ImmunoTox Letter

第6回(2016年度)日本免疫毒性学会奨励賞
2016 年度日本免疫毒性学会奨励賞を受賞して

小島弘幸
北海道立衛生研究所
生活科学部

小島弘幸先生
小島弘幸先生

 この度は、2016 年度日本免疫毒性学会奨励賞(2016 年9月)を頂戴し、ご推薦頂いた先生ならびに選考委員の先生方に厚く御礼申し上げます。簡単ではございますが、私の受賞研究課題「環境化学物質による核内受容体を介した免疫毒性作用」について、以下にご紹介させて頂きます。

 私は、1998 年に米国ノースカロライナ州にあるNational Institute of Environmental Health Sciences (NIEHS) に留学する機会を得ました。薬物代謝機構の権威・根岸正彦博士が統括する研究室で、私が与えられたテーマは核内受容体Constitutive androstane receptor (CAR) が肝臓内で誘導する遺伝子の探索とその生理学的意義を明らかにすることでした。核内受容体は、化学物質応答性の転写調節因子であり、発生・生殖・恒常性・代謝などの生命活動の根幹に係わる遺伝子発現に関与しています。ヒトではホルモン受容体を含め48 種類の核内受容体の存在が確認されており、CAR もその核内受容体ファミリーの一つです。帰国後は、国内で環境ホルモン(内分泌かく乱化学物質)問題が過熱していたことから、研究対象の核内受容体をEstrogen receptor (ER) やAndrogen receptor (AR) などのホルモン受容体に焦点をあてることにしました。農薬やフタル酸エステル類など身の回りに存在する環境化学物質が有するホルモン受容体活性の高感度検出系Cell-based transactivation assay 法を構築し、これらの化学構造と受容体活性の関係を調べました。以上の結果は、Environ Health Perspect やToxicology 等の雑誌に掲載され、スクリーニング試験という地味な仕事ではありましたが、大変有意義な経験が出来たと思っております。

 環境ホルモン問題が落ち着いた頃、設立当初から会員となっていた免疫毒性学会学術大会に久しぶりに参加し、「核内受容体を介した免疫毒性作用」という自己発想のテーマに興味を抱き始めました。免疫系細胞はホルモン受容体を介してホルモンの影響を受けることが古くから知られていました。さらに、ホルモン受容体以外にも、CAR を含めた肝臓中に存在する核内受容体がいくつか免疫系細胞にも存在することから、環境化学物質によるこれらの受容体を介した免疫系への影響に強い興味を持ちました。すなわち、研究分野を内分泌系から免疫系へ転換するという発想で、その当時、このような観点から化学物質の免疫毒性を捉えている発表や報告はなかったと思います。加えて2006 年頃から、自己免疫疾患の分野でIL-17 を特異的に産生するTh17 細胞の役割が大きくクローズアップされ、その細胞分化調節機能を担っているのが、核内受容体Retinoic acid receptor-related orphan receptor (ROR) であることが明らかにされました。そこで最初に考えたのが、ROR もER やAR と同じく化学物質に対するリガンド結合領域を有しているので様々な化学物質がROR に反応し、ROR を介してTh17 細胞に悪影響を及ぼすのではないかという仮説でした。実際に、NIEHS で根岸先生の友人でもあるAnton M. Jetten 博士に相談してROR 活性を測定するためのプラスミド等を供与してもらい、これまでと同様にCell-based assay 法を用いて様々な環境化学物質についてスクリーニング試験を行いました。その結果は、オーファン受容体と命名されているだけに、アゴニストとして作用する化学物質を一向に見出すことができないという哀しい現実でした。しかしながら、アゾール系殺菌剤10 物質ほどを測定した時に、その中のいくつかがアゴニスト作用とは逆に無毒性でコントロールレベルよりもさらに転写活性を減少させる作用、いわゆるインバースアゴニスト作用を示すことを見出しました。そこで、マウスリンパ腫由来EL4 細胞にアゾール系殺菌剤を曝露し、IL-17A の遺伝子発現を調べたところ、これらの殺菌剤がROR インバースアゴニスト作用に依存的して抑制することを確認しました(Kojima et al., 2012. Toxicol Appl Pharmacol)。このことは、環境化学物質がROR を介してIL-17A 遺伝子発現を抑制することを示した最初の報告となりました。さらに根気強く化学物質のROR スクリーニング試験を行った結果、イソフラボン類などの植物由来化学物質にROR アゴニスト作用を見出しました。EL4 細胞やマウス脾細胞を用いた実験により、特にイソフラボン類にIL-17A 産生増強作用のあることがわかりました(Kojima et al., 2015. Toxicology)。しかしながら、この作用はイソフラボン類がアゴニストとしてROR のリガンド領域に結合してIL-17A 遺伝子を誘導するのではなく、STAT3 の活性化やROR とNCOA の安定化を介してROR アゴニスト様に作用することが明らかとなりました(Takahashi et al., 2017. Biochem Biophys Res Commun)。以上のin vitro 試験による知見が実際の生体作用を示しているか否かは、今後の動物を用いた試験の結果を待たねばなりませんが、身近な化学物質が免疫系細胞の核内受容体に作用することで、免疫系に対して促進的にも抑制的にも働くことが示唆されました。Cell-based transactivation assay 法を用いた研究は、ヒトの健康に対する環境化学物質の影響リスクを予測・把握するツールとして活用でき、毒性評価において核内受容体を介した新たな作用機序を見出す可能性があると考えています。

 免疫系細胞には、ROR 以外にもPregnane X receptor( PXR ) 、Liver X receptor ( LXR ) 、Peroxisome proliferator-activated receptor ( PPAR ) 、Retinoic acid receptor(RAR)などの核内受容体が存在する一方、それらの詳細な役割については不明な点が多く残されています。また、環境化学物質における核内受容体活性のスクリーニング試験から、環境中には多くの化学物質がER, AR, PXR 活性を有していることや、LXR, PPAR, RAR 活性を有する化学物質も少なからず存在し、それらの核内受容体に作用する構造的特徴も明らかになっています。さらに、最近、核内受容体を介した作用に対して化学物質の低濃度複合曝露による影響が問題となっています。これらのことを鑑み、今後は免疫系に対する種々の化学物質による複合曝露の影響を核内受容体への作用の観点から研究したいと考えています。