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≪第10回大会 奨励賞≫
経口感作および経口惹起による
マウスの食物アレルギーモデル
新藤智子、金澤由基子、斎藤義明
臼見憲司、小島幸一、手島玲子

食品薬品安全センター 秦野研究所、
国立医薬品食品衛生研究所 機能生化学部

【はじめに】
 遺伝子組換え食品の安全性の評価においては、導入された組換え蛋白質のアレルギー惹起性の有無を調べることが重要である。我々は、動物を用いたアレルゲン性の評価試験系を確立することを目的として、経口投与による感作の成立および経口惹起によるアレルギー症状の発現を満たす食物アレルギーモデルの開発を試みた。はじめに、ヒトの食物アレルギーにおける即時型のアレルギー症状を増悪させる可能性のある因子を、臨床報告の中から検索した。ついで、オブアルブミン(OVA)を抗原とした経口投与の系に候補となる因子を併用投与し、抗体価を指標としてアレルギー発症への影響をスクリーニングした。その結果、食餌成分のリノール酸や鎮痛剤に使用されるサリチル酸化合物の併用が抗体価の上昇に影響していることが推察された。そこで、OVAを抗原としてリノール酸やサリチル酸化合物の併用による経口感作および経口惹起の成立条件の検討を行った。さらに、経口および静脈内惹起時の消化管を中心とした反応性の比較を行い、作製したモデルマウスの性質を調べた。

【方 法】
 7週齢の雌性BALB/cマウスにOVAを1mg/匹の割合で5回/週、3週間経口投与して感作した。感作には、生理食塩液溶媒対照群(S)、生理食塩液を溶媒としたOVA群(OVA/S)、リノール酸/レシチン(4:1) 混合液溶媒対照群(LL)、リノール酸/レシチン混合液を溶媒としたOVA群(OVA/LL)を設定した。また、OVA/LL群の一部には2回/週の頻度でサリチル酸ナトリウム(2mg/匹)を腹腔内投与した群(SA/OVA/LL)を設定した。
@ 感作投与開始の3週間後に各群6匹について血清中の抗OVA抗体価を測定した。また、各群17〜20匹について、それぞれの群の感作時と同様の溶媒を用いて調製したOVAを100 mg/匹の割合で経口投与して惹起し、全身性アナフィラキシー症状の観察を、さらに各群6匹について血漿中ヒスタミン濃度の測定を行った。全身性アナフィラキシー症状は、無症状を0、立毛や鼻こすりを1、吐き気を2、努力呼吸やチアノーゼを3、死亡(24時間以内)を4としてスコアをつけて、発症の頻度と強度を評価した。
A 前日にOVAの経口投与によって感作の成立を確認した動物を用いて、以下の実験を行った。LL群、OVA/LL群、SA/OVA/LL群の各群(n=6)の一組は経口、もう一組は静脈内投与により再惹起して全身性アナフィラキシー症状の観察および血漿中ヒスタミン濃度の測定を行った。また、再惹起を行わないLL群、OVA/LL群、SA/OVA/LL群を対照として、再惹起後の各群の消化管について、肉眼的観察および組織学的検索を行って変化を調べた。

【結 果】
@ 3週間の感作投与後にS群、OVA/S群、LL群では全く抗OVA IgG1抗体価が認められなかったのに対して、OVA/LL群(12±49)およびSA/OVA/LL群(47±39,p<0.05 vs LL群)においては抗OVA IgG1抗体価の上昇が認められた。経口惹起を行った結果(図1)、OVA/S群やOVA/LL群に弱い全身性アナフィラキシー症状である鼻こすりや立毛が認められ、OVA/LL群では2つの症状を併発する個体数が増加した。一方、SA/OVA/LL群には明らかに強い全身性アナフィラキシー症状であるチアノーゼや努力呼吸が認められ、そのうち1例は死亡した。また、半数の個体が2〜4つの症状を併発し、症状の認められなかった個体は20例中2 例であった。経口惹起30分後においてS 群、OVA/S群、LL群では血漿中へのヒスタミンの放出は認められなかったのに対して(0.5〜11.4 ng/mL)、OVA/LL群(0.5〜449 ng/mL)およびSA/OVA/LL群(3.3〜953 ng/mL)に放出量の多い個体が認められた。
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A 感作の成立を確認した動物を用いて異なる2経路で再惹起した結果(図2)、OVA/LL群およびSA/OVA/LL群において、静脈内惹起に比べて経口惹起で全身性アナフィラキシー症状の頻度および強度とも高かった。また、血漿中へのヒスタミンの放出量も静脈内惹起に比べて経口惹起で高い傾向にあった(表)。
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 再惹起後の消化管の変化を調べたところ、肉眼的観察では血管の明瞭化、腔の拡張といった所見が認められた。また、小腸の病理学的観察では絨毛の短縮、粘膜固有層における形質細胞やリンパ球の増加、粘膜固有層の毛細血管の拡張といった所見が認められたが、いずれも軽度の所見であった。これらの所見は惹起を行わない対照の組ではいずれの群にも認められなかった。肉眼的観察においては、経口惹起後の所見数がLL群2件、OVA/LL群5件、SA/OVA/LL群4件であったのに対して、静脈内惹起後の所見数はLL群0件、OVA/LL群0件、SA/OVA/LL群3件であった。

【考 察】
 食物アレルギーの動物モデルにおいて経口投与によって感作を成立させること、経口惹起によってアレルギー反応を誘導することは、モデルでの反応をヒトへ外挿する上で重要である。蛋白質抗原の通常の溶媒である生理食塩液に対して、リノール酸とレシチンの混合液を媒体として抗原を経口投与することによって、OVA/LL群に示されたように特異抗体価の上昇、血漿中へのヒスタミン放出および消化管の変化を伴う全身性アナフィラキシー症状を発現させることが可能となった。さらに、経口感作時にサリチル酸を併用したSA/OVA/LL群では反応が増強され、特に全身性アナフィラキシー症状においてはチアノーゼや努力呼吸、そして死亡といった重篤な症状を示した。これらのことから、SA/OVA/LL群は食物アレルギーモデルとなり得ると考えられた。
 しかし、即時型アレルギー反応において重要な働きをする抗OVA IgE抗体価はELISAにおいてもPCA反応においても認められなかった。全身性アナフィラキシー反応はIgEノックアウトマウスにおいても認められることから、本モデルはIgEの関与しない反応である可能性が考えられた。一方、感作期間が3週間であることからIgE産生量自体が少ない可能性、感作投与後半に数例の動物の死亡が認められたことから感作期間中にIgEが消費されている可能性等も考えられた。また、LL群において若干の全身性アナフィラキシー症状が認められたが、これは使用した卵黄由来レシチンに混入しているOVAを含めた蛋白質に起因しているものと考えられた。
 一般的な動物試験における全身症状の発症は、静脈内に原因物質を投与した場合、最も強い反応が現れる。ASA試験の陽性反応を得るためのプロトコールでも、惹起時には抗原を静脈内投与し、全身性アナフィラキシー症状を観察する。これに反して、本モデル系では静脈内惹起に比べて、経口惹起での血清中へのヒスタミンの放出を伴う全身性アナフィラキシー症状の頻度および強度が明らかに高かった。また、惹起によって発現する消化管の所見も静脈内惹起に比べて、経口惹起で増加した。これらのことから、本モデル系では惹起による全身性アナフィラキシー症状の発現への消化管の関与が考えられた。

【まとめ】
 動物を用いたアレルゲン性の評価試験系を確立することを目的として、経口感作および経口惹起によるマウスの食物アレルギーモデルを検討した。サリチル酸の併用下、リノール酸とレシチンの混合液を溶媒として経口感― 15 ―Vol. 8 No. 2 (2003)作および経口惹起を行う本試験系では全身性アナフィラキシー症状の発現とそれに伴う消化管の変化が認められたことから、即時型の反応を示す食物アレルギーモデルとして利用できることが示唆された。
 
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