害性を与えるのかを検討した。その結果,薬剤の血液に対する障害性には明らかな種差のあることを報告すると共に,このようなin vitro試験はin vivoの変化を反映していると結論している。ヒトの血液を用いたこのようなin vitro試験についても臨床試験に入る前の有用な情報になるものと期待される。

 これら3つの演題の共通点はいずれもin vivoを念頭に置いた医薬品開発と関係のある研究である。今後もこのような着実な研究が医薬品開発における免疫毒性試験法に利用できるベースを形成するものと思われる。