immunotoxicology.jpg
title1.jpg
≪第14回大会 奨励賞≫
免疫毒性学会 学会奨励賞受賞をうけて
中山彩子
神戸女学院大学・ベルン大学 博士課程3年

 この度は、「ニジマスの免疫細胞中におけるシトクロムP450-1Aのローカライゼーションを中心としたベンゾピレンの免疫毒性の解析 (発表者:中山彩子、Ivan Riesen、Elisabeth Eppler、Bernd Kollner、川合真一郎、Helmut Segner)」の発表に、学会奨励賞を授与していただき、本当にありがとうございました。以下に本研究を紹介させていただきます。

【背景と目的】
 今日、水系は、あらゆる化学物質のたまり場として位置づけられており、化学物質の水生生物におよぼす悪影響が大きな環境問題のひとつとなっている。一方で、水生生物に対する化学物質の毒性発現メカニズムが、明解に報告されている例は非常に少なく、また、それらを調べることは非常に困難である。本研究で取り上げた多環芳香族炭化水素の一種であるベンゾピレン(以下BaP)は、げっ歯類において、免疫毒性の発現が知られており、シトクロムP450(CYP)-1Aや1Bでスタートする代謝経路および代謝産物によるものであると説明されている。すなわち、免疫細胞にBaP代謝能が備わっているため、その代謝が免疫毒性を引き起こすと考えられている。魚類では免疫細胞にBaP代謝能が備わっているかについて、BaP-DNA adduct が、BaPに曝露されたヒラメ血中の白血球より検出されたという報告からもわかるように、おそらくげっ歯類同様のBaPの免疫毒性発現メカニズムが、ほぼあてはまるであろうと予想されている。しかし魚種それぞれのモノクローナル抗体がかなり限定されているため、どのタイプの免疫細胞にBaP代謝能が備わっているかを特定することは、非常に困難とされていた。幸運なことに、共同研究者の方よりニジマスの抗好中球およびBリンパ球のモノクローナル抗体を贈呈していただいたことによって、それらと市販の抗魚CYP1Aのポリクローナル抗体を用いて、二重染色を行えば、どのタイプの細胞がCYP1Aを細胞内に誘導しているかが特定できると考えた。また、本研究のハイライトは、魚類の免疫細胞中において、BaP曝露によりCYP1Aが誘導されるならば、魚類の免疫細胞も、多環芳香族炭化水素類を代謝する能力が備わっている可能性があるという初めての知見を得たことである。

【実験方法】
 平均体重150gのニジマスを体重あたり25mgとなるようにBaPを腹腔内投与した後、魚類の免疫系を担当している、腎臓の前部(頭腎)を摘出し、肝臓はもちろん、頭腎のミクロソーム画分から、CYP1A活性(EROD活性)が認められるかどうかを確認した。活性の測定と同時に、CYP1Aタンパク量をウェスタンブロットで測定した。さらに、頭腎の組織切片を作成し、市販の抗ニジマスCYP1Aモノクローナル抗体を用いて、ビオチン-アビジン法を用いて、CYP1Aポジティブ細胞がどのような形態をしているかを検討した。
 最後に、頭腎より細胞浮遊液を調製し、抗ニジマス顆粒球およびBリンパ球のモノクローナル抗体と抗魚CYP1Aポリクローナル抗体を、それぞれ、赤(テキサスレッド)と緑(FITC)に蛍光標識することによる二重染色法を用いて、どのタイプの細胞が、BaP曝露でCYP1Aを細胞内に誘導しているかを観察した。

【結果】
 BaPに曝露されたニジマスにおいて、CYP1Aタンパク合成の誘導およびCYP1A活性は、肝臓だけでなく免疫担当器官の頭腎でも認められた。また、頭腎中のCYP1Aの局在を観察するために免疫組織化学染色を施した結果、頭腎中の特に造血組織でCYP1Aの局在が見られた。したがって、頭腎の免疫細胞中でBaP曝露によってCYP1Aが誘導されていることが顕著に示された。様々な発達段階の免疫細胞が存在している造血組織で、どのタイプの白血球(好中球、B/Tリンパ球および単球)がCYP1Aタンパク質を核内に誘導しているかを調べた結果、今回使用が可能であった2種の抗ニジマス白血球モノクローナル抗体を用いて、抗魚CYP1Aポリクローナル抗体との二重染色の結果、両モノクローナル抗体で認識された好中球(Fig.1)およびBリンパ球(Fig.2)中でCYP1Aの局在が確認された。この発見により、魚類の免疫細胞は、PAHsなどの化学物質をCYP1Aによって代謝する能力を保持していることが確認された。

Fig. 1 抗ニジマス顆粒球モノクローナル抗体および抗魚CYP1Aポリクローナル抗体の二重染色(左より、核染色(DAPI)、CYP1Aポジティブ細胞(核内染色・緑)、顆粒球ポジティブ細胞(表面染色・赤)、および、これら3つのオーバーレイ)

Fig. 2 抗ニジマスBリンパ球モノクローナル抗体および抗魚CYP1Aポリクローナル抗体の二重染色(左より、核染色(DAPI)、CYP1Aポジティブ細胞(核内染色・緑)、Bリンパ球ポジティブ細胞(表面染色・赤)、および、これら3つのオーバーレイ)

【考察および今後の課題】
 哺乳類では、免疫細胞、なかでもB/Tリンパ球および単球、マクロファージが細胞内にCYP1Aを多環芳香族炭化水素類の曝露によって誘導させることが報告されており、またこれらのタイプの白血球が、BaPのようにエポキシド化を代謝過程で引き起こす多環芳香族炭化水素類を代謝することで、免疫毒性が発現すると説明されている。今回の結果は、したがって、げっ歯類で説明されている多環芳香族炭化水素類の免疫毒性発現メカニズムが、魚類においても説明できるようになると考えられる。今後の課題として、ほかの免疫細胞(T細胞や単球/マクロファージ)の表面マーカーが作成され、それを分与していただければ、残りのタイプの細胞中にCYP1Aが、BaP曝露によって誘導されるかどうかの検討が必須である。
 
index_footer.jpg