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第3 回(2013年度)日本免疫毒性学会学会賞
免疫毒性と衛生学
香山不二雄
自治医科大学

 

産業医科大学医学部卒業後に選んだのは、衛生学教室であり、環境毒性学を研究課題としていた。この教室では長年ラットやビーグル犬などを使って、カドミウムの長期低濃度曝露を行い健康影響の臨界量を調べようとしていた。食品中に広く存在するカドミウムの現実的なリスク管理で必要な実験研究であった。しかし、地道な研究であり、この研究の情熱が沸かないため、毒物の免疫系への影響評価を、最初の研究テーマにすることを自ら指導教授に進言し、それを研究して良いこととなった。

当時、免疫学教室の助教授であった山下優毅先生に相談の後、最初に選んだ物質は亜鉛であった。亜鉛欠乏が免疫抑制を起こすことが知られていたので、亜鉛欠乏動物を作ることとした。亜鉛欠乏食を与えると、食欲が落ちるので、対照群には、欠乏群と同じ摂餌量になるように制限しなければならず、大変な作業であり、対照群は集団飼いでは生存競争から対照群の栄養状態が揃わず、一匹飼いをする必要があった。また、亜鉛欠乏となるには、4 − 8 週間かかるため実験の繰り返しの回数を稼ぐのが大変であった。最初の動物実験が欠乏実験では、あまりにハードルが高すぎ、データが揃わず難儀をしていた。そのうちにMRL/Mp-lpr/lprの自己免疫マウスでは亜鉛欠乏食で自己免疫進展が遅延するのではないかという仮説を持ち、その実験をしてみると、大変興味深い結果を得た。しかし、結果が出る頃になり、Journal of Immunologyにアメリカから同様のアイデアの論文が発表され、その研究は中断せざるを得なくなった。この一連の実験の経験で、欠乏実験より投与実験の方が圧倒的にたやすく、研究の初学者にさせるべきではないと指導者となった時の教訓を学んだ。また、この経験から、約15年後に自己免疫マウスを使ってイソフラボンのエストロゲン作用に関する実験研究を大学院生にして頂き、興味深い結果を得て学位論文の一部とすることが出来た1)。このときの悔しさを、やっと晴らすことが出来た。

入口は大変な失敗や苦労続きであったが、私自身の研究は有機溶剤による胸腺細胞のアポトーシスのメカニズムを証明する研究で学位を頂いた2)。その論文を米国の留学したいラボに送ったが、唯一良い返事を頂いた所に留学することとなった。その留学先はノースカロライナ州リサーチトライアングルパークにあるNational Institute of Environmental Sciences(NIEHS)のMichael Luster 先生の元であった。当時、米国の免疫毒性の研究者から聞いたところ、immunotoxicologyの3 人のゴッドファーザーは、Jack DeanとAl MunsonとMike Lusterであると言うことであった。その中の一番若いDr. Lusterの元に留学であった。全て英語の世界で自分を試す機会と意気込んで留学したのであった。到着早々、一ヵ月後に東海大学の吉田貴彦先生(現理事長)も留学することになっていた。留学前は、彼とは衛生学会の発表で時々話していて知っていたが、留学期間に亘り一緒に仕事をすることになり、留学後もずっと仕事を一緒にする良き理解者であり共同研究者となった。また、同時期にNIEHSに留学していた森千里先生(現千葉大学教授)や菅野純先生(現国立医薬品食品研究所)とも、研究をご一緒させて頂いたり、のみ会やゴルフを楽しんだり充実した日々であった。研究はカドミウムの肝臓毒性、腎臓毒性に炎症反応がどのように関わっているかを、precision cut tissue slicerを用い、ex vivo研究で、サイトカインの変化を、in vitroとin vivoの中間の系を立ち上げ、解析した。また、判定量的PCR手法を確立すること、売り出されたばかりのgene chipの条件設定などを任せられた。2 年間の研究期間はあっという間に終わり、その間の研究論文は日本
に帰ってから3 報を出すことが出来た3-5)。大学の仕事から解放され、研究だけに打ち込める最高に良い時間を過ごすことが出来た。

1993年に帰国後、日本免疫学会でお会いした大沢基保先生(初代理事長)や植木絢子先生(元川崎医科大学教授)に免疫毒性学の研究会立ち上げの中心になって頂きたいと懇願し、皆様の賛同も得て、第1 回研究会が昭和大学薬学部にて開催された。産業医科大学に帰ってからエストロゲンと炎症性サイトカインとの関連に関する研究を腎臓や骨組織で行っていたが、まだ研究成果がまとまる前に、自治医科大学衛生学講座の助教授に来ないかというお呼びがかかり、関東平野の北、栃木県に来ることとなった。自治医大の初代教授は大変厳しい人で、なかなか成果が出ないことから私はいたたまれず、大学建学の使命である地域医療研修の実践の場に出て、臨床医として働くことを選び、千葉県の片田舎の国保病院で内科医として2 年間働くこととなった。

一方、赴任直前に、雑誌「環境情報科学」から頼まれた総説について、内分泌系に影響を与える環境汚染物質およびラテックスゴムのアレルギーが自動車タイヤ摩耗ダストの吸引と関係がある可能性についての2 点について書いていた6)。私としてはラテックス・アレルギーの方が興味深いと思っていたのであるが、その総説を読んだマスコミ関係者から複数の取材が来た。当時、大学の後輩で厚生省医系技官である椎葉茂樹氏が環境省リスク評価室に課長補佐でおり、彼もこの問題に大きな関心を示していたので、マスコミ、研究者、環境省と連携で一気に、内分泌かく乱物質(環境ホルモン)が大きな問題として取り上げられるようになった。それからは、臨床医の業務の傍ら、千葉大学医学部解剖学に異動していた森千里先生と協力して、疫学研究をするようになった7)。また、基盤となる実験研究をDr. Ana Sotoの研究室に留学していた坂部貢先生(現東海大学教授)に協力して頂いた9-11)

2年間の臨床医として出向期間が終わり、CRESTの研究費を頂いたおかげで、自治医科大学の衛生学講座の教授として復職することが出来た。これもいろいろな方に支えられてのことである。その後、性ホルモンと環境汚染物質と生体影響の研究を推し進めて来たが、免疫毒性から少し離れてしまった。その傾向は、2000年にジュネーブで開催されたFAO/WHO合同食品添加物専門家会議に参加した後、カドミウム摂取量と健康影響に関する疫学調査をしなければならなくなり、ますます難しくなってきた。また、環境ホルモン問題は両生類や魚類では明らかに現存するが、ヒトデータの不足もあり、また、個人的にはこの問題の「オオカミ少年の汚名」をそそぐためにも、エコチル調査の立ち上げに全エネルギーをつぎ込んできた。そのような事情で、米国留学から帰った研究者としての最も鮮度の高い時期に、実験室が無かったこともあるが、時代の変化と頂いた研究費に流されて行った研究者「香山不二雄」に、日本免疫毒性学会から学会賞を頂いたことは、大変有り難く、名誉なことである。また、私の研究生活を支えて頂いた坂部貢先生、吉田貴彦先生、平野靖史カ先生、森千里先生など多くの共同研究者や私の恩師、児玉泰教授、山下優毅教授と講座のスタッフに感謝している。皆様に、この紙面を借りて御礼申し上げたい。私の研究生活はまだ少し残されている。出来ればエコチル調査の中で環境汚染物質と免疫機能の発達に関する課題を解き明かしたいと思っている。また、論文になっていないデータを早く完成させねばと思っている日々である。

NIEHS留学時の同僚と一緒に(第16回学術大会懇親会ー旭川市)
左から吉田貴彦、筆者、Dori Germolec、河内泰英(大鵬薬品)

文献

  1. Jian-Hong Zhao, Su-Ju Sun, Yukimoto Arao, Etsuko Oguma, Koji Yamada, Hyogo Horiguchi, Satoshi Sasaki and Fujio Kayama. (Corresponding author) A soy diet accelerates renal damage in autoimmune MRL/Mp-lpr/lpr mice. Int Immunopharmacol. 2005 Oct; 5(11): 1601-10.
  2. Kayama, F., Yamashita, U., Kawamoto, T., Kodama, Y.: Selective Depletion of Immature Thymocytes by oral Administration of Ethylene Glycol Monomethyl Ether. Int. J. Immuno Pharmac. 13(5): 531-540, 1991
  3. Kayama, F., Yoshida, T., Elwell, M.R., and Luster, M.I.: Role of tumor necrosis factor-a cadmium-induced Hepatoxocity. Toxicol Appli Pharmacol 131: 224-234, 1995
  4. Kayama, F., Yoshida, T., Elwell, M.R., and Luster, M.I.: Cadmium-induced renal damage and proinflammatory cytokines: Possible role of IL-6 in tubular epithelial cell regeneration. Toxicol Appli Pharmacol 134: 26-34, 1995
  5. Kayama F, Yoshida T, Kodama Y, Matsui T, Mathison J, Luster MI., Proinflammatory cytokines and interleukin-6 in the renal response to bacterial endotoxin. Cytokine 9. 688- 695, 1997
  6. 香山不二雄:環境汚染物質の健康影響 −内分泌系および免疫系への影響について−.環境情報科学 26(1):13〜17、1997
  7. Mori C, Hamamatsu A, Fukata H, Koh KB, Nakamura N, Takeichi S, Kusakabe T, Saito T, Morita M, Tanihara S, Kayama F, Shiyomi M, Yoshimura J, Sagisaka K. Temporal changes in testis weight during the past 50 years in Japan. Anat Sci Int. 77(2): 109-16. 2002
  8. Sakabe K, Okuma M, Yamaguchi T. Yoshida T. Furuya H. Kayama F. and Fresa KL : Estrogenic xenobiotics affect protein kinase C induction of the intracellular activation signal in mitogen-stimulated human peripheral blood lymphocytes. Int. J Immunophamacol. 20(4-5): 205-212, 1998
  9. Sakabe K, Yoshida T, Furuya H, Kayama F: Environmental estrogens increase expression of SS-A/Ro autoantigen in normal human epidermal keratinocytes. Internat J Dermatol 25(8): 558-560, 1998
  10. Sakabe K., Yoshida T., Furuya H., Furuya H., Kayama F., and Edwawrd K.L. Chan.: Estrogenic Xenobiotics Increase Expression of SS-A/Ro Autoantigens in Cultured Human Epidermal Cells. Acta Derm Venereol (Stockh) 78: 420-423, 1998
  11. Sakabe K, Okuma M, Karaki S, Matsuura S, Yoshida T, Aikawa H, Izumi S and Kayama F: Inhibitory effect of natural and environmental estrogens on thymic hormone production in thymus epithelial cell culture. Internat. J Immunophamacol 21(12): 861-868, 1999
 
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