ImmunoTox Letter

第24回学術年会年会賞
グルタミン酸シグナルによる骨髄由来免疫抑制細胞の機能制御

立花 雅史
大阪大学大学院薬学研究科
分子生物学分野

立花 雅史先生
立花 雅史先生

背景
 骨髄由来免疫抑制細胞(MDSC: Myeloid-derived suppressor cell )は担がん生体で増加し、抗がん免疫系細胞を抑制することで、がんの増悪化を引き起こす1。MDSCはマウスにおいてはCD11bおよびGr-1を共発現し、かつT細胞増殖抑制能を有することで定義される骨髄系細胞である2。MDSCは担がん生体において、T細胞を始めとした抗がん免疫細胞の活性化を抑制することで、がんの進展を促すと考えられている。現在、免疫チェックポイント阻害剤が極めて有効ながん治療効果を示すことが多数報告されているが、抗PD-1抗体の無効症例においてはMDSCの増加が報告されている3。このことから、MDSCをターゲットとした治療法は抗PD-1抗体とは別の作用点となりうると考えられおり、MDSCは免疫チェックポイント阻害療法における治療標的として有望視されている細胞である。
 がん患者の栄養状態とがんの悪性度の関係性について様々な報告がなされているが、各種栄養素が与える影響については明らかにされていない。これまでに、がん細胞においてはグルタミノリシス(グルタミンをグルタミン酸に変換し、ATPを得る)によるエネルギー産生が行われており、がん患者の血中ならびにがん組織でのグルタミン酸の上昇が報告されている4,5。一方で、MDSCの免疫抑制能にはアルギニン代謝が深く関与していることが知られている。一つは、T細胞にとっての栄養素の一つであるアルギニンをアルギナーゼにより分解し、T細胞の増殖を阻害するというメカニズムである。もう一つは、誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)により、アルギニンから一酸化窒素(NO)が生成され、NOの作用によりT細胞増殖を阻害するというメカニズムである。グルタミン酸はアルギニン代謝の下流にある唯一のタンパク構成アミノ酸でもあることから、本研究ではグルタミン酸に着目し、グルタミン酸シグナルがMDSCの分化・抑制能に与える影響について検討した。

実験方法
 マウス骨髄細胞をGM-CSF (40 ng/mL) 存在下で4日間培養することでin vitro MDSCを誘導できる。本分化誘導系において、代謝型グルタミン酸受容体(mGluR) 2/3のantagonistであるLY341495 (10 μM)を連日添加し、in vitro MDSCのT 細胞増殖抑制能を評価した。さらに、B16F10-melanoma細胞を皮内移植したマウスに、LY341495 (3 mg/kg)を移植後1日目から9日目まで1日おきに投与し、腫瘍径を測定した。さらに、14日目の脾臓について、フローサイトメトリーにより各種免疫細胞について解析を行った。

結果
1.LY341495はin vitro MDSCのT 細胞増殖抑制能を減弱させる
 本研究では、in vitro MDSCにおいてmGluR2およびmGluR3が発現していることを世界で初めて見出した。In vitro MDSC分化誘導系においてLY341495を添加することで、MDSCの免疫抑制能に関わる遺伝子(IL-10, iNOS)の発現が低下し、in vitro MDSCのT 細胞増殖抑制能が減弱していた。

図.LY341495投与による抗がん作用機構
図.LY341495投与による抗がん作用機構

2.LY341495投与により、がんが退縮する
 B16F10担がんマウスにLY341495を投与することで、がんの退縮が認められた。さらには、LY341495投与マウスの脾臓でのNK細胞の有意な増加、ならびにT細胞におけるPD-1+細胞の有意な減少を認め、生体内免疫環境が活性化状態にあることが示唆された。

おわりに
 以上の結果から、LY341495によってMDSCの免疫抑制能が解除され、生体内免疫環境が活性化されることで、がんが退縮する可能性が示された。このことは、担がん状態ではグルタミン酸がMDSCの免疫抑制能を増強していることを示唆するものである。グルタミン酸は本来生体にとって必要なアミノ酸ではあるが、担がん状態ではグルタミン酸が免疫抑制状態の維持に必要であり、がんの進展を促進してしまうことを示唆する。すなわち、担がん状態ではグルタミン酸が免疫毒性誘発因子として機能することを示唆している。
 近年の質量分析技術の飛躍的な向上と相俟って、生体内低分子の多彩な生理的機能が明らかにされてきている。本研究では、グルタミン酸の特定の受容体を対象とし、グルタミン酸シグナルがMDSCに与える影響の一端を明らかにすることができた。今後は、さらに研究を推進し、担がん状態においてグルタミン酸や他の生体内低分子が、免疫系に対してどのような作用を発揮するのかを明らかにし、新規がん治療薬の開発に繋げていきたい。

参考文献

  1. Gabrilovich, D. I. & Nagaraj, S. Myeloid-derived suppressor cells as regulators of the immune system. Nat. Rev. Immunol. 9, 162–74 (2009).
  2. Bronte, V. et al. Recommendations for myeloid-derived suppressor cell nomenclature and characterization standards. Nat. Commun. 7, 12150 (2016).
  3. Weber, J. et al. Phase I/II study of metastatic melanoma patients treated with nivolumab who had progressed after ipilimumab. Cancer Immunol. Res. 4, 345–353 (2016).
  4. Hirayama, A. et al. Quantitative metabolome profiling of colon and stomach cancer microenvironment by capillary electrophoresis time-of-flight mass spectrometry. Cancer Res. 69, 4918–4925 (2009).
  5. Jin, L., Alesi, G. N. & Kang, S. Glutaminolysis as a target for cancer therapy. Oncogene 35, 3619–3625 (2016).

謝辞
 今回、初めて日本免疫毒性学会学術年会に参加させていただき、年会賞を受賞できるとは想像もしませんでした。身に余る光栄であり、年会長の中村和市先生ならびに審査員の先生方に深く感謝申し上げます。
 本稿に関わる研究は、大阪大学大学院薬学研究科分子生物学分野にて実施されたものであり、水口裕之教授を始めとしたラボメンバーに感謝の意を表します。また、本研究に対して多大なご協力を賜りました同研究科神経薬理学分野 吾郷由希夫先生に厚く御礼申し上げます。

自己紹介
 大阪大学大学院薬学研究科博士前期課程修了。横浜市立大学大学院医学研究科博士課程修了(博士(医学))。理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター ジュニア・リサーチ・アソシエイト、特別研究員を経て、大阪大学大学院薬学研究科助教に着任。2017年10月より、大阪大学大学院薬学研究科 ワクチン・免疫制御学 (BIKEN) 共同研究講座 特任准教授。現在、新規ワクチン、ならびに新規がん免疫療法の開発を目指し、研究を進めています。趣味はビリヤード。