immunotoxicology.jpg
title1.jpg
切っても切れない私と免疫毒性とのご縁
久田 茂

 あすか製薬株式会社開発研究センターの久田 茂です。

 私は免疫毒性学会に属し、ICH S8免疫毒性試験ガイドライン策定にも係わらせていただきましたが、自分としては免疫系の変化を真っ先に観察し評価する毒性病理専門家・トキシコロジストであると思っております。

 大学では、繊毛虫(ゾウリムシ;単純に「ムシ」と言っていました)の遺伝、発生及び(クローンとしての)老化を研究している講座におりましたが、免疫毒性はもとより、病理学や毒性とも全く無関係でした。

 弊社(旧帝国臓器製薬)に入社早々に、当時の東大医科学研究所の故藤原公策先生の教室(獣医学研究部)に派遣され、実験動物の感染症診断の修行をしたことが免疫学や免疫毒性学との接点になりました。教室ではセンダイウィルス病の感染実験を行い、病理検査やウィルス分離、診断等の修行をするとともに、様々な感染症の病変を勉強させていただき、感染症による病態形成への免疫系の係わりをまざまざと目にすることが出来、その映像は今でもしっかりと記憶に残っています。

 会社人生の半分くらいは、がん原性試験の予備試験や本試験、局所刺激性試験といった特殊毒性試験を中心に、病理組織検査とトキシコロジスト(試験責任者)としての毒性評価、最終報告書作成に従事しておりました。

 会社生活のちょうど中頃で、臨床試験の結果から動物実験により開発薬物の免疫系への影響を評価する必要が生じました。ICH免疫毒性試験ガイドラインがまだ存在しなかった時代です。免疫毒性のリスクを総合的に評価するためには、各種の免疫毒性試験を組み合わせて評価するよりも、反復投与毒性試験をベースとして、いわゆる領域ごとの半定量的な評価を行う免疫系の病理組織検査をメインにして、胸腺、脾臓及び膝窩リンパ節(弊社背景データとして重量の個体差が小さかった)の重量測定、末梢血のフローサイトメトリー、免疫グロブリンクラスの血漿中濃度測定(SPF動物の血液中免疫グロブリンの多くがT細胞非依存性に産生されると考えられたため)を考えました。対照薬としてハイドロコーチゾン(HC)を用いましたが、これは後に最大耐量でのストレスを介したリンパ系組織の変化を考察するときに非常に役に立ちました。これらの結果は、被験物質を物質Xとして、毒性病理学会においてポスター発表させていただきましたが、リンパ組織の病理組織検査に関する質問はほとんどなく、フローサイトメトリーに関する質問ばかりで少しがっかりしたことが思い出されます。

 このように免疫毒性評価を行っていた時期に、本学会理事である中村先生の長年の努力により、ICH免疫毒性試験ガイドラインの検討が開始されることになり、私も関わることになり不思議な巡り合わせを感じました。

 また、同じような時期に、遺伝子改変マウスを用いるがん原性試験短期代替法試験(短期といっても投与期間6ヶ月間ですが)のバリデーションのための国際共同研究がILCI/HESI(国際生命科学財団/健康環境科学研究所)の主催で日米欧の産官の研究機関の参加により実施されました。日本勢は実験動物中央研究所で確立されたrasH2マウスのバリデーション試験を担当しました(rasH2マウスは現在ではマウス短期がん原性試験の主流になっています)。この共同研究では、我々が参加を申し込んだ時点では被験物質としてcyclophosphamideしか残っておらず、いわば免疫毒性発がん物質を用いてがん原性試験を実施することとなり、これにもまた因縁めいたものを感じます。実はそれまでは、rasH2マウスにcyclophosphamideを6ヶ月間連日投与しても、明確な腫瘍発生が認められておりませんでした。そこでcyclophosphamideの投与を週1回の間欠投与に変えて実験してみたところ、連日投与では腫瘍が発生しなかった用量も含めて、臨床使用時と同様に膀胱移行上皮の腫瘍(乳頭腫及び癌)が発生することが確認され、rasH2マウスの発がん感受性の妥当性を示すお手伝いが出来ました。このようなこともあって、その当時にcyclophosphamideを含めて、様々な抗腫瘍薬を単回投与して、その後の毒性発現から回復に至る経時変化を比較検討しました。骨髄や胸腺の経時変化が顕著であるのは当然として、抗腫瘍薬の種類によって感受性や回復性にかなりの差があることが示され、抗腫瘍薬の特徴を考えるときに非常に有用でした。

 管理職になってからは、開発早期にモデル動物を含めて反復投与された動物の毒性指標や病理組織所見を積極的に見ておりました。免疫系に関しても組織所見から薬理作用や毒性機序に関して様々な思いを巡らし、毒性担当者だけではなく、薬理や探索研究の担当者と病理組織所見を元にして様々な議論を交わすことは非常に楽しいことです。薬物が直接あるいは間接的に免疫系に作用する場合でも、組織が傷害を受けた場合でも、様々な免疫担当細胞が関連して病変が形成されます。病理組織検査では「炎症性細胞浸潤」とか「単核細胞浸潤」とか、ひとくくりにされて記載されるような病変であっても、なぜこの様な細胞が浸潤してくるのか、といったことを考えながら全身の器官・組織を見ていますと、ときに思いもよらないような作用に行き着いたりします。この様に楽しみながら、画期的な新薬の創生の手助けができれば、と思い、残り少なくなってきた会社生活を送っているところです。

 エッセイを依頼されて、これまでの会社生活を振り返ってみますと、望んだわけではないのですが、免疫系への影響を論じた薬物がずいぶんとあり、どれも楽しいものでした。この様なことから、免疫毒性学会には不思議な縁を感じます。学会の先生方、会員の皆様とこれからも楽しいお付き合いをさせていただければ、と切にお願いして、筆を置く(セーブして終了させる)事とします。

 
index_footer.jpg