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≪第17回大会 奨励賞≫
農薬による核内受容体RORα/γ を介したIL-17遺伝子発現に及ぼす影響
小島 弘幸1、武内 伸治1
高橋 美妃2、室本 竜太2

1北海道立衛生研究所・健康科学部、
2北海道大学大学院薬学研究院・衛生化学研究室)

緒言
 レチノイド関連オーファン受容体(ROR)は、エストロゲン受容体(ER)などとともに核内受容体スーパーファミリーに属する転写因子である1)。近年、Th17と呼ばれるインターロイキン(IL)-17を特異的に産生するヘルパーT細胞の一群による免疫異常症への関与が注目されており、この細胞分化を制御するマスター遺伝子としてRORα/γ が報告されている2)。このことから、環境化学物質のRORα/γ を介する作用を明らかにすることは、免疫異常を伴う各種疾患への環境化学物質の関与を解明する上で重要と考えられる。
 本研究では、RORα/γ を介するレポーター遺伝子アッセイ法を確立し、様々な化学構造を有する農薬200物質におけるRORα/γ 活性のスクリーニング試験を行った。その結果、いくつかの農薬にRORα/γ インバースアゴニスト活性を見出し、これらの活性を有するアゾール系殺菌剤がマウスTリンフォーマ細胞でのIL-17遺伝子発現を特異的に抑制することを認めたので報告する。

材料と方法
 試験物質:農薬200物質(内訳:有機塩素系29、ジフェニルエーテル系11、有機リン系56、ピレスロイド系12、カーバメート系22、酸アミド系12、アゾール系9、トリアジン系7、尿素系6、その他36)の分析用標準品を使用した。また、RORα/γ インバースアゴニストの陽性対照物質としてT09013173)を使用した。RORレポーター遺伝子アッセイ:チャイニーズハムスター卵巣由来(CHO)細胞に、RORα/γ 発現プラスミド、RORE-lucレポータープラスミド、コントロールプラスミド(pCMV-βGal)をFuGene6(Roche社)により導入した。細胞に化学物質を添加し24時間培養後に細胞内に産生されたルシフェラーゼの酵素活性を測定した。免疫細胞でのIL-17遺伝子発現解析:ROR活性を有する農薬をIL-17誘導剤(PMA/ionomycin)とともにマウスTリンフォーマEL4細胞に添加し16時間培養した。培養後にTRIzol試薬を用いてtotalRNAを調製し、RT-PCR法によりIL-17、IL-2、RORγ及びβ-actinの遺伝子発現を調べた。

結果
1)農薬200物質におけるROR活性のスクリーニング
 RORレポーターアッセイによる農薬200物質のスクリーニング試験において、転写活性を増強するアゴニスト活性を認めなかった。しかしながら、有機塩素系、ジフェニルエーテル系あるいはアゾール系に属する農薬8物質(1 〜 30μM)に自発的なRORα/γ 転写活性を抑制するインバースアゴニスト活性を見出した。なお、T0901317はRORα及びRORγアッセイにおいて、それぞれ3 〜30μM 及び0.3 〜 30μMの濃度で用量依存的にインバースアゴニスト活性を示した。

2)アゾール系殺菌剤によるIL-17遺伝子発現に及ぼす影響
 RORα/γ インバースアゴニスト活性を有するアゾール系殺菌剤5物質(イマザリル、イミベンコナゾール、テトラコナゾール、トリフルミゾール、ヘキサコナゾール)によるEL4細胞でのIL-17遺伝子発現の影響を調べたところ、IL-2、RORγ及びβ-actin mRNAの発現に影響を与えず、IL-17 mRNAの発現を用量依存的に抑制することを認めた。この抑制活性の強さは、イミベンコナゾール> トリフルミゾール ≒ ヘキサコナゾール > テトラコナゾール ≒ イマザリルであり、レポーター遺伝子アッセイ法で得られたRORインバースアゴニスト活性と良く一致した。なお、T0901317はIL-17遺伝子発現を0.1 〜 10μMの濃度で用量依存的に抑制した。

考察
 これまで我々は、農薬200物質におけるERやPregnane X receptor(PXR)などの核内受容体アゴニスト・アンタゴニスト作用を明らかにしており4,5)、本研究では、RORα/γレポーター遺伝子アッセイ法を確立し、農薬200物質の中から8物質にRORα/γ インバースアゴニストであることを見出した。ER及びPXR活性が多くの農薬に認められるのに対して、ROR活性を有する農薬の数は少ないことから、RORリガンド結合部位は化学物質に対する特異性が比較的高いと推察された。RORα/γ インバースアゴニスト活性を示し、かつ、IL-17遺伝子発現を抑制したアゾール系殺菌剤の化学構造は、既報3)のT0901317と類似しており、EL4細胞を用いたIL-17遺伝子発現への抑制作用がリガンド依存的であったと考えられる。Th17細胞の増殖・分化は、微生物排除などの自然免疫の一躍を担っている一方、乾癬や炎症性腫瘍などの自己免疫疾患に深く関わっている1)。最近、T0901317が自己免疫疾患モデルマウスにおいてもIL-17産生抑制を示す6)ことが報告されたことから、本研究で見出されたアゾール系殺菌剤においても、in vivoでIL-17産生を抑制する可能性があると考えられる。以上の結果より、環境中にはRORα/γを介してIL-17発現を負に制御し、Th17細胞分化に影響を及ぼす可能性のある化学物質の存在が推察された。また、本研究で確立したRORレポーター遺伝子アッセイ法はTh17細胞分化に影響を及ぼす化学物質を探索するスクリーニングシステムとして極めて有用であることが示唆された。今後は、さらに多くの環境化学物質についてROR活性を調べ、それらのTh17細胞によるIL-17産生への影響を調べる予定である。

謝辞
 このたびは第17回日本免疫毒性学会・奨励賞を賜り、年会長の藤巻秀和先生をはじめ選考委員の諸先生方に厚く御礼申し上げます。近年、環境化学物質による核内受容体を介した内分泌系へのかく乱作用が環境ホルモン問題として大きな話題となりましたが、核内受容体を介した免疫毒性研究は、今後の興味ある研究領域と考えております。今後とも皆様のご指導ご鞭撻を仰ぎつつ、核内受容体をKey Wordにした免疫毒性研究に取り組む所存でありますので、何卒よろしくお願い申し上げます。終わりに臨み、RORα/γ 発現プラスミド及びRORElucレポータープラスミドを供与して頂きましたAnton M. Jetten博士(米国立環境衛生研究所:NIEHS/NIH)に感謝申し上げます。

文献
1) Jetten, A. M. (2009) Retinoid-related orphan receptors (RORs): critical roles in development, immunity, circadian rhythm, and cellular metabolism. Nuclear Receptor Signaling, 7:1-32.
2) Ivanov, I. I., McKenzie, B. S., Zhou, L., Tadokoro, C. E., Lepelley, A., Lafaille, J. J., Cua, D. J. and Littman, D. R. (2006) The orphan nuclear receptor RORγt directs the differentiation program of proinflammatory IL-17+ T helper cells. Cell, 126:1121-1133.
3) Kumar, N., Solt, L. A., Conkright, J. J., Wang, Y., Istrate, M. A., Busby, S. A., Garcia-Ordonez, R. D., Burris, T. P. and Griffin, P. R. (2010) The benzenesulfoamide T0901317 [N-(2,2,2-trifluoroethyl)-N-[4-[2,2,2-trifluoro-1- hydroxy-1-(trifluormethyl)ethyl]-benzenesulfonamide] is a novel retinoic acid receptor-related orphan receptor- α/γ inverse agonist. Mol. Pharmacol., 77:228-236.
4) Kojima, H., Takeuchi, S. and Nagai, T. (2010) Endocrinedisrupting potential of pesticides via nuclear receptors and aryl hydrocarbon receptor. J. Health Sci., 54:374-386.
5) Kojima, H., Sata, F., Takeuchi, S., Sueyoshi, T. and Nagai, T. (2010) Comparative study of human and mouse pregnane X receptor agonistic activity in 200 pesticides using in vitro reporter gene assays. Toxicology, in press.
6) Xu, J., Wagoner, G., Douglas, J. C. and Drew, P. D. (2009) Liver X receptor agonist regulation of Th17 lymphocyte function in autoimmunity. J. Leukoc. Biol., 86:401-409.
 
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