≪Non-category (寄稿・挨拶・随想・その他)≫

医薬品開発における抗原性試験の現状


1995; No.1, p1-2


牧 栄二
ヤンセン協和梶@研究開発本部
日本製薬工業協会 医薬品評価委員会 基礎研究部会

ショック,薬疹,発熱,肝障害,腎障害,血液障害など,極めて多彩な症状を呈する薬物アレルギーの発生を前臨床試験の段階で予知し,防止することは安全性の高い医薬品を供給する上で必要なことである。医薬品開発時の安全性試験は厚生省より通知されている医薬品毒性試験法ガイドラインに従って実施されている。抗原性試験については,1977年の医薬品製造指針に初めて記述され,原則として全ての医薬品に対してその実施が要求されたが,試験内容については具体的に示されていない。1988年6月に医薬品毒性試験法ガイドラインの見直しが行われ,その際に抗原性試験ガイドライン (案)が当局より示された。しかしながら,翌年9月に通知された医薬品毒性試験法ガイドラインには,外用医薬品に関する皮膚感作性試験および皮膚光感作性試験の新ガイドラインは追加されたが,抗原性試験のガイドラインについてはその内容において種々問題があることから,公示されるに至らなかった。しかしながら,本邦では新規医薬品の抗原性に関する資料は承認申請時に要求されるものである。このような現況下,日本製薬工業協会 医薬品評価委員会 基礎研究部会 (以下製薬協と略す) においては,抗原性試験の実施状況の調査ならびに現行の抗原性試験を科学的に分析し,その問題点の解析を行い,当局と折衝を行ってきた。その活動の詳細については別の機会に報告することとし,ここではその活動結果ならびに現状について述べ,開発医薬品の抗原性試験が実施される際の参考にしていただきたい。

 それでは,この数年間製薬協において実施されてきた活動ならびに当局への対応について以下述べる。

 1991年に製薬協では,1988年6月に示された抗原性試験ガイドライン (案) に対してその取り下げもしくは大幅な修正を当局へ要望した。その根拠は,1) 本ガイドライン (案) が医薬品製造指針のニ−6) 抗原性を根拠に作成されていること,2) ニ−6) 抗原性では全ての薬物アレルギーの検出を求めているが,当分科会で実施したアンケート調査および基礎実験等において,現在試行中の試験法では全ての薬物アレルギーを検出することは困難で,アナフィラキシー・ショックの予知はある程度可能であるとの論証を得ていること,3) ニ−6) 抗原性に示されている内容に不適切な記述 (外用剤のMaximization試験) があることに基づくものであった。製薬協では,医薬品製造指針のニ−6)抗原性についての製薬協対案 (資料1および2) を作成し,当局へ提示した。しかし,この件に関する当局の反応は悪く,結論を得るに至らなかった。そこで,当局/衛試/製薬協によるICH-3のための新規テーマ検討会議において,抗原性試験の実施の問題も新規テーマの一つとして提案し,この問題を諸外国がどのように考えているかを含めてICH東京会議で検討して頂くことで合意を得た。ICH東京会議 (1994年3月) においてIndustry Caucusで新規テーマの検討が行われ,テーマの一つに抗原性試験が挙げられ検討された。その結果は,本邦における抗原性試験ガイドライン (案) の取り下げこそが一番のharmonizationであるとの結論であった。そこで,厚生省担当技官よりICH東京会議のSteering Committeeにおいて,本邦における抗原性試験ガイドライン (案) の取り下げが報告され,抗原性試験の実施について記載した医薬品製造指針ニ−6)抗原性の英文翻訳に間違いがあること (should be doneではなくA case-by-case approach should be takenである) 旨が報告された。その後今日まで,当局より取り下げた旨の正式な通知は出されていないが,1994年7月の新医薬品承認審査業務説明会(資料3) および1994年9月の医薬品製造管理者講習会 (資料4) において,"抗原性試験を実施する必要がないと考えられる場合には,試験を実施しなくてもよい"旨を実施しない場合の根拠例を挙げながら表明している。

 以上,抗原性試験実施の現況を述べたが,現在までのところ医薬品の抗原性を確実に予知できる的確な試験法が無いのが実状である以上,本試験を担当される研究者が,科学的根拠に基づいて本試験の必要性を判断し,理論的な裏付けのある試験を実施されることが望まれる。

資料1:
医薬品製造指針 (製薬協対案)
ニ−6) 抗原性

アナフィラキシー・ショックは時として人体に重篤な障害を惹起することがあるので,その発現を否定できない新医薬品については,抗原性を検討することが望ましい。

 通常,アナフィラキシー・ショックの発現を予知する方法として次のような検討がなされている。

(イ) 能動的全身性アナフィラキシー試験

(ロ) 受身皮膚アナフィラキシー試験

 試験は製剤の臨床における投与経路を考慮した上で,実験者が適当と判断した方法で実施すればよいが,有効成分それ自身の他,場合によっては製剤としての検討を行うことが望ましい。

 試験方法 (対象動物,惹起抗原,コントロール等) を明記し,成績についての考察を行うこと。なお,抗原性試験を実施しない場合はその理由を記載すること。

資料2:
医薬品製造指針 (製薬協対案) ニ−6) 抗原性の訂正理由

 本文の冒頭に記載されている試験目的は,ヒトにおける薬物アレルギー全般の検討を希望されているが,現在実施されている抗原性試験法ではヒトにおける薬物アレルギーの全てを予知することは不可能である。しかし,その薬物アレルギーの中で人体にたいして重篤な障害を惹起するアナフィラキシー・ショックについては現行の試験である程度予知できるため,試験目的をアナフィラキシー・ショックの予知に限定して記述した。また,対象となる新医薬品についても,ショックの発現を否定できない新医薬品と限定した。

 本文に記載された検討がなされている試験については,アナフィラキシー・ショックの検出に汎用されている試験を選択し,中でも特に予知性の高い試験名を明記した。また,特殊な薬物に関する具体的な検討事例については,試験方法も含めて解説書を作成し,そこで述べることとし,本文から削除した。

 ここで検討する抗原性は主に原体を使用して検討されることから,使用する試験方法の判断に"製剤の性質"は不要であり,削除した。また,"製剤の使用形態等"についても"製剤の臨床における投与経路等"と考慮する必要がある内容を明確にした。

 皮膚外用剤については,一般にアナフィラキシー・ショックの検討が実施されておらず,また皮膚外用剤については別にガイドラインが定められていることから,皮膚外用剤についての記述は本文中から削除した。
 最後に,原体の物理化学的性質等により試験実施が不可能な場合もあるため,次の文章"なお,抗原性試験を実施しない場合はその理由を記載すること"を追加した。

資料3:
新医薬品承認審査業務説明会 (1994年7月) の抜粋 (p15)

(5) 抗原性試験について

 抗原性試験については,かなり以前にガイドラインの案を示しており,各方面からのコメントなどをいただいておりますが,その後,正式なガイドラインを公表するに至っておりません。昭和55年5月30日薬発第698号薬務局長通知 別表2-(1) における医療用医薬品製造承認等の申請の際必要な提出資料については,抗原性試験は個々の医薬品により添付の必要性が判断されるべき資料であることが明記されていますが,製造指針などにおける「新医薬品については,その抗原性を検討することが望ましい」との文章が誤解を招く可能性があるため,現時点での資料受け入れに対する考え方を述べさせていただきます。

抗原性試験については,反復投与毒性,化学構造からみた抗原性の可能性など,科学的見地からみて特に試験を実施する必要がないと考えられる場合には,試験を実施せずに申請することは可能です。ただしこの場合には,試験を実施しない妥当性について概要中に示していただく必要がありますので,この点ご注意願います。

資料4:
医薬品製造管理者講習会 (1994年9月) の抜粋 (p25)

7.(2) 抗原性試験について

 抗原性試験については,正式なガイドラインを公表するに至っていません。

 抗原性試験については,反復投与毒性,化学構造からみた抗原性の可能性など,科学的見地からみて特に試験を実施する必要がないと考えられる場合には,試験を実施せずに申請することが可能です。ただしこの場合には,試験を実施しない妥当性について概要中に示していただく必要がありますので,この点ご注意願います。