≪学会奨励賞≫

ギンブナの細胞性免疫に及ぼす環境ホルモンの影響


二瓶萩尾、林津陽平、森友忠昭、中西照幸
(日本大学生物資源科学部獣医学科)


〔目的〕
 環境ホルモンは、生殖システムだけでなく免疫システムにも影響を与えることがこれまで哺乳類で報告されている。魚類は、水中で生活しているために天然水域に存在する環境ホルモンに暴露されやすいこと、下等であるが故に外部環境に左右され易いこと、哺乳類と相同な免疫システムを持つ最も下等な脊椎動物であることなどから、脊椎動物の免疫機能への環境ホルモンの影響を検討する上で好都合なモデルになり得ると考えられる。しかし、これまでの研究から、各種の環境汚染物質が魚類の非特異的免疫機能を抑制することは知られているが、細胞性免疫に及ぼす影響については不明である。
 そこで今回、天然で雌性発生によりクローナルな繁殖をしているギンブナ(Carassius auratus langsdorfii)を用いて、リンパ球によるアロ抗原特異的細胞障害活性により、細胞性免疫に及ぼす環境ホルモンの影響を中心に検討すると共に、羊赤血球(SRBC)に対する抗体産生能や、好中球数及び好中球の活性酵素産生能により、液性免疫、非特異的免疫に及ぼす影響についても検討した。

〔方法〕
<細胞障害活性の測定>
 奥尻島産クローンギンブナ(OB1 ; 50〜80g)と諏訪湖産クローンギンブナ(S3N ; 30〜40g)を用いた。脾臓及び、硬骨魚類の造血器官である頭腎及び体腎から分離したOB1のリンパ球をエフェクター細胞、S3N鰭由来培養細胞株(CFS)をターゲット細胞として、in vitroにおける細胞障害活性を測定した。より強い特異的細胞障害活性を誘導するため、事前にOB1に対してS3Nの鰭移植及びCFSの静脈注射による感作を行った。感作は初めに鰭移植、その1週間後及び2週間後にCFSを投与し、最終感作の1週間後に細胞障害活性を測定した。
 Bisphenol-A(1μg/g)、β-Estradiol(1μg/g)、2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p- dioxin(TCDD,10、1.0、0.1μg/kg)をpeanut oilに溶解して各感作の前日に、1週間に1回投与した。コントロールにはpeanut oilのみを同様の方法で投与した。
 生細胞を染色する蛍光色素3,3′‐dioctadecyloxacarbocyanine perchlorate (DiOC18 (3))と死細胞を染色する蛍光色素Propidium Iodide(PI)で細胞を染め分け、フローサイトメーターを用いて細胞障害活性を測定した。
<抗体産生能の測定>
 OB1に20%SRBCを2日おきに3回腹腟内投与した。細胞性免疫で最も抑制の認められたTCDD(10μg/kg)を細胞障害性試験と同様のスケジュールで腹腔内投与し、2週間後および3週間後に抗体価の測定を行った。
<好中球数、好中球活性酸素産生能の測定>
 TCDD(10μg/kg)をOB1に腹腟内投与し、1週間後に血液、及び頭腎と体腎から各々白血球を採取し、フローサイトメーターを用いて好中球数を測定した。また、採取した白血球をPhorbol 12-Myristate 13-Acetate(PMA)により刺激した後、活性酸素の一種である過酸化水素と反応するDihydrorhodamine123(DHR)により蛍光染色し、フローサイトメーターを用いて活性酸素産生能を測定した。

〔結果〕
 in vitro細胞障害活性については、β - Estradiol、Bisphenol - A、TCDD(10μg/kg)の投与群において、いずれもコントロールに比べて有意な抑制が認められた(p<0.05)。次に最も抑制の認められたTCDDにおいて投与量の影響について検討したところ、10μg/kgと1.0μg/kg投与群で有意な抑制が認められ、細胞障害活性は投与量依存的に抑制された。しかし、0.1μg/kg投与群では有意な抑制は認められなかった。また、2週間後および3週間後の抗体価については、コントロールと比較して有意な抑制は認められなかった。
 末梢血白血球において、TCDD投与により好中級数の有意な減少が認められたが、頭腎と体腎においては、コントロールと比較して好中球数に有意な変化は認められなかった。また、好中球の活性を測定する為に活性酸素産生能を測定したところ、末梢血、頭腎と体腎の好中球ともに、TCDD投与群とコントロールの間には平均蛍光強度に有意な差は認められなかった。

〔考察〕
 これまでにTCDD投与により魚類血液中の好中球数が減少することは報告されていたが、今回の研究により細胞性免疫機能も魚類で抑制されることが明らかとなった。このことから、天然水域の環境ホルモン汚染について非特異的免疫機能だけでなく細胞性免疫機能も指標となると考えられる。
 なお、哺乳類においては液性免疫応答も抑制されることが報告されているが、今回のギンブナにおける研究ではSRBCに対する抗体産生へのTCDD投与の影響は認められなかった。同様なことはニジマスにおいても報告されており、SRBCに対する抗体産生細胞数には影響が認められなかったとされている。この点は魚類と哺乳類の違いによるものか、TCDDの投与時期や投与方法の違いによるものかどうかは不明であり、今後詳細に検討していく必要があると考えられる。
 また、今回TCDDを投与した魚において、鰭の辺縁部への黒色素沈着や肝臓の結節上壊死、脾臓の萎縮などの所見が認められた。同様な所見はヒトやマウス、ラットにおいても報告されており、TCDDの毒性について、魚類においても哺乳類と同様な作用メカニズムが働いていると考えられる。
 魚類は哺乳類と相同な免疫システムを有し、環境ホルモンの脊椎動物の免疫機能への影響を検討する上で好都合なモデルとなり得ると考えられるが、一般に魚類の免疫システムは哺乳類に比べて未分化、単純であり、TCDDの作用メカニズムについても多少異なると考えられることから、今後哺乳類と比較しつつ検討するべきであろう。