ImmunoTox Letter

第5回(2015年度)日本免疫毒性学会奨励賞
第5回日本免疫毒性学会奨励賞受賞 にあたって

柳澤利枝
国立研究開発法人国立環境研究所
環境リスク・健康研究センター
病態分子解析研究室

柳澤利枝先生
柳澤利枝先生

 この度、第5回(平成27年度)日本免疫毒性学会奨励賞を賜り、誠に光栄に存じます。選考の労にあたって下さいました諸先生方、関係各位に厚く御礼申し上げます。
 今回の受賞は、「環境汚染化学物質が"生活環境病"に及ぼす影響-免疫毒性学の視点から-」に対して頂きました。私の環境研究との出会いは、修士課程の時に遡ります。当時、環境中の汚染物質の健康影響に関心を持ち、重金属の健康影響研究を行っておられた筑波大学下條信弘教授(当時)の研究室にご相談に伺ったところ、外部の研究機関である国立環境研究所(国環研)嵯峨井勝先生(当時)の研究室を紹介して頂きました。当時は、都市部を中心としたディーゼル排気ガス(diesel exhaust; DE)の健康影響が大きな社会問題となっており、国環研では国内でも数少ない大規模な曝露チャンバーが設置され、DE、あるいはDE中の粒子状物質であるDEP、あるいはPM2.5(粒径2.5 μm以下の微小粒子)の呼吸器・循環器系に対する影響研究が精力的に行われていました。その中で、DE、あるいはDEP曝露が気道反応性に及ぼす影響に関する研究というテーマを頂き、アレルギー性喘息に対する増悪影響も含めた検討を行い、免疫毒性研究に携わるきっかけとなりました。修士課程修了後は環境研究からは離れておりましたが、縁あって国環研に戻り、今日に至るまで環境汚染化学物質の健康影響評価に関わらせて頂いております。本稿では、受賞講演でもご紹介させて頂いた環境汚染物質曝露によるアレルギー疾患への影響に関する研究と、現在新たに取り組んでおります生活習慣病との関連性についても少し触れさせて頂きたいと思います。
 近年におけるアレルギー疾患や生活習慣病の増加は、大気環境、衣食住環境、衛生環境等、様々な環境因子の変化に起因するところが大きく、いわば『生活環境病』とも言えます。特に、胎児、乳幼児、小児、あるいは何らかの疾患を有する場合、環境因子の変化に対して感受性が高いことが考えられ、健常な場合は影響のない曝露量でも、免疫系をはじめとする生体機能のかく乱が起こり、疾患を発症・進展させる可能性があります。こうした背景から、環境汚染化学物質曝露によるアレルギー疾患や呼吸器疾患への影響評価に取り組んでまいりました。先にも述べましたが、DEPの健康影響に関しては、我々の検討をはじめ多くの実験的研究により、呼吸器疾患との関連性が示されています。DEPは、元素状炭素粒子を核とし、多環芳香族炭化水素、硝酸塩、硫酸塩、金属などで構成されている、いわば化学物質の集合体であると言えますが、呼吸器疾患の増悪にDEPのどの成分が寄与しているかについては未だ不明な点が多くあります。そこで、DEPを有機溶媒で抽出した有機化学成分と、抽出後の残渣粒子成分に分画し、アレルギー性喘息および急性肺傷害の疾患動物モデルを用いてそれぞれの画分の影響を検討しました。その結果、アレルギー性喘息では有機化学成分が、急性肺傷害では粒子成分が病態を増悪することが明らかとなり、DEPの影響は病態によって寄与する構成成分が異なることを明らかにしました。加えて、いずれの病態においても、有機化学成分と粒子成分の共存により病態が顕著に悪化することから、DEPという粒子と化学物質の複合体が、呼吸器疾患に対して増悪影響を発揮することを示すことができました。
 一方、喘息同様小児を中心に増加しているアレルギー疾患として、アトピー性皮膚炎があります。疾患モデル動物としては、ヒトのアトピー性皮膚炎に類似した症状を呈するNC/Ngaマウスが汎用されていますが、従来のハプテン塗布による病態モデルの作製を試みたところ、皮膚炎症状がかなり強く、個体差も大きかったことから、環境汚染化学物質の影響を検出するには問題がありました。このため、新たな皮膚炎モデルの作製を試みることにしました。マウスの耳介皮内にダニ抽出物を抗原として投与することにより、腫脹、掻把による痂皮形成や出血といったアトピー性皮膚炎様の症状を呈することが確認でき、本病態モデルを用いて環境汚染化学物質の評価を行うこととしました。成果の一例として、可塑剤として汎用されているフタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)濃度の曝露が皮膚炎症状を増悪し、その増悪には、好酸球の集積や肥満細胞の脱顆粒の亢進、およびeotaxinやMCP-1産生の上昇が寄与していることを明らかにすることができました。加えて、DEHPの乳児期曝露により、雄仔のアトピー性皮膚炎が増悪することも判り、環境汚染化学物質曝露による次世代への影響の可能性についても示すことができました。
 最近の研究課題としては、アレルギー疾患と並んで増加傾向にある肥満等の生活習慣病に対する環境汚染化学物質の影響評価にも注目しています。肥満は、糖尿病、高血圧症、動脈硬化等の疾患の発症・進展の基本病態と言われており、その割合は、日本をはじめとする先進国のみならず、発展途上国でも増えつつあります。加えて、成人だけでなく小児でも増加傾向が認められることから、肥満による健康被害は医療経済への負担も含め深刻な社会問題となりつつあります。肥満の原因として、その多くは食生活の変化、運動不足、ストレス等の生活習慣が起因すると言われていますが、こうした生活環境の変化には、環境中の化学物質の増加や多様化を伴っており、新たなリスク因子の一つになり得ると考えられます。一方、近年、肥満病態は、内分泌・代謝系の変化だけでなく、全身性の慢性炎症が病態の亢進に寄与することが明らかになりつつあり、免疫系の関与も注目されていることから、環境汚染化学物質の影響を評価する上で、免疫毒性学的な観点から肥満病態を捉えることは非常に重要であると考えられます。
 これまでに得られている成果を一つご紹介させて頂きます。臭素系難燃剤として汎用されているヘキサブロモシクロドデカン(HBCD)の経口曝露が、マウスの食餌性肥満に及ぼす影響について検討した結果、高脂肪食負荷による食餌性肥満マウスにHBCDを曝露することにより、体重および肝臓重量が顕著に増加することが判りました。加えて、肝臓の脂肪変性の亢進や脂質量の増加を認め、PPARγやFSP27の遺伝子発現の上昇が寄与している可能性が考えられました。また、脂肪組織においてもマクロファージ浸潤の亢進が観察され、脂肪組織における炎症亢進も病態の悪化に関与する可能性が示唆されました。さらに、血中グルコース、インスリン濃度の顕著な上昇を認めたことから、脂肪組織におけるグルコース輸送担体GLUT4の遺伝子発現を調べた結果、HBCD曝露によって有意な低下が認められました。以上の結果から、食餌性肥満におけるHBCD曝露は、糖・脂質代謝機能のかく乱を介し、肥満、およびそれに伴う病態を増悪する可能性を示すことができました。
 最後になりますが、今回の奨励賞受賞に際しまして、学生の頃よりご指導を頂いております京都大学高野裕久教授に厚く御礼を申し上げます。また、研究の遂行にあたり、共同研究を行っている小池英子先生、Tin-Tin Win-Shwe先生をはじめ、日頃よりサポートして頂いている研究室の皆様にも心から感謝申し上げます。今後は、炎症・免疫系のみならず、内分泌・代謝系、脳神経系への影響を包括的に評価することにより、環境汚染化学物質の作用点と病態との関連、あるいは各臓器間・細胞間の相互作用に着目した研究を展開していきたいと考えております。これからも、免疫毒性学研究の発展に微力ながら貢献できるよう精進してまいりますので、今後とも引き続きご指導ご鞭撻を賜りますよう何卒宜しくお願い申し上げます。