≪Immunotoxicology 最前線≫

Asbestosによるリンパ球細胞死の検討


2004; 9(1), 7-9


大槻剛巳,三浦由恵,高田晶子,兵藤文則
川崎医科大学衛生学

繊維状物質の中の,天然鉱物繊維にはアスベスト,セピオライト,ウォラストナイトなどがある1)。石綿肺に合併する肺癌や悪性中皮腫の例を挙げるまでもなく,発がん性が問題となるが,それには物理学的性状(長さや表面など)と化学的性状や,OHラジカルの産生などが問題になるようである2-7)

一方,鉱物学的にはsliconはSi: 珪素元素であり,silicaとはSiO2: 珪酸である。生体影響として問題になるのは,crystalline silica でありスレート剤等で広く使用されている。また,医療的に汎用されているsilicone は合成ポリマーであり[-SiR2-O-]nの化学式で表される。加えて,元素としての珪素は,土中等に広く分布しており,その曝露としての塵肺症の形成が,産業衛生・環境医学的にも問題となっているが,これらは,Na, Mg, Al, K, Ca, Feなどと結合したSilicate: 珪酸塩として存在している。

繊維状物質ということで前記したasbestos もsilicateである。asbestosの中には,chrysotile, crocidolite,amosite などが種類として挙げられるが,それぞれ3MgO-2SiO2-H2O, NaFe(SiO2)2-Fe2SiO2-H2O, 1.5MgO-5.5FeO-2SiO2-H2O という結合塩となっている8)

我々の教室では,前 植木教授の頃より珪酸化合物の免疫影響を検討してきているわけであるが,それは塵肺症,中でも珪肺症に合併する自己免疫疾患の報告が古くよりなされており9-12),成書にも記載されていることによる。ちなみに現在の本邦での衛生・公衆衛生関連の教科書にもその記載のあるものもあるし,症例報告としては,産業医学領域のみならず,現在でも学会等での報告が多く見られる。

実際にその発症機転を検討するにあたって,我々はasbestos fiberの国際標準品を南アフリカ連邦共和国国立産業衛生研究所より配布を受けて主にchrysotile-A, 同-Bを用いて,検討を進めている。またいわゆるsilicaについては,産業医科大学呼吸病態学 森本泰夫教授よりMin-U-Silicaの標準品を分与されて使用させていただいている。

これらの検討について予め述べておくべき事項としては,教科書的,臨床的には,合併症としての免疫異常が生じるのはいわゆる珪肺症,遊離珪酸によって肺病変の起こる病態であり,一方,石綿(アスベスト)吸入によって惹起される病態は,石綿肺となり合併症としては,前述のごとく,肺癌であり悪性中皮腫であるという現実である。但し,我々は鉱物学的にもasbestosがそのコアの部分にSiO2を含む珪酸塩であることより,特にinvitroの実験系においてはasbestos fiber による免疫担当細胞の変化を検討することにより,珪酸による免疫異常惹起13-15)のモデルとして考察しようという立脚点において検討を進めてきた。最近では,同じfiberであってもchrysotile-Aと同-Bの影響の差異や,これらとMin-U-Silica との違いの検討にも研究を進展させつつあるところであるが,まだまだその端緒についたという状況である。

これらの検討のうち,臍帯血由来でHTLV-1ウィルスによって不死化した多クローン性T細胞株であるMT-2細胞16-17)へ,chrysotike-Aをin vitro曝露した際のapoptosisの出現について紹介する。

MT-2細胞を,0, 10ならびに25μg/mlのChrysotile-Aと供培養し,3日目に細胞を集め,whole cell lysate,もしくは細胞質とミトコンドリア画分から蛋白を抽出し,Western blotting法にて,apoptosisに関連する蛋白の変化を検討してみた。

図は,一般的なapotosisの細胞内シグナル伝達機構を示し,Death factor(Fas ligand, Trail, TNFαなど)からのシグナルは,Death receptor(Fas, DR4, DR5, TNFR1など)を介して,Caspase 8の活性化の後,Caspase 3の活性化を経て,DNA分断化を直接司るCADをICADから放つことにより,apoptosisを完成させる経路に繋がる。この経路からはBidのtruncation を介して,もう一方のミトコンドリア経路に繋がる副経路も存在している。また,ストレスや毒性物質による細胞障害では,MAPキナーゼ経路の中のJNKやp38のリン酸化による活性化がミトコンドリアへ伝わり,Bcl2/BAXで代表されるBcl2ファミリーのpro-とanti-apoptotic な分子のバランスをpro-側優位に導き,例えばBaxなどはミトコンドリアから細胞質へのtranslocationが認められる。ミトコンドリアは,膜電位の低下により,膜表面のドアが開くことによってcytochrome cの細胞質への放出,Apaf-1のリクルートを介したCaspase 9の活性化を起こし,Caspase 3の活性化を惹起する。また,AIF分子により核へapoptosisのシグナルを伝える。



今回の検討で用いたMT-2に見られる変化としては,パネル(白抜き)Aでは,JNKの活性化,BではBAXの増加,CでのBAXのtranslocation,Dでのchytochrome cの細胞質への放出(C, Dのパネルでは,Cy: cytoplasma ならびにMi: mitochondria分画でのバンドの濃さを対照されたい),E,Fのパネルで見られるCaspase 9及び3の活性化が確認できた。なお,apoptosisの出現は同条件の細胞のTUNEL法による検出で確認した。

このようなapoptosisの経路が,実際の症例では長期慢性反復性曝露の結果,なんらかの破綻を来して,apoptosisが生じないようになってくると考えると,そのTリンパ球の中に,自己認識クローンが含まれていれば,将来的な自己免疫異常の惹起が見られる可能性がある。

但し,実際の症例ではFas経路の異常も生じており,一概にある分子の異常というだけでなく,複合的な破綻によって塵肺症での免疫異常が誘発されていると思われ,今後も精力的に解析を加えていかなければならないと考えているとともに,環境免疫学に携わる教室の一つとして,広範な視点にたった上で,今後も種々の検討を深めて行きたいと思う。

謝辞
平成15年度まで我々の教室の研究補助員であった坂口治子氏(現 本学組織培養免疫センター)のご協力に深甚なる謝意を表します。また現在の研究補助員である幡山圭代氏,畑田聡美氏に厚く御礼申し上げます。

文献
1. 神山宣彦.繊維状物質.労働衛生39: 695-697,1998
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