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地球環境問題と免疫毒性


1995; No.1, p6-7


藤巻秀和
国立環境研究所

 われわれを取り巻く大気、水、土壌がいろいろな環境化学物質に汚染され、それがいまでは一国の問題ではなく地球上のあらゆる国家の問題として浮上してきている。生物のからだは、外界の環境変化に対して本来備わっている適応の機構を駆使して現在の地球環境中で生存してきている。しかし、もしその適応機構が何らかの因子により破綻するとその種は絶滅せざるをえなくなる。生体に備わっている免疫系は、細菌、ウイルス、寄生虫などの侵入に対する防御機構の一つとして重要な役割を果たしてきたと考えられている。しかしながら、環境化学物質がこの免疫機構を撹乱していろいろな疾病に関与してきていることが多くの研究で明らかになりつつある。現在の状態でますます化学物質が増加していくと、免疫機構破綻を招くということも否定できない。

 では、現在、われわれがどのくらいの環境化学物質の影響、あるいは、紫外線などの物理的環境因子の影響をこうむっているのかについては、残念ながら総合的に評価する指標がないので答はだせない状況である。そこで、日常の生活でも数万種類の化学物質に曝されているといわれているが、多種類の複合化学物質暴露をいかに測定し、その暴露量を評価したらよいのか解決法を求めて多くの研究が進行中である。また、同時にその影響評価のための鋭敏な指標の開発も盛んに行われている。

 地球環境問題については、オゾン層の破壊、地球温暖化、熱帯林の減少、砂漠化などについて研究が行われているが、生体の免疫系に関する問題としては紫外線増加による免疫系の抑制が身じかで緊急な問題であろう。

 紫外線照射の影響をもっともこうむりやすい部位として表皮がある。表皮の免疫系細胞としては、その90%以上を占めるケラチノサイトと抗原提示能を有するランゲルハンス細胞が存在する。ケラチノサイトから、IL- 1α、β、IL-3、IL-6、IL-8などのインターロイキンの他 コロニー刺激因子、増殖因子などさまざまなサイトカインが産生されることが明らかにされている。

 紫外線、中でも300nm付近のUV-B領域波長が皮膚に照射されると、表皮にあるtrans−ウロカニン酸がcis−ウロカニン酸にかわり、ケラチノサイトからのサイトカイン産生を増強させる。中でも、腫瘍懐死因子 (TNF‐α) の産生増強は抗原提示能をもつランゲルハンス細胞の機能に影響を与え、CD-8陽性の抑制性T細胞を誘導する。その結果、遅延型過敏反応などを抑制することによりMycobacterium bovisやHerpes simplexなどへの抵抗性の低下が認められる。cis-ウロカニン酸や抑制性因子によりTh1タイプのT細胞の不応答性の誘導や抗腫瘍活性の抑制も明らかになりつつある。UV-B照射による免疫系の抑制機構として明らかになっていることの概略を示したのが図1である。しかしながら、詳細についてはまだ不明な点が多く残されている。環境化学物質との複合影響の観点からの研究は皆無である。



 免疫学の急速な進展により、分子レベルでの多くの知見が蓄積されつつあり、その中で化学物質の影響指標としてどれが適しているかについて検索する研究が進められている。環境化学物質や紫外線照射などの問題はすでに地球環境問題になっており、その生体の免疫機構に及ぼす影響に関する研究についても研究者個人のレベルではすでに扱いきれない広がり深さを有している。

 免疫毒性研究も益々国内、国外の研究者間でネットワークを創りながら基盤を強化して進める時代になったと考えている。