≪免疫毒性試験の国際動向≫ ≪ICHガイドライン≫

免疫毒性試験ガイドラインの国内外の動向


1995; No.1, 5-6


三森国敏,高橋道人
国立衛生試験所病理部

 免疫毒性の検出には,従来から実施されている薬物アレルギー (免疫原性) を予知するための抗原性試験や皮膚感作性試験のほかに,抗原特異性を示さない免疫抑制や促進作用等,狭義の免疫毒性の検討が必要であるとして,米国や欧州ではこれに関連する試験法が提案されている。一方,我国では一般化学物質,食品添加物や農薬等の薬品の毒性試験ガイドラインにおいては,この狭義の免疫毒性についての試験の実施は今のところ義務づけられてはいない。

 本稿では米国や欧州で提案されている免疫毒性試験法の概略を述べると共に,我国での免疫毒性試験ガイドラインの現状と公表が近い食品添加物の免疫毒性を考慮にいれた毒性試験ガイドラインの方向性について紹介する。

 米国National Toxicology Program (NTP) では,免疫毒性のスクリーニング試験とさらに詳細な機能試験を盛り込んだマウスを用いた段階的評価法が提案されている。段階Tでは,一般的に用いられている血液検査,脾や胸腺の秤量,リンパ造血器の病理組織学の他に,細胞性免疫 ( マイトジェンに対するリンパ球幼若化等) ,液性免疫 (ヒツジ赤血球に対するIgM抗体プラーク形成細胞反応等) や非特異的免疫 (NK細胞による細胞毒性) の三つの検査法が含まれており,これらの検査法から免疫機能・形態異常を起こし得る化学物質をスクリーニングすることができる。段階Tで免疫毒性の可能性が示された場合,段階Uの免疫病理学では,マクロファージやリンパ球の表面マーカーに対する免疫組織化学検査を実施し,T細胞やそのサブセット,B細胞,マクロファージ等の定量を実施する。その他,機能試験法として,宿主抵抗性モデル (PYB6肉腫可移植性同種腫瘍に対する感受性実験等),細胞性免疫 (遅延型過敏症等),液性免疫 (ヒツジ赤血球に対するIgG抗体プラーク形成系細胞反応) やマクロファージ機能 (貧食能や細胞溶解) 等を実施する。

 米国環境保護庁 (EPA) も農薬の生物化学的害虫制御物質のガイドラインにおいてラット・マウスを用いた段階的試験方式を提案している。段階Tでは,通常のスクリーニング検査項目に加えて,一種の機能試験を実施することになっている。段階Uでは,宿主抵抗性試験のみならず,免疫毒性作用からの回復時間の推移が要求されている。その他,EPAは通常の農薬 (合成化学品) の評価においても免疫毒性スクリーニングを実施した方が良いと提案しているが,機能試験を含まない通常の検査項目を免疫毒性スクリーニングとして毒性試験に組み込むことを勧告している。

 米国の食品医薬品局 (FDA) では,食品添加物についての反復投与毒性試験ガイドラインの修正案が提案されている。その中では,NTPの段階的免疫毒性試験法の一部が採用されており,免疫毒性についてもNTPとは異なるが,ラットを用いて検討することが盛り込まれている。段階T試験は,血液学・生化学,通常の病理組織学,臓器重量等を含む基本型検査と採取材料から回顧的に実施される拡大型検査の二つに分けられている。さらに,詳細な段階Tのスクリーニング法として,脾の細胞密度,B/T細胞の定性,NK細胞機能検査の実施が勧告されている。段階U試験では,既知感作原等による感作が行われ,液性免疫反応,遅延型過敏反応や可逆性についての評価等の機能検査の実施や宿主抵抗性モデルの実施が勧告されている。

 一方,欧州では,オランダ国立公衆衛生環境保護研究所 (NIPHEP) においても段階的評価法が提案されているが,段階TではNTPのそれと異なり,機能試験を含まない方式をとっている。段階Uで初めて機能試験が導入されている。経済協力開発機構(OECD) では,従来の28日間反復投与毒性試験ガイドラインに,さらに免疫毒性の検出力を強化した免疫毒性スクリーニングを導入することが検討されていたが,機能検査の追加に対しては加盟国からの反対が強く,段階的評価法を盛り込んだ免疫毒性試験法は今のところ導入されていない。

 一方,我国では,医薬品で抗原性,皮膚感作性,皮膚光感作性が,また,農薬で皮膚感作性等免疫原性についてのガイドラインが公表されているが,米国NTPやFDAが提案している免疫毒性ガイドラインと同様なものはいずれの化学物質規制法においても提案されていない。現在公表されている医薬品,農薬や一般化学物質等の反復投与毒性試験ガイドラインにおいて測定すべき免疫毒性関連検査項目としては,末梢血の白血球数,白血球百分比,血中A/G比,胸腺・脾・リンパ節・骨髄の組織検査等があげられているのみであり,これらでは免疫毒性の評価は困難である。最近,食品添加物の安全性に関する毒性試験ガイドライン案の作成が我国でも進行中である。その中では,米国FDAの食品添加物についての毒性ガイドラインの修正案に対応して通常の毒性試験検査項目に加えて免疫系への影響を観察するための検査項目が追加されている。段階的評価法の導入については具体的な方法の明示はされていないが,免疫毒性が疑われる場合には骨髄構成細胞比,NK細胞活性や脾リンパ球組成等NTPで提案されている検査項目のいくつかが新たに追加されるようである。

 以上のように,米国や欧州では段階的アプローチの考え方に根本的な差異があるものの,免疫毒性をさらに詳細に検討しようとの動きが明白である。一方,我国では,国外での規制の動きがばらばらであることから,医薬品を除いた他の化学品についての毒性試験ガイドラインの見直しは遅々として進んでいない。ガイドラインの国際調和にはさらに十分な検討が必要であるが,我国においても,まず,欧米諸国での免疫毒性試験法を考慮に入れた同様なガイドラインの作成が早急に望まれる。