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≪第13回大会 年会賞≫
神経ペプチドCGRPのRAMP1/CL受容体を
介した樹状細胞機能制御
辻川和丈、滋野ともみ、扇谷祐輔
平山恵実、深田宗一朗、山元 弘

(大阪大学大学院薬学研究科細胞生理学分野)

 免疫系は、神経系や内分泌系とともに独立した統御系として考えられていた。しかし最近、これらが共通のリガンドや受容体を介してクロストークしていることが分子、個体レベルで解明されつつある。化学物質による免疫毒性発現機序の解明においても、免疫系に対する直接的作用とともに、知覚神経系を介した間接的作用の研究が必要であると考える。その理由として、(1)化学物質は炎症やアレルギーの発現の場となる皮膚、鼻粘膜、腸管粘膜上皮や気管支上皮を介して生体へ取り込まれるが、これらの組織下においては知覚神経がネットワークを張り巡らしている。(2)知覚神経は、外界からの刺激を中枢に伝達する求心性神経であり、サブスタンスP(SP)やカルシトニン遺伝子関連ペプチドCGRP(calcitonin gene-related peptide)が神経伝達物質として機能している。それら神経ペプチドは軸索反射により化学物質侵入局所でも放出される。(3)SPに関してはその受容体であるニューロキニン1(NK-1)遺伝子が同定されており、免疫細胞においても発現が認められている、などが挙げられる。またNK-1に関しては既に遺伝子欠損マウスも作製されており1)、個体レベルでの機能解析結果が多数報告されている。一方、CGRPは2つのアイソフォーム(α CGRP、βCGRP)が存在し、ヒトでは7回膜貫通型蛋白質であるカルシトニン様受容体(calcitonin-like receptor,CL)を介してシグナル伝達されると考えられていたが、免疫系における生理的機能解析は十分に進んでいなかった。私たちはCGRPの免疫系に対する作用を分子、細胞さらには個体レベルで解明することが、化学物質の免疫毒性発現機序に新知見を与えるものと考え研究を進めた。まず同定されていなかったマウスCL遺伝子のクローニングに着手した。その結果、463アミノ酸から構成されるマウスCL遺伝子のクローニングに成功した。ちょうどその頃、ヒトにおいてCGRP受容体は、CLと1回膜貫通型蛋白質のRAMP1(receptor activity modifying protein 1)のへテロダイマーで構成されると報告された2)。そこで直ちにマウスRAMP1のクローニングを行い、それらCLとRAMP1がマウスCGRP受容体を構成することを確認した3)。CLはCGRP受容体とともに、アドレノメデュリン(AM)受容体のサブユニットでもあり、CGRP受容体特異性はRAMP1によって決定される1)。そこでクローニングしたマウスRAMP1遺伝子塩基配列情報を基にRAMP1欠損マウスを作成した(図1)。薬理学的にはCGRPは強い血管拡張作用を有することが知られている4)。RAMP1欠損マウスではCGRP投与による血管拡張作用がまったく認められなかったことより、機能的CGRP受容体の欠損を確認した。そこでこのRAMP1欠損マウスを用いてCGRPの炎症・免疫系に対する機能解析を進めた。
 まず、野生型ならびにRAMP1欠損マウスにリポ多糖(LPS)を投与し、経時的に血液を採取し、血中CGRPならびにサイトカインレベルを定量した。その結果、LPS投与6時間目において、野生型マウスの血中CGRPの一過性上昇が認められた。またTNFα、IL-12、IL-6、IFNγといった炎症性サイトカインレベルも一過性に上昇した。一方、LPS投与RAMP1欠損マウスでは、野生型マウスに比べさらに顕著な血清中CGRPの一過性上昇が認められた。炎症性サイトカンのピークレベルは野生型とほぼ同様であったが、明らかなそれらサイトカインの血中レベル低下抑制が認められた。次にIV型アレルギーモデルである2、4、6-trinitorochlorobenzene(TNCB)誘発接触性過敏反応(CHS)を用いて検討を進めた。その結果、RAMP1欠損マウスは野生型マウスに比べ顕著な耳の腫れを認めた。一方、野生型マウスにCGRPを投与すると、対照動物に比較し明らかなTNCB誘発CHS抑制作用が認められた。これらの結果は、CGRPがCL/RAMP1受容体を介して炎症
やアレルギー反応を調節していることを示した。
 皮膚や粘膜上皮細胞下の知覚神経終末付近には、抗原提示細胞であるランゲルハンス細胞や樹状細胞が認められる5)。樹状細胞はLPS等のToll-like receptor(TLR)リガンドを認識することにより自然免疫系において、また強い抗原提示能を有し獲得免疫系においても重要な機能を演じている。そこで、この樹状細胞の機能に対するCGRPの作用を検討した。マウス骨髄細胞を顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)添加培養液中で培養し樹状細胞(BMDC)を誘導した。このBMDCにLPS、ペプチドグリカン、CpG等のTLRリガンド刺激ならびに卵白アルブミン添加を行い、IL-12、TNFα産生に対するCGRPの作用を検討した。その結果、CGRPはTLRリガンドや抗原処理によるIL-12、TNFα産生を顕著に抑制した。RAMP1欠損マウス由来BMDCを用いた実験では、CGRPのTLRリガンドや抗原刺激によるサイトカイン産生抑制作用は認められなかった。また、CGRPによるBMDCからのIL-12、TNFα産生抑制作用は、CL/RAMP1受容体を介したcAMP/PKA経路の活性化が関与していることも明らかとした。一方SPやAMでは、こ
のようなBMDCからのIL-12、TNFα産生抑制作用は認められなかった。これらCGRP作用は、脾臓から抗CD11c抗体を用いて精製した樹状細胞においても認められた。一方、CGRPはBMDCの貪食能や活性化によるMHCクラスIIならびに共刺激分子(CD80、CD86、CD40)の発現には影響しなかった。
 次にCGRPのT細胞機能に対する作用を解析するために、まずCGRP受容体の発現をRT-PCRで検討した。その結果、胸腺細胞ならびに精製CD4T(Th)細胞においてCLとRAMP1のmRNA発現を認めた。そこでTh細胞を抗CD3/CD28抗体で刺激し、トリチウムチミジンの取り込みにより細胞増殖を、またIFNγ、IL-4産生を検討した。その結果、CGRPはTh細胞の増殖ならびにIFNγ産生を抑制し、IL-4産生を促進した。またCGRPのIL-4産生促進作用は、cAMP/PKA経路の活性化を介したNF-ATの転写活性上昇によりもたらされることも明らかになった。
 以上の結果より、CGRPは炎症性サイトカイン産生制御を介して炎症反応の調節に関与していることが推測された。一方、化学物質は直接的に知覚神経を刺激するとともに、皮膚や粘膜傷害をもたらす結果、知覚過敏が惹起され間接的に知覚神経終末からCGRPの持続的な放出をもたらすことが推測される。放出されたCGRPは、樹状細胞やTh細胞のCL/RAMP1受容体を介したシグナル伝達によりIL-12産生抑制やIL-4産生促進をもたらし、免疫系を相対的にTh2へ偏らせることが明らかになりつつある(図2)。現在、RAMP1欠損マウスを用いて生理的なCGRPの炎症、免疫機構調節分子機構を解析中であり、本研究成果が化学物質による免疫毒性発現機序の解明につながることを期待する。

謝辞
 本研究発表が第13回免疫毒性学会年会賞に選ばれましたことをたいへん名誉に思います。今後も免疫毒性学分野や免疫毒性学会の発展に貢献できるようさらに研究を展開して行きたいと思います。これらの研究は、大阪大学大学院薬学研究科細胞生理学分野の大学院生により進められたものであり、心より感謝致します。

参考文献
 (1)Science. 1996; 273 (5282) : 1722-5
 (2)Nature, 1998; 393 (6683) : 333-9
 (3)Neuropeptides. 2002; 36 (1) : 22-33
 (4)Endocr Rev. 1996; 17 (5) : 533-85. Review
 (5)Nature. 1993; 363 (6425) : 159-63
 
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