ImmunoTox Letter

第5回(2015年度)日本免疫毒性学会学会賞
医薬品の副作用と遺伝的背景
– 抗がん剤による白血球減少

澤田純一
国立医薬品医療機器総合機構

澤田純一先生
澤田純一先生

はじめに

 本稿は、学会賞授賞の際の講演の概略をまとめたもので、筆者が国立医薬品食品衛生研究所に在籍した時期に、がんセンターとの共同研究で得られた抗がん剤による白血球の減少に関するデータを基にしたものである。また、関連分野の最近の動向についても最後に簡単に触れた。
 薬の有効性と副作用の個人差は、薬物動態(吸収、分布、代謝、排泄)関連タンパク質及び薬の標的タンパク質の活性と発現量の個体差によるものと考えられる。例えば、薬を飲んだ場合に、代謝酵素の活性が低いヒトほど血中の薬物が長く留まり、副作用がでやすい。また、代謝の速いヒトは、血中から薬が速くなくなり、効きが悪くなるとされる。
 このような個体差は、患者背景因子や、その他の環境要因によっても大きく左右されるが、遺伝的要因、即ちゲノムの個人差によって生じる場合も数多く知られている。この遺伝的要因としては、薬物代謝酵素活性の個人差がよく知られており、以下、薬物動態に関係するデータを中心に述べたい。

ゲノムの個人差

 ゲノムの個人差の例としては、一塩基置換(single nucleotide polymorphism、SNP)がある。このような変異は、遺伝子多型又はアレルとも呼ばれるが、ヒトの染色体は2本あるので、二つの異なるアレルが、一つの染色体DNAに同時に、又は両方の染色体DNAにバラバラにある場合がありうる。一つの染色体のアレルの組合せをハプロタイプ、二つの染色体の組合わせをディプロタイプと呼ぶが、ディプロタイプによっては、通常の遺伝子検査では、区別できないことがある。変異型アレルが機能的に重要な場合には、複数のヒトの多型データを用いて、この違いを専用のソフトを用いて統計学的に推定することとなる。
 正常型ハプロタイプを2本もつホモ接合体(homozygote)のヒトは、野生型と呼ばれる。変異型ハプロタイプが欠損型解毒酵素をコードする場合には、変異型のホモ接合体では解毒代謝が進まず、血中濃度が異常に高くなり過ぎ、その結果副作用が起こりやすくなる。正常型及び変位型を1本ずつ持つヘテロ接合体(heterozygote)の場合には、代謝活性としては、中間的な表現型となることが多いが、野生型と同様な場合もある。

UGT1A1遺伝子型とイリノテカン副作用

 イリノテカンはカンプトテシン誘導体のプロドラッグであり、体内においてカルボキシルエステラ-ゼにより活性体のSN-38に変換され、抗腫瘍効果を発揮するが、その後UDP-グルクロン酸転移酵素UGT1A1により抱合体SN-38Gとなり、不活化される。UGT1A1の機能が低下する遺伝型では、活性体の体内濃度が上昇し、これが重篤な副作用をもたらす要因となりうる。
 UGT1A1遺伝子の多型(アレル)で機能変化をもたらすものとして、*6, *28, *60, *27, *7, *IB等が知られている。*28は、有名なTATA boxの多型で、発現低下をもたらす。*6は、アミノ酸置換により、活性低下を示す。*60も、弱いながら活性低下を示す。
 UGT1A1遺伝子の多型については、連鎖不平衡(LD)の解析により、おたがいによく連鎖する多型が2つのブロック(Block 1とBlock 2)上にあることが示される。
 Block1をハプロタイプとしてみた場合、複数のアレルがお互いに同じ染色体DNA上、ハプロタイプにのっている。*60は、他のアレルと連鎖する場合が多く、*28はまれな例外を除いて、必ず*60アレルと連鎖する。筆者らが*60ハプロタイプと呼んでいるものは、*60のみ持っていて、*28を持っていないハプロタイプを意味している。
 日本人のがん患者のUGT1A1のエクソン1の ディプロタイプと、イリノテカン投与後のSN-38GとSN-38のAUCの比との関連を調べた。この代謝物の比は、生体内のUGT1A1の活性を示す指標として用いている。wild typeの*1/*1と比較して、*6ハプロタイプや*28のhomozygote(*6/*6、*28/*28)である場 合及び*6と*28を同時に有する場合(*6/*28)に、有意なAUC ratioの低下、つまりUGT活性の低下が見られた。即ち、*6では*28に劣らず活性低下がもたらされることが示された。
 そこで、*6または*28を、+というハプロタイプと考えて、PKパラメータへの影響を検討したところ、+/+の組み合わせをもつ患者さんは、全体の平均値よりかなりずれてくることが明瞭に示された。また、イリノテカン用量と血中の活性化体の濃度の関係を検討すると、+/+の場合、AUCも-/+又は-/-の約2倍程度高くなることが示された。この結果からは、+/+の患者で、投薬量を半量にしてもよいことが示され、投薬量の調節の目安を与えるデータが得られたものと考えらえた。
 日本人を含めアジア人では、欧米人とはハプロタイプ構成も異なっている。欧米人およびアフリカ人では、日本人に見られる*6ハプロタイプが無く、その一方で*28の頻度が3倍以上高い。このことは、欧米人においては*28が重要なマ-カ-であることが窺われる。なお、アフリカ人では、*60の他、*36や*37の頻度も高い。日本人を含めた東洋人では*6の頻度が高く、イリノテカンのテーラーメイド投薬においては、*6の寄与を考慮することが重要になってくる。
 次に、*6または*28をマ-カ-として、副作用との関連を検討したところ、*28または*6が増えるにしたがって、副作用である好中球減少が増えることが示された。
 以上のことから、日本人でのイリノテカン投薬の際にUGT1A1遺伝子のタイピングを行う際には、UGT1A1*28のみならず*6を対象に加えることが必須であることが示された。
 この知見を受け、2008年6月に、イリノテカンの添付文書が改訂された際には、上述のデータも引用され、UGT1A1*28と*6により、副作用の発生率が高まる旨の記載が追加された。

CDA遺伝子多型とゲムシタビン副作用

 続いて、抗がん剤ゲムシタビンの副作用について述べたい。ゲムシタビンは、特に膵臓がんの治療に重要な位置を占めている薬剤で、細胞内にとりこまれたゲムシタビン(dFdC)は、リン酸化を受け活性体(dFdCDP→dFdCTP)となるが、一方、シチジンデアミナーゼ(cytidine deaminase: CDA)によりdFdUに変化すると、解毒化され、細胞外に排出されることが知られている。このCDAの活性が低下すると、活性体濃度が異常に高まり、副作用が起きやすくなる。本稿ではCDA遺伝子の ハプロタイプと重篤副作用の関係を紹介したい。
 国立がんセンターでエントリーされたゲムシタビンを投与された患者の中に、非常に副作用の強く出た症例があり、その原因を検討すると、血中のゲムシタビン濃度が異常に上昇していた。その遺伝子型を調べると、70番目のアミノ酸がスレオニンに変わる変異型(Ala70Thr)である*3というハプロタイプがホモ接合であることが判明した。このケースでは、ゲムシタビンの解毒代謝が充分に行われずに、血中濃度が高まり、強い副作用がでたものと推定された。*3のアレル頻度は、約4%であり、ホモ接合が約600人に1人の割合で出現することが予想される。
 血漿中のゲムシタビン濃度に及ぼす*3のgene dose effectを調べたが、ヘテロ接合でもつ患者さんでも統計学的に有意なAUCの上昇とクリアランス(体内からの消失速度)の低下が認められた。しかし、それほど顕著ではなく、恐らくホモ接合でもつ場合に、重篤な副作用が現れるが、ヘテロ接合の場合には、副作用はそれほど重篤にならないものと考えられた。ただし、5-FUやプラチナ系の抗がん剤を併用した場合には、ヘテロ接合でも、副作用の発生率が上昇することを示すデータが得られ、他の抗がん剤を併用する場合には、ヘテロでも注意すべきと思われた。

 以上、2つの抗がん剤を例に、代謝酵素の遺伝的背景が副作用の発現と関係することを示したが、医薬品のアレルゲン性や有効性を規定する遺伝子多型の報告も数多く蓄積されつつある。

コンパニオン診断薬から"precision medicine"へ

医薬品の有効性や安全性に、遺伝的な背景が大きく関係する場合には、最終的には、診断薬として開発されることが望まれるが、そのような診断薬は、いわゆるコンパニオン診断薬の範疇に分類される。コンパニオン診断薬は、特定の医薬品の有効性・安全性の向上等の目的で使用し、当該医薬品の使用に不可欠な体外診断薬又は医療機器 (個別化医療に資する診断薬等)とされ、有効性がより期待される患者の特定、副作用が発現する可能性の高い患者の特定、用法・用量の最適化、投与中止の判断に用いられる診断薬である。適応患者の選択が必須である場合には、医薬品の開発と併行して開発する必要性が高い。
 コンパニオン診断薬の開発には、最適なバイオマーカーの探索が必要とされるが、バイオマーカー探索に関する最近の技術の進歩として、Whole genome sequencing (特に、Next generation sequencing)、Whole epigenome analysis (DNA methylation analysis)が、可能となっている。また、miRNA同定や、Transcriptome analysis、Metabolome analysisも有用な方法となっている。
 このような技術的進歩も踏まえ、米国では、Precision Medicine Initiativeが提唱されている。その目的は、より詳細な疾病分類に対応する治療法の開発、究極の個別化医療であり、Precision medicineは、直訳して精密医療、又は個別化医療と訳される場合が多い。そこでは、遺伝情報の他に、バイオマーカー、表現型、環境、ライフスタイル等に基づく、個々の患者のニーズに合わせて行う医療の推進が提唱されている。また、膨大なデータの共有のための基準・要件の確立、個人情報保護、規制の見直し、官民連携等が、挙げられている。日本においても同様な取組みが始まっており、将来の進展が待たれる。

主な参考文献

Minami, H. et al.: Irinotecan pharmacokinetics/ pharmacodynamics and UGT1A genetic polymorphisms in Japanese: roles of UGT1A1*6 and *28. Pharmacogenet. Genomics, 17, 497-504, 2007
Sugiyama, E. et al.: Pharmacokinetics of gemcitabine in Japanese cancer patients: the impact of a cytidine deaminase polymorphism. J. Clin. Oncol., 25, 32 2007.