樹状細胞などの抗原提示細胞によって取り込まれた抗原タンパク質はペプチドにまで分解されたのち最終的には主要組織適合性抗原(major histocompatibility antigen; MHC抗原)上に提示されるようになるが、T細胞はこの抗原を外界刺激として受容・認識したのち最終的な表現形として種々のサイトカインを発現するようになる(図2)。この抗原刺激を最初に受容するのが言うまでもなくT細胞受容体(T cell receptor; TCR)である。また、B細胞においても細胞膜上にある免疫グロブリンがB細胞受容体(B cell receptor; BCR)として機能し、直接抗原分子の表面にある抗原決定基と特異的に結合し刺激を受容することになる。TCR、BCRはともにその細胞内領域にチロシンキナーゼ(protein tyrosine kinase; PTK)ドメインを持たず、それのみではリガンドを認識してもシグナルが伝達されない。そのためTCRやBCRは、細胞内領域にITAM(immunoreceptor tyrosine-based activation motif)と呼ばれるシグナル伝達に必須のアミノ酸配列を有するサブユニットとの複合体として発現している。
T細胞(図2)ではTCRがMHC抗原上の抗原ペプチドを認識すると同時に、ヘルパーT細胞の場合CD4がMHCクラスⅡ分子に、また細胞傷害性T細胞の場合はCD8がMHCクラスⅠ分子にそれぞれ結合しTCRとMHC複合体の結合を安定化させる1，2)。その後、細胞内では様々なタンパク質のリン酸化が起こることになる。まず、CD4/8の細胞内ドメインに会合するLck(SrcファミリーPTK)が活性化され、TCRと複合体を形成しているCD3のITAMがチロシンリン酸化を受ける。そのリン酸基にZAP-70(SykファミリーPTK)がその分子内に有するSH2ドメインを介して会合し、それによりZAP-70はLckからリン酸化を受けキナーゼとして活性化し更に下流の基質をリン酸化し活性化シグナルを伝える。ZAP-70の基質となるのはLAT(linker for activation of T cell)やSLP-76などのアダプター分子である。SLP-76はSH2ドメインを介してVavと会合しRac/JNK(c-Jun N-terminal kinase)経路を活性化して転写因子AP-1(activator protein-1、FosとJunのヘテロダイマー)のリン酸化を誘導する。一方LATは多くのチロシン残基を有し、リン酸化によりPLC(phospholipase C)やGrb2などと結合しこれら分子を細胞膜に移行させる。LATとGrb2が結合すると、Grb2内のSH3ドメインを介してSosが会合し、Ras/MAPK(mitogen-activated protein kinase)経路が活性化される。MAPKはFosの転写を誘導する。また、PLCの活性化により小胞体からCa2+放出が引起される。細胞内Ca2+濃度の上昇によりホスファターゼであるCN(calcineurin)が活性化され、細胞質内にリン酸化状態で存在する転写因子NF-AT(nuclear factor of activated T cell)を脱リン酸化し核内へ移行させる。核内へ移行したNF-ATは先述したAP-1と会合しIL-2などのサイトカイン遺伝子の転写を誘導する。
ところで、T細胞が活性化されるためにはTCRからの抗原認識シグナル(第1シグナル)のみでは不十分で、T細胞－抗原提示細胞間の補助刺激(co-stimulation)シグナル(第2シグナル)が重要な役割を果たしている3,4)。補助刺激分子のレセプターとしてはCD28分子などが存在し、抗原提示細胞上のCD80、CD86をリガンドとして結合する。活性化したCD28はPI3K(phosphatidyl inositol 3-kinase)やPKCθ(protein kinase C θ)と会合しNF-кB(nuclear factor-кB)経路やMAPKファミリーであるJNK･p38経路を活性化すると考えられているが、そのシグナル伝達系は未だに不明な点が多い。
B細胞ではT細胞と全く異なる抗原認識様式をとるにもかかわらず、その複合体構造およびシグナル伝達系が類似しており、BCR/CD79複合体を介する第1シグナルと補助レセプターを介した第2シグナルが存在する。BCRが刺激されるとLyn(SrcファミリーPTK)が活性化され、CD79のITAMがチロシンリン酸化を受ける。B細胞ではT細胞のZAP-70の代わりにSykキナーゼがITAMのリン酸化チロシンと会合し活性化を受け、下流にシグナルを伝えていく。BCR刺激による主な経路はT細胞の時と同様、PLCの活性化によるCa2+経路およびMAPK経路、Rac/JNK経路及びPI3K経路が知られている。
以上、T細胞およびB細胞が抗原を認識し種々の遺伝子発現に至るまでの流れについてその概略を述べた。次に、免疫毒性作用を示す物質が免疫系のシグナル伝達因子に作用し破綻を生じるまでの機構について、免疫毒性(抑制)物質または因子として知られているものをいくつか例にあげて説明したい。
活性酸素は、外界から細菌が侵入すると好中球やマクロファージなどの細胞から産生される。この活性酸素は殺菌作用を示し生体の免疫システムに関与しているが、過度に放出されると血管拡張や血管透過性が亢進し炎症が引き起こされ組織傷害的に働く。このように抗酸化防御システムがうまく働かずに起きる活性酸素による害は酸化ストレスと呼ばれる。酸化ストレスはリンパ球において、PLCの活性化を介して下流応答を誘導するZAP-70をレセプター非依存的に活性化することでPTK依存性シグナルの制御を破壊する5)。PLCの活性化により細胞内Ca2+濃度が上昇し、Ca2+調節不全を引き起こす。また第1シグナルを減弱させ、アポトーシスを誘導する。酸化ストレスと通常の第1シグナルはPLCの活性化に関連する共通のPTKを活性化するが、それらは異なるメカニズムを介した経路でシグナルを伝達する。多環芳香族炭化水素(PAHs)もPTKの活性化をレセプター非依存的に誘導する。さらに小胞体膜状のCa2+-ATPaseポンプ(sarcoplasmic/ endoplasmic reticulum Ca2+-ATPase; SERCA)を阻害することでCa2+の小胞体への再取り込みを阻害し、細胞内Ca2+濃度を上昇させる。また酸化ストレスによってHO-1(heme oxygenase-1)の産生も誘導される6,7)。HO-1はヘムを分解する酵素であり、肝臓や脾臓で高レベルに発現している。HO-1はLPS刺激によっても誘導され、その際炎症性サイトカインであるIL-1α/βや一酸化窒素、TNF-αが関与しているとの報告がある。HO-1遺伝子はJNKなどの経路を介してAP-1が活性されることで発現される。
汚染物質として有名なTCDD(2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin)などのハロゲン芳香族炭化水素(HAH)は、未熟なCD3CD8DP胸腺細胞の減少を伴う胸腺の萎縮を誘発する8)。また、B細胞の初期シグナルに作用し抗体産生応答を抑制することが知られている5)。TCDDは細胞質内に存在するAh(aryl hydrocarbon)レセプターと結合し、DRE(dioxin response element)と呼ばれる領域に結合してP450酵素等の産生を誘導する。c-fosやc-junなどの初期応答遺伝子のmRNA発現もTCDDにより促進され、AP-1の誘導が起こる。さらにTCDDは、PLC活性には影響を及ぼさないがPTKを活性化しMAPKKの活性化を促進する。また、SERCAの阻害やIP3の産生による小胞体からのCa2+遊離とは異なるメカニズムで細胞内Ca2+濃度を上昇させ、B細胞の応答を抑制する。
ジブチルスズなどの有機スズ化合物は、胸腺の萎縮を誘発し、細胞性および液性免疫を抑制する9)。有機スズ化合物はゴルジ体や小胞体に特異的に蓄積しその膜や構造を破壊する。小胞体の破壊によってIP3からのCa2+遊離が起こらず、最終的にDNA合成が阻害される。胸腺のリンパ球のような増殖細胞は有機スズ化合物に対する感受性が高く、上記のようにまず細胞増殖が阻害されその結果アポトーシスが誘導されていると考えられる。
また免疫抑制剤を例にとってみるとcyclosporin Aやtacrolimus(FK506)は細胞内のシクロフィリン、FKBP(FK結合タンパク質)とそれぞれ結合して複合体となる。複合体はCNに特異的に結合してその作用を抑え、エンハンサーに結合してIL-2遺伝子を発現させるNF-ATの脱リン酸化と核への移行を抑制する。この作用はIL-2遺伝子の転写を抑制できていることから、臓器移植における拒絶反応の抑制に用いられている。また上述したようにTCRシグナルとCD28シグナルの共存によりJNK･p38経路が活性化されるが、cyclosporin Aやtacrolimusは共に両経路の活性化を阻害するとの報告がある10)。Cyclosporin Aやtacrolimusの作用点はこれらMAPKファミリーの助閏に存在するMAPKKKそのもの、もしくはさらに上流の分子であり、この抑制作用は古典的MAPKおよびストレス応答に伴うJNK･p38の活性化には影響を及ぼさないことからT細胞の活性化経路に特異的なものであると考えられている10)。
その他、転写因子NF-кBも免疫応答に重要な役割を果たしている4)。NF-кBの各サブユニットの欠損マウスは、B細胞およびT細胞の発達に重大な異常は見られないが、増殖、活性化、サイトカイン産生およびB細胞における抗体のクラススイッチを完全に抑制することが知られている。したがって、このシグナル伝達部位に作用する免疫毒性物質も考えられる。
免疫毒性の発現機序解明において細胞内シグナル伝達に及ぼされる影響について考えることは重要と言える。また、トキシゴゲノミクスあるいはプロテオミクスの領域においてもシグナル伝達物質の発現の変化をいち早く捉えていくことは有用と考えられる。今後さらに様々な免疫毒性化合物の細胞内シグナル伝達に及ぼす影響が調べられていくものと期待される。
参考文献
1) Nel, A.E. (2002) T-cell activation through the antigen receptor. Part 1: Signaling components, signaling pathways, and signal integration at the T-cell antigen receptor synapse. J. Allergy Clin. Immunol., 109, 758-770
2) Kobata, T. and Morimoto C. (1999) T cell receptor and its related molecules in signal transduction. Nippon Rinsho, 57(2), 273-277
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5) Holsapple, M. P., Karras, J. G., Ledbetter, J. A., Schieven, G. L., Burchiel, S. W., Davila, D. R., Schatz, A. R. and Kaminski, N. D. (1996) Molecular mechanisms of toxicant-induced immunosuppression: role of second messengers. Annu. Rev. Pharmacol. Toxicol., 36, 131-159
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7) Oguro, T., Takahashi, Y., Ashino, T., Takaki, A., Shioda, S., Horai, R., Asano, M., Sekikawa, K., Iwakura, Y. and Yoshida, T. (2002) Involvement of tumor necrosis factor a, rathe than interleukin-1 α/βor nitric oxdes in the heme oxygenase-1 gene expression by lipopolysaccharide in the mouse liver. FEBS Letter, 516, 63-66
8) McConkey, D. J., Hartzell, P., Duddy, S. K., Hakansson, H. and Orrenus, S. (1998) 2,3,7,8-Tetrachlorodibenzo-p-dioxin kills immature thymocytes by Ca2+-medizted endonuclease activation. Science, 242 (4876), 256-259
9) Arakawa, Y. (1997) Biological activity of tin and immunity. Sangyo Eiseigaku Zasshi, 39(1), 1-20
10) Matsuda, S. and Koyasu, S. (2000) A second target of cyclosporine A and FK506. Tanpakushitu Kakusan Koso, 45(11), 1823-1831
略語
AP-1:activator protein-1
CN:calcineurin
DAG:diacylglycerol
IP3:inositol 1,4,5-trisphosphate
ITAM:immunoreceptor tyrosine-based activation motif
JNK: c-Jun N-terminal kinase
LAT:linker for activation of T cell
MAPK:mitogen-activated protein kinase
MHC:major histocompatibility complex
NF-AT: nuclear factor of activated T cell
PI3K: phosphatidyl inositol 3-kinase
PIP3: phosphatidyl inositol 3,4,5-trisphosphate
PKC: protein kinase C
PLC: phospholipase C
PTK: protein tyrosine kinase
SLP-76: SH2 domain-containing leukocyte protein of 76 kD
TCR: T cell receptor
ZAP-70: Zeta-associated protein-70