≪免疫毒性試験の国際動向≫ ≪ICHガイドライン≫

ICH免疫毒性試験ガイドライン案


2004; 9(2), 4-6


中村和市
塩野義製薬株式会社 新薬研究所
澤田 純一
国立医薬品食品衛生研究所

2003年11月11日に免疫毒性試験がICH(日米EU医薬品規制調和国際会議)の新規トピックS8として承認された。ICH S8(免疫毒性試験)の専門家作業部会(EWG)においては、その後、ICH免疫毒性調査のデータ解析を行うと同時に、ICH免疫毒性試験ガイドライン案の作成作業を進めてきた。今回、2004年11月15日から18日にかけて開催されたICH横浜会議において、S8EWGが開かれたので、日本側出席者を代表して、その概要を報告したい。会議の出席者は以下の通りである。

●厚労省:澤田純一、笛木 修、山口光峰
●日本製薬協:中村和市、筒井尚久、久田 茂、佐神文郎
●EU:Jan Willem van der Laan, Henk van Loveren
●欧州製薬協:Steven Spanhaak, Jennifer Sims
●FDA:Kenneth L. Hastings, James L. Weaver
●米国製薬協:Thomas T. Kawabata, Stephen Durham

Health Canada:Tibor I. Matula(オブザーバー)今回の会議で、ICHのStep 2文書すなわちICH免疫毒性試験ガイドライン案が作成された。以下、今回S8EWGにおいて全会一致で合意に達し、主要6団体が署名したICH免疫毒性試験ガイドライン案の概要について述べたい。

今回のガイドライン案においては、免疫毒性の範囲を、低分子化合物の免疫抑制に限定し、免疫毒性評価の一般原則を以下のように定めた。

1) すべての新規治験薬について、免疫抑制を起こす可能性を評価する。

2) 免疫抑制の試験方法には、標準的毒性試験と追加の免疫毒性試験が含まれる。免疫毒性試験を実施するか否かについては、懸念事項の重大性を総合的に評価し決定する。


免疫毒性試験の必要性の検討の対象となる懸念事項としては、まず初期スクリーニングとしての一般毒性試験の結果で得られた知見がある。一般毒性試験における検討項目としては(1) 血液学的所見、(2) 免疫系臓器の重量及び病理組織学的所見、(3) 血清イムノグロブリン値、(4)感染症の増加、(5) がんの発生があげられる。これらの項目で見いだされた懸念事項を、統計学的および生物学的有意性、重篤度、用量依存性などの観点から勘案して、免疫毒性試験の必要性を判断する。

また一般毒性試験の結果の他に、以下の4つの要素を同時に考慮し、追加免疫毒性試験の必要性を決定する。

1) 化合物の薬理学的性質:化合物の薬理作用により、免疫抑制作用を引き起こす可能性。

2) 対象患者集団:免疫抑制状態にある患者さんに用いられるか否か。

3) 既知免疫抑制化合物との構造的類似性:免疫抑制の知られている化合物と類似の化学構造を有するか否か。

4) 薬剤の蓄積性:原体や代謝物が免疫系細胞や臓器に蓄積するかどうか。

上述のように、一般毒性試験の結果及び上記4つの要素の中から見いだされた懸念される要因に関して、その重大性を評価する。このうち1つでも免疫毒性に関する重大な懸念を認めた場合には、免疫毒性試験を実施するか、免疫毒性試験を実施しないときはその科学的な理由を示さなければならない。

免疫毒性試験においては、免疫毒性の標的細胞が不明な場合はT細胞依存性抗原に対する抗体産生能を検討することを推奨している。また化合物の各白血球ポピュレーションに与える影響を調べることは臨床でのバイオマーカーを決めるうえでも有用であることが記載された。

原則として、免疫毒性試験における動物種、投与期間、用量及び投与経路は、免疫毒性所見の認められた一般投与毒性試験と同じにすべきである。一般的にはラットを用いた1ヶ月経口投与試験となることが多いと予想されるが、非げっ歯類を用いることもできる。用量を決める上での注意点としては、無毒性量からストレスのような間接的に免疫系に影響を及ぼすことのない用量の間で複数の用量を設定し用量相関性を調べることとされた。

免疫毒性試験で免疫毒性所見が認められなかった場合は、さらにフォローアップ免疫毒性試験を実施する必要はないが、免疫毒性所見があった場合には、免疫毒性作用を受ける細胞の特定や作用機序の検討が必要とされる。その際には、NK細胞活性試験、宿主抵抗性試験やマクロファージの機能試験などの実施を含めることができる。

免疫毒性試験を実施する場合は、多数の患者集団に投与される前に行うことが必要とされた。また、免疫抑制状態にある患者集団に投与される場合は、その時期を早める必要がある。

またガイドライン案の付属文書には、免疫毒性試験に関連する事項として、一般毒性試験における免疫毒性に関する検査項目が記述され、さらに、T細胞依存性抗原に対する特異抗体産生試験、白血球ポピュレーション等の検査、NK細胞活性試験、宿主抵抗性試験、マクロファージや好中球の機能検査、細胞性免疫に関する試験を実施する上での留意点が述べられている。


今回のガイドライン案作成に至る経緯に関して、簡単にふれたい。これまでも、ICH免疫毒性調査の結果等をもとに、全ての新規医薬品の承認申請において、免疫毒性試験を実施する必要はなく、一般毒性試験において免疫毒性学的所見が認められた場合を中心に追加して免疫毒性試験を実施すべきであるという考え方には、EWG内でもコンセンサスが得られていた。しかし、一般毒性試験の結果の如何に関わらず免疫毒性試験を考えるべき条件に関しては、意見の相違があった。例えば、薬理作用として、標的細胞と免疫系細胞に共通な受容体へ作用する薬剤、また、抗炎症剤等のように、一部の免疫系細胞に作用する薬剤に対する考え方をどのようにするかについては、会議前までに結論が得られておらず、今回の会議でも議論の焦点の一つであった。これらの点については、最終的には、これら薬剤の薬理学的特性などの重要性を勘案した上で免疫毒性試験実施の必要性を決定することになった。

またリンパ節の重量については、ばらつきが大きいこともあり測定項目に加えるかどうかが議論されたが、最終的に、必ずしも必須ではないオプションとする形となった。宿主抵抗性試験の意義についても議論があったが一つのエンドポイントとしてとりあげられた。なお、薬剤自身が移植腫瘍の増殖に影響を与える場合などの注意点が盛り込まれた。


ガイドライン最終化に至るまでの今後のスケジュールを以下のように考えている。日本では本ガイドライン案の邦訳が必要とされるが、2004年12月には日米欧の製薬企業に同案を配布し、2005年1月から4月にかけてパブリックコメントを求める。本ガイドライン案は、いずれ、国立医薬品食品衛生研究所等のホームページにも掲載されることになろう。2005年5月に開催予定のICH免疫毒性専門家作業部会会議ではパブリックコメントを検討し、ガイドライン案に反映させる作業を行う。そして2005年11月には最終ガイドラインを公表する予定にしている。


なお、今回の会議では、ICH免疫毒性調査報告書ついてもICH運営委員会に提出された。現在、S8EWGで、公表論文の形で公開するための作業を行っている。