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≪第16回大会 年会賞≫
培養細胞を用いた新しいアレルギー検査法の開発
中村 亮介、内田 好海
樋口 雅一、手島 玲子

(国立衛研 代謝生化学部)

背景
 食物アレルギーは、小児にとって最も多い疾患の一つである。患児の多くは加齢と共に寛解するが、一部はアトピー性皮膚炎や気管支喘息へと症状が進行することが知られている。治療の基本はアレルゲン除去療法となるため、実際に症状を引き起こすアレルゲンを早期に同定することが極めて重要である。
 しかし、現在臨床的に広く用いられているCAP-RAST法は、比較的偽陽性が多いことが知られている。この場合、本来除去する必要のない食物を遠ざけてしまうことになるが、特に成長期にある小児にとって、不適切な食物除去は、健康な発育の阻害要因ともなりかねない。一方、信頼度の高いin vivoアレルギー試験法としては確定診断法である食物負荷試験(OFC)や簡便なスキンプリックテストなどがあるが、患者への負担が問題となる。患者の全血から採取した好塩基球の活性化を調べるex vivo法も知られているが、全血は保存ができないため後方視的研究には適用できず、また、再試験のためには再度患者に来院してもらう必要があった。このような背景から、長期保存可能な血清を用い、より信頼度の高いin vitroアレルギー試験法の開発が望まれていた。
 ヒト高親和性IgE受容体(FcεRI)を安定発現させたラット培養マスト細胞株を用いて脱顆粒を測定することにより同目的を達成しようという試みはいくつかなされたが、ヒトの血清はラットの培養細胞に対して細胞傷害性を有するため、安定した結果が得られないという問題があった。
 そこで我々は、ヒトFcεRIを発現するラット培養マスト細胞株に、転写因子NF-ATの活性化依存的にルシフェラーゼを発現するレポーター遺伝子を組み込んだ細胞株を作製し、これにより、IgEの架橋に基づくマスト細胞の活性化をルシフェラーゼアッセイによって検出するシステムを開発し、これをEXiLE(IgE Crosslinking-induced Luciferase Expression)法と命名した。

材料および方法
 ラット培養マスト細胞株(RBL-2H3)にヒト高親和性IgE受容体(FcεRI)を安定的に発現させたRBL-SX38細胞に、NF-ATによって転写が誘導されるルシフェラーゼ遺伝子を組み込んだ細胞株、RS-ATL8細胞を樹立した(特願2009-168530)。この細胞を96ウェル白色クリアボトムプレートに播種し、培地で100倍あるいは様々な濃度に希釈したヒト血清により一晩感作した。滅菌PBSにより1回洗浄後、10% FCSを含む培地に溶解した様々な濃度の抗原または抗ヒトIgE抗体により37℃で3時間刺激し、ルシフェラーゼの発現量をホモジニアス系基質液(ONE-Glo; Promega社)およびルミノメータ(EnVision; PerkinElmer社)により測定した。活性化の判定は、バックグラウンド発現レベルの2倍をもって閾値とした。脱顆粒測定はβ-hexosaminidase活性によった。OFCとの対比の実験については、藤田保健衛生大学坂文種報徳會病院において負荷試験が実施された患者について、匿名化の後、各種臨床情報と共に血清が提供された。

結果
 健常人の血清を段階希釈してRS-ATL8細胞を感作し、翌日1μg/mlの抗ヒトIgE抗体により受容体を架橋刺激したところ、15 pg/ml(0.006 IU/ml)の時点でバックグラウンドの2倍の閾値を超えることが確認された(not shown)。
 EXiLE法の非常に高い感度が示されたため、次に、段階希釈した卵白アレルギー患者血清を用いてRS-ATL8細胞を感作し、1μg/mlのオボアルブミンによってこれを刺激した。その結果、血清希釈率100倍以上においても閾値を超える応答が観察された(Fig. 1a)。一方、同様の条件で感作したRBL-SX38細胞を用いてその脱顆粒を測定したところ、抗原刺激による脱顆粒の誘導は観察されたものの、感作のみで刺激を行なわない条件下でも高いレベルの自発的な放出が起き、バックグラウンドが非常に高いことが示された(Fig. 1b)。
 次に、卵白に関するOFCを実施した19人の患者についてEXiLE法による解析を行なった。Table1に示す通り、19人の患者中、OFC陽性であったものは12名、陰性であったものは7名であった。CAP-RAST法による血清中卵白特異的IgE量は0〜6の7段階のクラスに分類され、通常はクラス2以上(0.70 UA/ml 〜)を陽性と判定するが、この場合、OFC陽性患者はすべてCAP-RAST陽性となる一方で、OFC陰性患者についても7名中6名が陽性となった。OFCとの相関は、Fisher’s exact testでP = 0.3684であった。一方、EXiLE法による判定は、1〜1000 ng/mlの卵白抽出抗原(EWP)により3時間刺激した際の発現量の最大値が刺激前に比して2倍以上に達したときに陽性と判定した。その結果、EXiLE法による判定結果はOFCの結果と非常に高い相関を示し、Fisher’s exact testでP = 0.001687であった。


Dilution of Human Serum
Fig. 1 Comparison of luciferase expression and degranulation RS-ATL8 cells (a) and RBL-SX38 cells (b) were sensitized with serial dilutions of egg white allergy patient's serum (total IgE, 12,700 IU/ml; egg white specific IgE, >100UA/ml) overnight. Cells were stimulated with 1μg/ml ovalbumin (shaded circles),
1μg/ml anti-human IgE (closed circles), or solvent alone (open circles). Luciferase expression after 3h-stimulation (a), and degranulation after 30min-stimulation (b) are shown. Dashed line in a, two-fold level of background (control without serum) luciferase expression. Data are means ± SEM (n = 3 in a, n = 4 in b).

考察
 我々が開発したRS-ATL8細胞は、希釈したヒト血清により効率的に感作され、抗ヒトIgE抗体および特異的アレルゲンによるFcεRIの架橋によって活性化され、発現したルシフェラーゼによりその活性化を容易かつ感度よく定量できることが示された。
 Fig. 1bに示したように、従来法の脱顆粒法では、ヒト血清のラット培養細胞への細胞傷害性が問題となり、高い濃度の血清を用いることはできなかった。しかし、低い濃度の血清では十分な感作が成立せず、明確な応答も観察できない。ここでは述べなかったが、OFC陽性患者のうち、#83や#84などクラス3の卵白特異的IgEを持つ患者血清について脱顆粒法で検討すると、どちらも陰性の結果となった。マスト細胞の脱顆粒を誘導するには、やはりある程度の量の特異的IgEが必要なのであろう。
 一方、EXiLE法は100倍希釈という低い血清濃度で細胞を感作できるため、細胞傷害性は問題にならない(Fig.1a)。その結果はOFCの結果と非常に高い相関を示した(Table 1)。なお、EXiLE法の最大値はCAP-RAST法の数値と高い相関を示す(R = 0.9127, Spearman’s rank test)ため、基本的にEXiLE法の結果は血清中のアレルゲン特異的IgE濃度を反映しているものと考えられる。今回CAP-RASTとOFCとの相関が低かった理由は、CAP-RAST法におけるクラス2という閾値の設定は、少なくとも卵白アレルギー患者については厳しすぎたためであろう。しかし、たとえば#67の患者のように、4.46 UA/ml(クラス3)の特異的IgEを持つにもかかわらずOFC陰性となる場合に、EXiLE法は正しく陰性の判定を出すことができており、このような患者においてアレルゲンの除去を開始する前に本試験を行なうことは、臨床上有用であろうと思われる。今後は、例数を増やすと共に様々なアレルゲンについて解析を重ね、信頼性の向上に努めたい。

Table 1 EXiLE in RS-ATL8 cells sensitized with egg-allergy patients’ sera
RS-ATL8 cells were sensitized with 1:100-diluted egg-allergy patients’ sera overnight, and stimulated with the indicated concentrations of EWP for 3 hrs. * CAP test was considered positive if the class was ≥2 (i.e. ≥0.70 UA/ml). ** EXiLE test was judged to be positive if Max EXiLE was more than the cut-off level (2.0). Values greater than cut-off levels are represented in Bold. a Correlation between OFC and CAP tests was P = 0.3684, and that between OFC and EXiLE tests was P = 0.001687 (Fisher’s exact test). b Correlation between CAP and Max EXiLE values was R = 0.9127 (Spearman’s rank test).

謝辞
 このたびは本発表が第16回日本免疫毒性学会学術大会年会賞に選出され、誠に光栄に思います。皆様ご存じのように本大会は旭川医大の吉田先生のもと「子どもと免疫」というテーマで開催され、発達期にある子どもへの化学物質暴露が免疫系の発達に及ぼす影響などについて、精力的なご研究の数々が発表されました。その中で、私どもの研究は、「子どもにとって最もポピュラーな免疫疾患」としての食物アレルギーを対象にしたものであり、正直なところ「少々浮いているかな?」と危惧しておりましたが、予想もしていなかった年会賞という栄誉を受け、驚くと共に身が引き締まる思いでございます。今後とも皆様のご指導・ご鞭撻を頂戴できれば幸いでございます。
 最後になりましたが、本研究は食品健康影響評価技術研究の支援を受けて遂行されました。また、貴重な患者血清をご提供くださった藤田保健衛生大学の宇理須厚雄教授に深く感謝いたします。
 
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