ImmunoTox Letter

第5回(2015年度)日本免疫毒性学会奨励賞
免疫毒性研究とアジュバント研究のクロストーク

黒田 悦史
大阪大学免疫学フロンティア研究センター
ワクチン学研究室

黒田悦史先生
黒田悦史先生

 この度、第5回日本免疫毒性学会奨励賞を賜り、大変光栄に存じます。学会員としてまだ年月が浅い私を推薦してくださり、選考していただきました諸先生方ならびに関係各位に心より御礼申し上げます。

 私が免疫毒性学会に初めて参加させていただきましたのは、第17回(2010年)の藤巻先生が年会長をお務めになられた学術大会からであります。初めて参加でありましたが、私にとっては免疫毒性学会の奥深さを感じた刺激的な大会でありました。またその大会にて、初めての参加にもかかわらず年会長賞を賜りました。その時の発表テーマが「粒子状化学物質による自然免疫の活性化とII型免疫反応の誘導」でした。今回の受賞は「粒子状物質により誘導される免疫応答とその誘導機構の解析 –免疫毒性とアジュバント活性−」という内容であり、お気付きのとおり私は微細粒子による免疫応答に深い興味を持ち研究を行っております。私が粒子に対する免疫応答に興味を持ったきっかけが、2008年に相次いで報告されたアルミニウム塩(アラム)、シリカ、アスベストなどの微細粒子(繊維)状物質によるインフラマソームの活性化の論文です。これまで多くの報告から微細粒子が免疫系を活性化することが明らかにされていましたが、そのメカニズムについては不明な点が多く残されていました。私たちは普段は意識していませんが、微細粒子に対する免疫応答は我々の生活に密に関係しております。免疫毒性の分野では、大気中のディーゼル粒子、黄砂、PM2.5などが免疫系を刺激し、アレルギー性炎症を誘導することが示唆されております。またシリカやアスベストが肺の免疫系を介して炎症を惹起することも知られております。さらに医薬品の分野でも微細粒子は注目されており、古くからワクチンアジュバントとして使用されているアラムは免疫系を刺激し抗体産生を促進することが明らかにされております。最近では微細粒子を用いたDDS技術による免疫応答の誘導も注目されています。このように我々の身近に存在するにもかかわらず、微細粒子による免疫学的メカニズムが明らかにされていないことは驚きであります。またアラムに関しては医療の分野で長い間使われていながら、免疫学者ですらそのメカニズムを理解していないということで、「Immunologist’s Dirty Little Secret」と揶揄されております。このような背景から私は微細粒子による免疫活性化メカニズムを明らかにしてみたいと考えるようになりました。

 微細粒子の研究を始めた時私は産業医科大学に在籍しており、そこでナノ粒子の生体影響を研究しておられる森本泰夫教授と共同研究を行いご指導いただきました。これまでの報告から、アラムやシリカのような微細粒子をマクロファージや樹状細胞が貪食することによりインフラマソームが活性化され、IL-1βが誘導されることが報告されておりましたので、私も微細粒子を貪食するマクロファージに注目し、研究を行いました。微細粒子によってマクロファージから誘導される液性因子に関して調べておりましたところ、インフラマソームの活性化とは異なる経路で脂質メディエーターの一つであるプロスタグランジンE2(PGE2)が誘導されることを見出しました。さらに、アラムやシリカをアジュバントとして抗原とともにマウスに投与(免疫)すると抗原特異的なIgEが誘導されてきますが、PGE2合成酵素であるPTGES欠損マウスでは抗原特異的なIgEの低下が認められました。この結果から微細粒子によるIgEの誘導にはPGE2が関与すると考えられました。さらに共同研究を行っていた大阪大学の石井健教授のグループからアラムにより一過的に細胞死が引き起こされること、さらに細胞死によって遊離したDNAがアジュバント活性に重要であることが報告されました。その後我々も微細粒子とPGE2産生に細胞死が関するかを検討したところ、PGE2が細胞死によって誘導されることを認めました。これらの結果は微細粒子による免疫活性化の根本に細胞死が関与していることを示唆しています。幸運にも、共同研究を行っていた大阪大学の石井健教教授にお声をかけていただき、2012年から現在の大阪大学免疫学フロンティア研究センターにて、微細粒子と細胞死、さらにはアジュバント活性やアレルギー性炎症のメカニズムをより深く研究できるようになりました。

 大阪大学に異動して、次に私が行ったことは投与経路の検討でした。免疫学においてはアジュバント研究の多くは、アジュバント(微細粒子)を皮下や腹腔内へ投与する実験系でありました。しかしながら免疫毒性学会の先生方と交流を深めるうちに、微細粒子の気管や肺への影響を見る必要があることがわかりました。またワクチンアジュバントの分野でも経鼻のワクチンが注目されていたこともあり、微細粒子の肺への影響を中心に解析を始めました。当初は皮下や腹腔と似たようなメカニズムで免疫応答が惹起されると浅はかに考えておりました。しかしながら皮下や腹腔内投与では免疫応答が低下するような遺伝子欠損マウスを用いても肺での免疫応答には全く影響せず、一方で皮下や腹腔内投与では影響が見られないような遺伝子欠損マウスで肺の免疫応答が低下するという結果が得られました。もちろん組織によって生体応答が異なることは当然ではありますが、ここまで大きく違うことに驚くとともに、気管や肺の免疫に非常に興味が出てきました。さらなる解析の結果、肺胞マクロファージが他の組織マクロファージと機能が大きく異なること、微細粒子を貪食した肺胞マクロファージ由来の死細胞因子(Damage-Associated Molecular Patterns: DAMPs)が肺において三次リンパ節の一種である誘導性気管支関連リンパ組織(inducible Bronchus-Associated Lymphoid Tissue: iBALT)を誘導することなどを認め、微細粒子の肺への投与により、非常にユニークな肺特異的な免疫応答が誘導されることが明らかになりました。このように、微細粒子に対する肺での免疫応答が他の組織と大きく異なることがわかりましたが、やはり免疫応答のトリガーは細胞死であり、細胞死を誘導しない粒子を投与しても肺での免疫応答は認められませんでした。

 同時期に私たちは新規のワクチンアジュバント候補物質としてβシクロデキストリンを見出しました。このアジュバントは皮下投与や経鼻投与においてインフルエンザワクチンのアジュバントとして有効であることを認めています。そのメカニズムを解析したところ、アラムと同様に接種部位に一過的な細胞死を誘導しDAMPsを遊離することがアジュバント活性に重要であることを認めております。βシクロデキストリンはすでに医薬品の添加物として用いられており、安全性の高い物質であると考えられております。しかしながらアジュバント活性には一過的な細胞傷害活性が必要とされます。医薬品という観点から細胞傷害活性は忌み嫌われる傾向があると思われますが、アラムやβシクロデキストリンのようなDAMPs誘導型のアジュバント(私たちはDAMPingアジュバントと呼んでいます)に関しては細胞傷害が重要であり、現在ではアジュバント研究の一つの大きな流れを作っています。これまで悪いものとされていた細胞死や細胞傷害活性をアジュバント開発という観点から見つめ直し、掘り起こすことにより、アジュバント開発の新展開が見られるかもしれません。

 最後になりますが、微細粒子の研究においてご指導いただきました産業医科大学の森本泰夫先生、現在の研究室においてアジュバント研究のノウハウをご指導いただきました石井健先生、ならびに免疫毒性学会の諸先生方に御礼申し上げますとともに、引き続きご指導ご鞭撻を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。