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20周年記念シンポジウムと特別寄稿記事
免疫毒性研究の現状と将来展望
澤田 純一
(医薬品医療機器総合機構)

 免疫毒性とは、外来物質(生体異物)の免疫系への有害な影響(adverse effects)であり、免疫抑制、免疫亢進、アレルギー、自己免疫、炎症が含まれるとされている(WHO/IPCS: Guidance for Immunotoxicity Risk Assessment for Chemicals, 2012)。免疫毒性は抗原特異性の観点から抗原非特異的なものと抗原特異的なものに分類することができる。抗原非特異的な免疫毒性には、免疫機能抑制(最も古典的な狭義の免疫毒性)、免疫機能亢進、アレルギー亢進、自己免疫亢進、炎症増悪、偽アレルギー誘起、免疫関連代謝異常が含まれ、抗原(薬物)特異的な(薬物が抗原として惹起する)免疫毒性としては、即時型薬物アレルギー、遅延型薬物アレルギー、薬物特異的な自己免疫等が含まれる。別の観点からの切り分け方としては、意図的又は非意図的な暴露形態、即ち対象物質による分類がある。意図的な使用には、医薬品や医薬部外品等の他に、食品、食品添加物などがあり、非意図的な曝露としては、環境汚染物質、残留農薬、食品汚染物質などがあげられる。歴史的には、免疫毒性研究は、初期には環境化学物質、医薬品、食品、農薬等の生体異物による免疫抑制を主たる対象としていたが、その後はアレルギーや自己免疫も対象に含めてきた。

 免疫毒性評価に関する国際的ガイドラインについては、医薬品に関するICH S8ガイドライン(2005年9 月にStep4)が作成された後は、大きな動きがなかったが、昨年、化学物質に関するIPCS/WHOガイダンスが最終化された。S8ガイドラインは低分子医薬品の非意図的な免疫抑制と免疫亢進を主な対象とし、検証的臨床試験に入るまでに必要に応じて行うべき非臨床免疫毒性試験の実施方法に関するものである。一方、上述のIPCS/WHOガイダンスは、環境中に存在する化学物質の既存データに基づくリスク評価を主たる目的としたもので、アレルゲン性と自己免疫誘発性も評価対象とし、ヒトにおける疫学的なデータを重視している。両者の目的と必要とされるリスク管理に応じた相違があるものの、weight-of-evidenceアプローチに基づく評価の原則は共通であり、免疫毒性評価における現在の基本的な考え方を提供している。後者のガイダンスでは、免疫毒性評価の応用例(ケーススタディ)として、鉛(免疫抑制)、hexachlorobenzene(免疫亢進)、ハロゲン化白金塩(皮膚感作性)、citral(皮膚感作性)、水銀(自己免疫)、trichloroethylene(自己免疫)の6 つの化学物質の例が示されており、リスク評価の参
考となる。

 最近の免疫学の進展に伴い免疫に関与する細胞や機能分子が飛躍的に増えつつある。
 MHC class IIによる抗原ペプチド提示を行う細胞には、「プロフェッショナルな抗原提示細胞」と呼ばれる樹状細胞があるが、これには異なる複数の起源のものがあり、抑制的に作用する場合もあることに留意したい。例えば、皮膚のランゲルハンス細胞は造血幹細胞から早期に分化する。通常の樹状細胞前駆細胞とは別に分化するものとして、形質細胞様樹状細胞や、炎症時に末梢血の単球に由来して生じるものも知られている。他に、造血幹細胞に由来しない、リンパ節胚中心の濾胞樹状細胞もB細胞の増殖に重要とされている。
 CD4陽性T細胞の分化では、樹状細胞とナイーブT細胞の細胞間相互作用の際、MHC分子とT細胞受容体の相互作用の他に、costimulatory moleculeとそのリガンドの相
互作用、さらに第三のシグナルとしてのサイトカインの刺激が必要とされ、ナイーブT細胞はヘルパーT細胞や抑制性T細胞に分化するとされる。従来のTh1とTh2の他に、ヒトでは、Th17、Th9、Th22等の新たなヘルパーT細胞が誘導されることが報告されている。また、制御性T細胞(Treg)が誘導される条件についても詳細な研究が進んでいる。なお、Th17及びTh22のマスター転写因子は、それぞれ、ROR、AhRといわれている。一方、自然免疫的機能を有するT細胞の例としては、iNKT細胞、MAIT細胞(mucosal-associated invariant T cells)等が知られている。免疫毒性研究においては、Th1及びTh2細胞に加えて、Treg細胞が免疫抑制と免疫寛容の観点から、また、Th17細胞が自己免疫を促進する観点から比較的重要な位置を占めるのではないかと予想される。
 従来の古典的な表現型を示すM1型マクロファージに加えて、抗炎症作用や障害修復作用をもつM2型マクロファージが、炎症、肥満やがん免疫の領域で、最近注目されている。 M2型はさらにサブタイプに分類される場合がある。感染免疫の観点からは、M1型の反応が阻害されると有害な免疫抑制に至ると思われるが、過度の免疫亢進がM2型により適切に制御されない場合には、慢性の炎症、アレルギーや自己免疫の亢進につながるものと予想されている。M1マクロファージにより分泌されるAIM(apoptosis inhibitor of macrophage)については、炎症や代謝性疾患における役割が注目されている。
 病原体等に対する抵抗性を担う分子として、Tol様受容体(TLRs)、RIG-1様受容体、NOD樣受容体(NLRs)、dectin-1等の自然免疫に関わる受容体(pattern recognition receptors)も次々に見いだされている。NK細胞受容体とその標的細胞上のリガンドに関する知見も増している。さらに、免疫担当細胞上にある薬理学的受容体の他、AhR、PPARs、RARs、RXR、RORs、GR、VDR等の核内受容体(転写調節因子)による免疫系細胞の分化や免疫応答の調節に関しても新たな知見が得られている。最近に至っては、免疫機能の調節に関係するmiRNAやepigeneticな因子の報告も多数ある。
 このように、免疫に関与する細胞や機能分子が飛躍的に増えつつあり、免疫毒性のバイオマーカー候補となっているが、リスク評価そのものへ直ちに採用される段階にはまだ至っていない。リスク評価の試験法として使用できるか否かを評価する努力が今後とも必要とされよう。

化学合成医薬品の即時型アレルゲン性の予測
 まず、即時型の薬物アレルギーについて述べたい。ICH S8の「1.2 背景」で、「現在、医薬品の全身または呼吸器系におけるアレルゲン性(抗原性)や薬物特異的な自己免疫を評価する標準的な試験方法はなく、これらを評価する試験は三極のいずれにおいても要求されていない。」と記述されているように、低分子化合物のヒトにおける即時型アレルゲン性を予測しうる非臨床試験法は確立されていない。薬物特異的なIgE抗体の産生では、まずTh2-proneな遺伝的及び環境的な背景が薬物アレルギー発症に関与するものと考えられる。次に重要な因子は、薬物の直接的な化学反応性や代謝活性化の有無と考えられる。B細胞エピトープはハプテン化されたタンパク質上のハプテンである場合が多いと想定できるが、ヘルパーT細胞の誘導が必要な場合、T細胞エピトープが、ハプテン化ペプチドであるのか、共有結合しない薬物と自己ペプチドがMHC class IIで同時に提示されたものであるのかが明確にされていない場合が多い。また、効率的な抗体産生には細胞間の相互作用が必要とされ、T細胞と樹状細胞の相互作用では、樹状細胞上のdrug/peptide/MHC class IIをT細胞受容体が認識すると考えられる。しかし、T細胞とB細胞の相互作用の場合、B細胞上のdrug/peptide/MHC class IIが生体内で提示されることを実際に示した報告はない。B細胞と樹状細胞の相互作用が必要な場合、樹状細胞上にnative antigenが提示されると予想されているが、抗原抗体複合体としての提示であるかを含めて、その詳細には不明な点が多い。最終的には、以上のような点が実際の薬物を用いて明らかにされた上で、即時型のアレルゲン性試験法を開発する必要があると思われる。
 不明な点が多く残されているものの、インシリコでの化学反応性や代謝活性化の予測、インビトロでのヒト肝ミクロソームによる代謝活性化、MHC class IIへの薬物の結合、キャリアータンパク質のハプテン化等を指標にする方法が使える可能性は残されている。

化学物質による自己免疫誘起の予測
 自己免疫の誘起に関係するとされる化合物として、多くの例が知られているものの、自己免疫が発現する臓器は多様であり、その発症機構も単純ではないと推定される。しかし、Pollandら(Chem. Res. Toxicol., 23, 455, 2010)が示したように、化合物の作用から考えて、いくつかのプロトタイプ的な原因を列挙することができる。例えば、化学的反応性の他に、アジュバント様活性、Treg細胞やTh17細胞への影響などが挙げられる。また、オートファジーが自己免疫発症に抑制的に作用しているとの報告もある。
 薬物誘起性の自己免疫の分類と発症の原因を考える際に重要な因子としては、感染や患者の背景因子の他に、自己抗原又はneoantigenの同定や組織特異性(器官特異的か、全身性か)、投薬中止による薬物特異的自己免疫からの回復の有無、自己抗体(IgG)又は細胞性免疫(CD8陽性T細胞による細胞傷害)の関与等が挙げられる。
 自己免疫の増悪因子としては、PPARアゴニスト、インターフェロン(type I and II)、Th17細胞、炎症性サイトカイン、活性酸素種等があり、発症抑制因子としては、免疫抑制剤の他に、Treg細胞、抑制性サイトカイン等がある。
 化学物質による自己免疫誘起活性を予測する一義的な試験法は現在ない。Murine popliteal lymph node assay(PLNA)や自己免疫発症モデルマウスを用いる方法があるものの不十分であり、新たなバイオマーカーの確立が必要と思われる。しかし、単独の試験で全ての化学物質の自己免疫誘起活性を予測することは困難と思われる。複数の代表的な薬物について、薬物毎に自己免疫発症と亢進の作用機構の解明がさらに進むことが望まれる。

腸管免疫毒性
 腸管免疫毒性は、外来性物質(微生物を含め)が腸管及び関連組織の免疫機能を変化させ、有害な影響をもたらすことと定義できる。腸管の主な免疫機能には、IgA抗体の分泌、病原体の侵入の阻止、食物アレルギーの抑制(経口免疫寛容の維持)、過剰な炎症の抑制、適切な腸内細菌叢(共生細菌)の維持等があり、これらの機能の抑制や過剰亢進を腸管免疫毒性と呼ぶことができよう。
 腸管免疫系には、全身の免疫系細胞の半分に相当する数の細胞が存在しており、それに関わる細胞群も多様である。腸管上皮細胞の機能としては、TLRsやNLRsを介した自然免疫、 IgAトランスサイトーシス、RA産生を行うことが知られているが、クリプト基底部にある杯細胞と呼ばれる上皮細胞はムチン分泌を、パネート細胞はリゾチーム、抗菌ペプチド分泌を行う。パイエル板に存在するM細胞は、抗原トランスサイトーシスにより腸管の抗原を樹状細胞に受け渡す。また、樹状細胞による腸管内の細菌の直接の取込みも知られている。樹状細胞はIgA産生を促進する一方で、免疫寛容にも関与する。粘膜固有層には、他に、上皮間リンパ球(IELs)、マクロファージ、Th1細胞、Th2細胞、Th17細胞、Treg細胞、自然免疫系リンパ球(ILCs)、自然免疫系T細胞(NKT、MAIT)、IgA産生形質細胞、マスト細胞等、多様な免疫系細胞群が存在している。
 腸管免疫に影響を及ぼしうる経口暴露物質の例としては、マイコトキシンであるデオキシニバレノールが有名であるが、典型的な毒性影響を示すことが知られている化学物質の例はむしろ少ない。腸内細菌に由来する免疫機能に影響を及ぼす代謝物としては、LPS、ペプチドグリカン、二次胆汁酸、短鎖脂肪酸等がある。また、抗生物質、細胞毒性の強い抗がん剤も腸管免疫に影響を与えうる。現在、腸管の炎症を抑える医薬品やプロバイオティクスの開発が盛んに進められており、注目を集めている。腸管免疫を強めるものとしては、Th17活性を亢進させる薬物が、IBD等の炎症の抑制を目的とするものとしては、多くの候補薬物が報告されている。これらの物質の作用が、有害事象の観点から詳しく検討された例は少なく、腸管免疫毒性の観点から種々の化学物質の毒性を見直す
必要があるかもしれない。
 現在、血清IgAレベルとパイエル板を含む腸管の組織病理学的検査が腸管免疫毒性に関する試験項目として用いられているが、他には有用性が評価された方法は少ない。今後の検討課題としては、腸管免疫系細胞の免疫化学染色やサイトフローメトリー、腸内細菌叢のメタゲノム解析やメタボローム解析が挙げられるが、さらに新たなバイオマーカーの開発も望まれる。

免疫毒性学の将来展望
 免疫毒性学的研究の面から比較的遅れていると思われた3 つのトピックスについて、それらの課題を述べた。上述したように、種々のバイオマーカー候補が登場しているものの、リスク評価における有用性の評価が不十分なものが多いのが現状である。バイオマーカーの選択とその有用性の評価が望まれる。インビトロとインシリコのデータを統合したSystems Biology的な予測法の開発も将来用いられる可能性が高いと思っているが、筆者の能力を超えている部分であり、割愛させていただいた。
 試験動物の問題としては、基礎研究ではマウスを用いる検討が行われることが多い一方で、一般毒性試験で繁用されるラットにおける情報が不足しているケースが多いように思われる。ヒトへの外挿性の点からラットを用いる試験法の確立が必要な場合があるかと思われる。
 一方、試験系を直接ヒト型化する試みもなされている。ヒト幹細胞より分化した細胞や組織、ヒト遺伝子導入マウス、ヒト免疫系再構築免疫不全マウス等を利用した毒性評価系の構築も試みられている。
 新しいタイプのバイオ医薬品、腸管系を標的とする新開発食品、ナノ物質で代表される新開発素材を用いる工業製品や医薬品の健康影響や環境影響の評価が今後の課題とされているが、免疫毒性学の領域でも新たな取組みが必要とされるテーマと思われる。

 
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